LINEを活用し、読者の「知りたい」に応える。新聞の原点に立ち返った西日本新聞「あなたの特命取材班」
巷に溢れるフェイクニュースや、“マスコミ”と“ゴミ”を組み合わせた“マスゴミ”というネットスラング……。近年では、新聞やテレビなどの報道メディアに対し、批判的な意見を持つ人も多く、それに危機感を持つメディアも増えています。福岡県を中心に高いシェア率を誇る西日本新聞も例外ではありませんでした。
たとえば、新聞業界でよく叫ばれる読者離れ。西日本新聞の朝刊の発行部数は51万4104部と全国紙・ローカル紙を含め九州一ではありますが、年々数は減り続けています。
加えて西日本新聞が直面していたのが、若手の記者離れ。将来有望な若い記者や実力のある中堅記者がちらほらと辞めていっている、漠然とした危機感があったといいます。
そんな中、2018年1月よりスタートしたのが、読者からのLINEの情報提供をもとに取材し記事化する「あなたの特命取材班」(以下、あな特)。この企画が、西日本新聞ひいては全国の新聞業界にもプラスの変化を起こそうとしています。
「あな特」はどのようにして生まれ、今に至るのか。事務局を務める竹次 稔氏、福間 慎一氏、金澤 皓介氏の3名にお話を伺いました。
往年の名物企画「社会部110番」をアップデート
新聞業界のなかで新しい取り組みとも言える「あな特」ですが、企画自体は新しいものではありません。もとになったのは、西日本新聞の往年の名物企画「社会部110番」。専用電話で読者から困り事などを寄せてもらい、記者が取材に動く企画でした。
福間氏「『社会部110番』は、世のため人のため、と記者もやりがいを感じていた企画だったと先輩は言っていました。しかし、1回の電話が30分以上になることも多く、記事になるのは30本に1本あるかどうか。電話をとった記者がメモに起こして、それを担当記者に伝えて……と、とにかく記事にするまでが大変な面がありました」
写真左から、竹次 稔氏、福間 慎一氏、金澤 皓介氏
そこで、SNSを活用できないかとデジタルチームと相談するなかで生まれたのが「あな特」でした。
福間氏「SNSであれば、一人の記者が長時間拘束されることはありませんし、ネタを共有するのも電話よりは簡単です。また、当初のタイトル案は『社会部110番neo』でしたが、社内のWEBエディターから『社会部なんて世の中の人は誰も知りませんよ』と鋭い指摘が。長年記者をやっているからこそ『社会部っていう単語はみんな知っているだろう』という思い込みあったんだと思います。そこでみんなでタイトルを出し合い、決定したのが『あなたの特命取材班』でした」
どのSNSツールを使うかについても、社内メンバーの提案によりLINEの企業版『LINE@(現在はLINE公式)』に決定。後に、LINE東京本社の担当者から『LINE@をジャーナリズムに活用したのは西日本新聞が初めて。報道を支えるインフラとして使ってもらえて嬉しい』というコメントももらったのだそう。
こうして立ち上がった「あな特」ですが、当初は記者離れや読者離れといった課題に対して、これだという確信があったわけではなかったといいます。
福間氏「当時はとにかくやってみようという雰囲気でした。弊社はボトムアップを良しとしてくれる社風なので、上層部の反応も『やってみたら?』という感じで。当時「あな特」の立ち上げを担っていた初期メンバーの推進力も大きかったと思います」
暮らしに根付いた部分や、白か黒ではないグレーの部分を書ける
期待と少しの不安とともに始まった「あな特」は、仕組みや取材までのフローも特徴的です。「社会部110番」の経験も生かし、「あな特」ではLINEや特設サイトからの投稿で寄せられた情報が、編集局のほぼすべての記者やデスクに共有される仕組みを採用。記事の担当者決めも、記者が早い者順で投稿者に返信する「手上げ方式」をとっています。
福間氏「ある記者は関心がなかったネタでも、別の記者は関心がある場合もある。やりたいネタを担当することで記者自身のモチベーションを上げられますし、ネタの取りこぼしも幾分は防げます。どの記者も手を挙げなかった場合でも、必ず事務局がチェックして返信するようにしています。調査依頼は1日10〜20本程度寄せられますね」
しかし、中には記事にならない情報や、取材を進めても結果的に記事にならないものも多いといいます。
竹次氏「その寄せられた情報のうち、記事化できていないものも多いです。ただ、それは普通の取材でも同じです。むしろ、寄せられた投稿に基づいて取材を行うことで投稿者からの信頼感を得て、それがファン作りにつながっていることを考えると、これまでの取材よりもプラスの面が大きいと思います」
読者起点の話が多いからこそ、「あな特」の記事は通常の記事に比べてPVが多い傾向にあります。
福間氏「『あな特』では、暮らしに根付いた部分や、白か黒ではないグレーの部分を書ける。今までの新聞では、問題の核心に迫れない話は記事ネタとして扱うことができず、書けていませんでした。そういう意味では、『あな特』が生まれたことで記事になるネタの範囲が広がったように思います」
読者が離れているのではなく、新聞が読者から離れていた
「あな特」の2021年4月時点のLINEのフォロワー数は1万9000人。累計の記事本数は約600本(外部の転載も含む)。滑り出しから好調で、今もその勢いを加速させています。当初問題としていた、読者離れには効果があったのでしょうか。
竹次氏「新聞の発行部数が増えているわけではないですが、確実にファン作りができているという実感はあります。取材に行っても、『あな特のあの記事読んだよ。よかったね!』と言ってもらえることが増えました。LINEの登録者の年代は幅広いですが、新聞の購読層とは違ったところに届いているのだと感じます。
また、実際に運用してみて、読者が新聞から離れていっているのではなく、新聞が読者から離れていっているのだと気付きました。もともと新聞は読者の『知りたい』に応えるメディアであったはずなのに、いつの間にか『知らせたいこと』を一方的に伝えるものになっていたのかもしれません。販売部からも『読者の知りたいことを取材します!』といった売り出し方ができるようになった、と前向きな声が上がっています」
記者離れに関しても、「あな特」が記者のモチベーション向上に繋がっているといいます。
金澤氏「紙の新聞では読者から反応が寄せられることが少なく、手応えを感じにくい。しかし、ネット記事ではコメントも多数寄せられるので、記者のモチベーションになります。もちろんポジティブなコメントばかりではないですが、やりがいにつながっていると感じます」
また、インターンに訪れる学生も、「あな特に興味を持ってきた」という人も増えているのだとか。
業務の効率化や、地方紙同士の連携も生まれている
「あな特」のもたらした効果は、当初問題としていた読者離れ、記者離れだけには止まりません。日々の業務の改善にもつながっているといいます。
福間氏「令和に元号が変わった際に、記者が『いわゆるキラキラネームを改名した人はいませんか?』と街中で3日間で400人ほど当たったが見つかりませんでした。しかし、『あな特』のLINEフォロワーに呼びかけたところ、その日中に見つかりました。他にも、『聖火ランナーをやる予定の方はいませんか』と呼びかけて、答えていただいたこともあります」
プラスの影響は社内だけにとどまらず、全国の地方紙にも広がっています。きっかけは、「あな特」に九州周辺以外の人からも相談が寄せられたこと。記事にはできないものの、そのまま見過ごしてしまうのは心苦しいということで、全国の地方紙に呼びかけを行いました。
この西日本新聞の呼びかけをきっかけに、「オンデマンド調査報道(ジャーナリズム・オン・デマンド、JOD)』企画をスタートする地方紙が続々登場。そして、地方紙同士で記事などを共有する「JODパートナーシップ」の輪が広がっていきました。この「 JODパートナーシップ」には、2021年4月時点で全国の29媒体が加盟しています。
福間氏「これまで地方紙どうしの連携の場があまりなかったのですが、『あな特』をきっかけに連携が生まれています。たとえば、東日本大震災に関しての共同企画を行ったり、他紙の記事を西日本新聞に掲載したり。以前、『公立中学の部活費が家計を圧迫している』という他紙の記事を掲載した際も読者からも反響があり、ある地域の住民の困りごとは全国にも共通するのだと実感しました」
調査依頼も一つのコンテンツに
2021年4月からは、LINEで情報提供されたものを記事化するだけではなく、記事化する前の調査依頼も1コンテンツとしてサイト上に掲載しています。たとえば、「NHKのBS受信料、見ていないのに契約させられた」「大学、『3密』の対面授業は大丈夫?」など、寄せられた依頼内容を掲載。それに対し、読者は「共感できる」「もっと知りたい」ボタンを押したり、コメントを残したりすることができます。
竹次氏「こうした読者の反応を見ることで、読者が何に興味があるのかを把握することができます。記者はそれを元に記事化するネタを決めたり、または読者の反応それ自体を記事化したりすることもあり、日々新しい記事の書き方が生まれています」
4月には西日本新聞のアプリもリリース。特徴的なのは記事一覧の表示方法です。一般的なアプリやサイトの記事一覧ページは、タイトルとサムネイル画像が表示されているものが多いですが、西日本新聞の場合はそれに加えて前文(リード)までを表示しています。
竹次氏「新聞は一面をパッと見たときに、見出しや写真、前文などがなんとなく目に入ってきて、全てをしっかり読まずとも内容が把握できることが良さの一つ。その良さをアプリにも残そうと、記事一覧ページに前文まで表示しています。若い世代にも読んでもらえるように変えつつも、新聞の良さは残していきたいですね」
アナログからデジタルへ。その挑戦の一つでもある西日本新聞の「あなたの特命取材班」は、新たな読者を獲得すると同時に、社内にもいい変化をもたらしました。記事ネタの多様化や記者のモチベーションの向上、業務の効率化……。こうしたプラスの変化から、きっと記者自身にも読者に寄り添える「余裕」が生まれるかもしれません。
新聞は「斜陽産業」と言われて久しい昨今。しかし、本当にそうでしょうか。新聞は人々が知りたいことを教えてくれる、重要な情報源の一つです。そして、それはきっと今も昔も同じ。
たとえ紙の新聞の発行部数が減ってしまっても、新聞が人々に寄り添い、重要な情報を提供している限りは、きっとこれからも私たちの生活を支えてくれるはずです。