賞とかは獲れないかもしれないけど、自分の好きな領域をやっていきたい。好きなことをカタチにしてそれをポートフォリオに積み重ねていった方が、逆にクリエイターとして評価されやすい時代なのかもしれません。そのためのチャンスを自分でつくっていく人が増えていると思います。 〜醤油プロジェクトインタビュー〜
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【大好物醤油】
醤油×合う料理を伝えるパッケージ
中高生の時からTKG(卵かけご飯)が大好きで、お米や卵、トッピングにこだわったりもしたけれど、最終的には醤油にはまってしまった小泉和信さん。広告代理店で働き出すとそんなことも忘れていたといいます。でも、仕事の合間に半年以上かけて醤油についての企画を仲間と出しまくって、自主プレゼンにたどり着く。見つけた会社は「職人醤油」。20案以上提案したけれど、すべてボツ。でもそこでのご縁から醤油ラバーとしてさらに覚醒していったという。僕が偶然出会った『醤3』という3口の醤油皿。それをたどっていくと、知り合いの天畠カルナさんがアートディレクターとしてこの醤油プロジェクトに関わっていることが判明。それならばとふたり一緒にお話を聞く時間をいただきました。
——僕の故郷金沢に醤油で有名な大野という街がありまして、そこにあるヤマト醤油というメーカーのショップに買い物にいったら、偶然『醤3』に出会ったんです。パッケージもちゃんとデザインされてて僕のアンテナが見事に引っかかった。それで調べたら天畠さんに当たって、醤油でおもしろいことをやってるチームだってことがわかったんですね。この大好物醤油もとてもユニークな取組みです。まずはこちらのお話からうかがえればと。
小泉和信さん(以下、小泉) はい。最初は職人醤油に20案以上提案したんですが、すべてボツでした。でもプレゼンの熱量は買っていただけて、高橋代表から「一緒に醤油蔵に視察に行きませんか」と誘いがあり、2019年の夏に小豆島と薄口醤油発祥の兵庫県たつの市に行きました。視察したことで初めて職人さんと直に会話することができて、それで新たにアイデアを考え直し「大好物醤油」と「醤3」の2つをプレゼンしました。大好物醤油は気に入っていただけて、実際に仕事としてスタートし、ローンチしたのが2020年の5月。
——代表の高橋万太郎さんもユニークな経歴の人ですね。
小泉 元々キーエンスで営業として働いていた方なんですけど、3年で辞めたそうなんです。次に何やるか決めてない状況の中、新婚旅行で日本一周の旅をしたと。なんとなく伝統産業に関わりたいってぼんやり思っていたら、旅してる中で醤油がおもしろそうだってことに気づき、「職人醤油」をスタートさせたそうです。
----そういう意味では変態な二人が出会っちゃったわけですね。
天畠カルナさん(以下、天畠) 小泉さんのインスタは醤油ばかり投稿されてて、なかなかの変態性があります。笑 高橋代表も醤油業界に入るときに、これから益々縮小していく業界に入ってどうするってまわりからは言われたけど、売り方を新しくすれば道は開けると考えるような方で、チャレンジする気持ちが共振して私たちのアイデアを受け取ってくれたんだと思います。
——そんな高橋代表に気に入ってもらえた大好物醤油。どんな風にアイデアが生まれたんでしょうか?
小泉 職人醤油は100mlの小瓶で販売されてて、全部で100種類くらいの醤油のレパートリーがあるんですね。多いことはいいことでもあるけれど、多すぎて選べないという側面もあるわけです。デザインフォーマットが決まっていて特徴を比較できたら、それぞれの違いがわかるんですが、直営店でスタッフの説明があって初めてお客さまが理解できるという状態でした。商品としては魅力的なんですけど、インターフェース的にはもったいないなと思っていました。それだったらいっそのこと、醤油ごとに合う料理を伝えるようなパッケージにした方が買いやすくなるんじゃないか?そう思ってラベルごと変更する提案をしました。ただ当初提案した時は通らず、後に視察した際に職人さんたちの個性を大切にしているからラベルはいじりたくないんだという代表の思いが理解できて、それだったら取り外せるような仕様にしよう、と。買う瞬間は「私は目玉焼きが好きだから、目玉焼きに合うコレにしよう」って買って、家に帰れば取り外して。各醤油蔵の個性が際立ってきて、次からは指名買いされるようになる。そんな体験がつくれるんじゃないかと思いました。
——醤油蔵からは「いや、うちの醤油が合うのはチーズだけじゃない」「アイスクリーム専用じゃない」って反応はなかったんですか?
小泉 僕たちもそこは気にしてたんですけど、100mlの瓶に詰めるってこと自体、業界的にはチャレンジだったらしくて、そもそも職人醤油で販売している醤油メーカーは割とそういう新しい試みに寛容な会社が多いようでした。かつ、代表が直接各メーカーに足を運んで職人さんたちと密なコミュニケーションをとっていたので、今回24種類大好物醤油をつくったんですけど、どこからもまったく反対意見は出ませんでした。
——それはすごいですね。
小泉 むしろ「ウチってこういうものにも合うんですね」って、蔵にとっても気づきになったと聞いています。
天畠 ニッチな部分を押し出してくれてありがとうございますってコメントをもらったりしました。
小泉 小麦を使わず大豆だけでつくったたまり醤油や、逆に小麦を多めにしてつくった白醤油など、結構尖った醤油だけをつくるメーカーも多くて、うちの醤油は普通に使いづらいと悩んでる部分もあるらしく、そんなメーカーさんからしたらむしろ使い方を言い切ってくれてありがとうって反応でした。
----個性をより個性として際立たせてくれたってことですね。イラストはすべて天畠さんが描いたんですか?
天畠 これはイラストレーターの唐仁原多里さんにお願いしました。彼女も食が好きってことで共感してくれて。アイコンとして使うんですが、シズル感は出したいと。
----いいトーンです。ウェブサイトのデザインも洗練されてますね。ここからは醤3プロジェクトについてお聞きします。これはちゃんとプロダクトデザイナーに参加してもらったんですね。
天畠 私自身プロダクトデザイナーではありません。このプロジェクトにゴーサインが出た時点で、お皿を制作するのにプロダクトデザイナーに参加してもらいたいと思いました。小林幹也さんは元々私がミラノサローネで作品を見て気になっていて、このプロジェクトに共感していただけるんじゃないかと。
----製品化する上で苦労したことはありますか?
天畠 プロダクトをつくることが初めてだったので、どうディレクションするか難しかったですね。新しい醤油の使い方を提案するので、インパクトも欲しいけど、機能も重要で。飲食店で使用の際はスタッキングできるとか、他のお皿と並べた時に変に浮いてしまわないとか。その落としどころを見つけるために、かなりの回数やりとりしました。
小泉 基本的にこのお皿は飲食店に導入してもらうことが主目的でした。一方でクラウドファンディングが最初のスタートだったので、汎用性を考えつつ、サムネイル的にインパクトがないとニュースになりづらいという部分もありました。そこのバランスを見極めるのが難しかったですね。特にプロダクトデザインに関しては素人だったので、どこが限界点かもわからず、小林さんに無理なお願いをしちゃったところもあるかもしれません。
——「3口」へのこだわりはあったんですか?
天畠 3へのこだわりは高橋代表が一番あって。提案段階では2口でした。私たちは「1口から2口へ」という変化を考えていました。
小泉 元々は「醤2(ショウツー)」っていう企画だったんです。笑 職人醤油的には醤油は6種類あると規定していて(醤油協会は5種類)、そう考えた時にひとつは定番のライン、2つ目はたまり醤油などの濃いめのライン、3つ目が白醤油などの薄口ライン。この3ラインあったほうが、使い分けを正しく楽しんでもらえるし、いろんなメーカーも3ラインあれば参加しやすいという計算があって、代表から2じゃなくて3でお願いしたいと。
----消費を増やすための3口ということですか?
小泉 僕たちもそう考えていたんですが、むしろ高橋代表の考えは逆で、醤油のロスを減らしたいと言うのです。お寿司屋でお皿にダーっと入れちゃって、最後は余って捨てられちゃうのがもったいないと。醤油の使い分けが進めば、それぞれの注ぐ量が少量で済むわけです。そういう意識が進めば、ロスも防げるはずだと考えられていたんです。
----普通は消費を増やすことを考えますが、逆なんですね。
天畠 口の縁の微妙な形状も無駄につけすぎないための工夫です。最適な量で最適な香りを楽しんで欲しいというのが代表の思いです。その縁の角度も小林さんに何度も検証してもらいました。
——細部へのこだわりがあるんですね。飲食店へ広めていく活動はどうやっていますか?
小泉 まずはメーカーの営業ツールとして使ってもらおうというのが狙いです。1種類しか使っていないお店に対して、「このお皿を使ったらお客さんのお刺身の楽しみ方が増えますよ」と切り込んでいって、空いた口に我が社の醤油を使ってもらえませんかというやり方。醤油メーカーの営業をどうやって変革していけるか、もっと営業しやすくするためのツールを開発できないか、大きなメーカー以外にも目を向けてもらうための工夫、そんな要素がこのお皿にあるんです。
----いい和食屋さんにいくと刺身の盛り合わせにわさび醤油用、生姜醤油用、あとはポン酢でってお皿を分けて出してくれたりしますが、まさにそれをこうやって名前をつけて、目に見える形で推奨していくアイデアがすごくいいなと思いました。前回「建築弁当」のインタビューでも思ったんですが、最近はみなさん好きなことをどんどんプロジェクト化しているなと。
天畠 なかなかそうやって、自分の「好き」に関わることを実現できる仕事って、そんなに簡単には舞い込んでは来ないので、特にクリエイティブ職の人はなんとかできないかと悶々としていると思います。
小泉 広告会社のクリエイティブ職の人たちの最近の傾向として、昔のようにコピーライター、アートディレクターとして大きな賞を獲れたらそれで幸せかというと、そうでもなくなってきてると思うんです。1本のコピーやポスター1枚で商品が動く時代でもなくなって、スターになれる機会もどんどん減ってきています。でも仕事自体はしんどいこともやらなきゃいけない。そういうこともあって、だんだん目を外に向ける人が増えてきているんじゃないかなと。賞とかは獲れないかもしれないけど、自分の好きな領域をやっていきたいよね、と。好きなことをカタチにしてそれをポートフォリオに積み重ねていった方が、逆にクリエイターとして評価されやすいかもしれません。そのためのチャンスを自分でつくっていく人が増えていると思います。
天畠 小泉さんは5人で「エゴト」というチームをつくっています。自分の「エゴ」を「コト」にしていくという意味なんですが、そのチームから発生した最初の案件がこの醤油プロジェクトなんです。それぞれのエゴを大切にして、それを仕事にできるといいよねと。打ち合わせというよりも相談会みたいに壁打ちしあって、どんどんアイデアが生まれてきています。
----すごくいい空気でやっているのが伝わってきますね。それでは、今後の展望があれば最後にお願いします。
小泉 まずはこのお皿という武器をつくっていただけたので、これをどうやって広めていくかを具体化していくこと。2つ目は、僕と代表は週に一回定例の会議をやっていて、そこでざっくばらんに話しているんですが、二人の間でビジョンというか目指すところを決めていて、「醤油の使い分けを当たり前にする」というもの。それを実現するためのアイデアであればどんどん出してくださいと言われているので、次の展開のアイデアを考えているところです。さらに、3つ目として、大好物醤油を海外でも展開させることですね。
——それはおもしろいです!
小泉 アメリカの大好物でやってもいいし、ベトナムの大好物でやってもいい。そうすると世界で醤油をもっと使ってもらえる。もうひとつ、ブランド名は「職人醤油」ですが、会社名は「伝統デザイン工房」なんです。高橋代表は醤油だけをずっとやりたいわけじゃなくて、日本の伝統産業に関わっていきたい。そう考えると、この大好物醤油のフレームは他の調味料でも使えると。オリーブオイルでも味噌でもいい。そんなことを考えています。
天畠 醤油がブームになってきている感じがしていて、スーパーでも職人醤油を売り始めていたりします。それをさらに広げていくためにはもっと大手メーカーに入り込んできてもらって、一般化していきたいなぁと。回転寿司チェーンとかに入っていけるようにしたいです。
小泉 いずれは醤油皿が3口なのが当たり前になって、100円ショップでプラスチック製の類似商品が売られているようになる未来も妄想しています。笑
----素敵な未来が見えていますね。好きなことを仕事にして、それを経営者と共有しながら、チーム全員がハッピーになる。これからの仕事のあるべき姿だと思います。今日は長時間ありがとうございました。