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むずかしくない研究倫理の話

できればやりたくないのが研究倫理?

「研究倫理」という言葉,ご存知でしょうか。
科学と倫理…なんて枠組みを聞くととても仰々しい感じがしますよね。
広くは研究のあり方についての正・不正を問うものになりますが,ここでは少し焦点を絞って「研究プロジェクトを進めるための規範や規則」と考えてみてください。

個人的な体感では,研究倫理に関する常識にはばらつきがあり,「めんどくさい」「むずかしそう」「やらなくていい」と考えている人も割といるように感じています。

Googleで「研究倫理」や「倫理審査」と検索すると,立派な組織の漢字だらけの公式見解っぽいページがずらーっと並んでいて,確かに面倒な感じは否めません。

ということでこのnoteでは,人を対象に研究データを取るときの「ここだけはおさえたい研究倫理のキホン」のみご説明します。
(きっと思っているより面倒ではないはず!)


人に質問や実験をするということは

心理学では,データを取る対象はほとんど「人間」です(動物もありますが)。調査や実験をする立場の人は,参加してくれる人に精神的・身体的な負担や不利益を与えてしまわないように考えなければいけません。

自分だけで考えても限界があるので,研究計画を第三者の専門家に見てもらうのが「研究倫理審査」です。

この「研究倫理審査」は大学での研究だけを対象にしているのではありません。大学教授であれ学生であれ,企業での実践的な調査(ユーザーアンケートやインタビューなど)であれ,人からデータを取るすべての人にその責任は問われます。

つまり,研究者ではなくても,卒論データを取る学生でも,企業でアンケートを取る担当者でも「研究倫理」への理解は必要です。

参加者の視点に立ってみる


倫理審査を通すことで研究者も守られる

まず,最近ではデータを外部に公表しようと思っても倫理審査を経ていないとできません。詳しくは後述しますが,いくら数値的には正しいデータであっても,その取得方法に問題があれば,もはやデータとして扱えないからです。

ただし,この倫理審査のルールは研究者を困らせるためにあるものではありません。研究倫理審査委員会で,他の専門家にチェックしてもらうことによって,自分(研究者側)が誰かを傷つけてしまうリスクがないことを確認できますし,自分にはそうした倫理違反をする意思がないという態度を示すこともできます。


だいじなこと

アンケート調査でも審査は必要です!

研究倫理審査というと,ガチガチの「研究」に対するものというイメージが強いのか,アンケートやインタビューには研究倫理の申請はいらないというイメージを持たれることがあります。

ですが…その調査が科学的知見に基づいた調査で,人からデータを取るのであれば研究倫理審査は必要です。

審査は必ず「研究計画」の時に

研究倫理審査は,「研究計画」に対して判断をするものです。データを取ってしまった研究を遡って承認することはできません。

申請のタイミングは必ずデータを取る前,研究計画の段階です。
審査には一般的に数週間かかるので,余裕を持った申請をおすすめします。


研究倫理という基本ルール

さて,研究倫理は守る以外の選択肢がないことはわかってきました。ここからはもう少し具体的な話に。
研究倫理は難しそうですが,そんなに複雑なものではなく,守るべき3つの基本ルールがあります。

1. まずは法令

お酒を飲んで車に乗ったらどうなるのか…?人のものを盗んだらどうなるのか…?なんて危なすぎる研究はもちろん倫理の前に法的にアウトです。

法令は国や地域ごとに異なりますが,最低限守る必要があることは言うまでもありません。

2. 歴史の大失敗から生まれた倫理原則

次に守るべきは,これまでに制定されてきた国際的な倫理指針です。法律より柔軟性があり,具体的な基準や手順を示しています。

ニュルンベルク綱領
1947年,第二次世界大戦後のニュルンベルク裁判で,ナチスによる非人道的な人体実験が問題視された結果生まれたのがニュルンベルク綱領です。実験の正当性や安全性を確保し,被験者による終了の権利を守ることなどが決められました。研究の名の元になんでもしていいわけではない,という意識共有の始まりです。

その後,1964年に世界医師会(WMA)がヘルシンキ宣言を採択しました。

ヘルシンキ宣言
医学研究が患者優先であること,リスクと利益の評価をすること,同意や倫理審査が必要であることなどが基準とされ,今日の倫理審査でも参照点になっています。

1979年にアメリカでのタスキーギ梅毒研究などの不祥事を受け,ベルモント・レポートとしてヒトを対象とした研究の倫理原則が明文化されました。

ベルモント・レポート
一部ではニュルンベルク綱領が影響及ばず,人道的に問題のある研究が残っていたため,さらに具体化させた報告書です。尊重・善行・公正の3つの原則に基づくことが決められています。

これらの倫理的原則・指針に加えて,所属する学会や機関,企業の方針がある場合にはそれらも遵守するようにしてください。

3. 思想信条

最後に,規則として決まっているわけではないとしても,研究者として普遍的に求められる誠実さ(データの改ざんや盗用を行わない)や,社会的責任(研究が社会に利益をもたらすことを目指す)への意識を高く持つことが求められます。

では,審査では何がチェックされるのか?

3つの原則からさらに具体的に。
審査でチェックされるポイントは,大きく分けて下記の5つです。

要するに,その研究が「科学的・社会的にやる意義があり,安全で公正な研究であるかどうか」を確認しています。

ここに書いてある以外にも,研究対象者の選び方が公正であるか(不適切な差別などがないか),高齢者や未成年者,障害者などが不当にデータを取られる設計になっていないか,データ管理や研究体制に問題がないか,なども確認されるポイントです。

また,利益相反がある場合(例えば製薬会社からの資金援助でその製薬会社が作った薬の効果を研究するなど)には,その情報を適切に開示し,研究の公平性や透明性を保つよう求められます。

問題になりがちな具体例


①インタビューで住所などの個人情報を詳しく訊く
 →住所は市町村までにするなど,必要以上の個人情報は取らない

②実験で音や映像などを繰り返し呈示する
 →精神的・肉体的な苦痛につながらないとみなされる回数に制限する

屋外での実験や観察調査
 →暑さ・寒さや安全面に配慮する

④家庭環境や恋愛経験など個人的体験について細かく訊く
 →参加者が嫌な記憶を思い出したり,精神的負担になったりしないかという観点も含めて質問項目を設計する

⑤実験者が忙しいという理由で深夜に実験実施する
 →参加者の心身への負荷を減らすために夜間には実施しない,身体的リスクがある場合には緊急時対応のために病院が空いている時間にする

子どもを対象にした調査を行う
 →子どもや高齢者など同意能力に制限があると考えられる場合,保護者や成年後見人からの同意も必ず取る



どこで研究倫理審査を受けるのか?問題

ここまで研究倫理審査の必要性と,具体的な内容について説明してきました。

最後に残る問題は,その審査はどこで受けるのか?ですね。
基本的には,次の2パターンから選ぶことになります。

1. 大学・企業の中にある倫理委員会に申請する
2. 外部(民間)の倫理委員会に申請する

絶対に受ける必要があるのにも関わらず,実は受け入れ場所が少ないのもまた困った現実です。

外部の倫理審査委員会は,医学系・生命系研究を中心に行なっている方が多く,心理学研究のようなアンケートやインタビュー調査の審査が難しいことも…

企業の心理学研究を支援している立場としては,企業の中できちんとしたデータをとって,エビデンスのある製品づくりをしようとしている人たちが受けられる研究倫理審査の機関がない…というのはとても問題に感じます。

こうした問題を解決するために,イデアラボでは,心理学・医学・法律の専門家に依頼して倫理委員会を設置しました。
独立系研究者の方,企業研究者の方など広い立場の方に申請していただけます。

「人の心・感性・行動」に関わる多くの人が安全で公正なデータを取れる社会を目指しています。


申請・詳細はこちらのページをご覧ください。
申請書類もできるだけシンプルになるよう試行錯誤しながら運営していきますので,申請&ご意見お待ちしてます。


研究倫理に関する正しい情報


参考書籍

福住伸一・西山敏樹・梶谷勇・北村尊義(2023). 事例で学ぶ 人を扱う工学研究の倫理 近代科学社Digital
三浦麻子(2017). 心理学ベーシック第1巻 なるほど!心理学研究法 北大路書房

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