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素人の考古学―北部九州装飾古墳5/8(抽象壁画2)巡り
5/8抽象壁画1の続き
(5)-5壁画(抽象画)系(熊本県 横山古墳)
前方後円墳。墳長38.5m、後円径29m・高さ4.5m・頂径10.5m、前方幅20m、葺石あり。現存するのは前方部の一部のみ。
両袖式横穴式石室内は羨道を挟んで左右に板石で区切つた死床を設け、正面に石屋形が造り造られている。石屋形の袖石に双脚輪状文、同心円文、三角文などを赤・白・灰で描く。3体分以上の人骨が互い違いに埋葬。時期は6世紀前半。
遺物は碧玉製勾玉などの玉類、金環、金張刀装具、鉄鏃、刀子、馬具、砥石。
鹿本郡に所在していたが公園内に移築復元。国指定史跡。
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(5)-6壁画(抽象画)系(福岡県 日岡古墳)
全長約74mの前方後円墳で、周溝を備える。埋葬施設は南西に開口する横穴式石室で玄室部長さ約3.9m・幅2.8m、奥壁には幅約2.3m・高さ約1.9mの巨石が使用され、上部には石棚が設けられている。側壁は胴張り構造になっており、左側壁には2カ所の突起があるのだが、何のためのものかは不明。奥壁に赤・白・緑を使い、6個の巨大な同心円文のほか蕨手文や連続三角文などが、側壁には赤・白・青を使い同心円文や三角文のほかに盾、靭など武器・魚・船・馬・獣などの文様が描かれている。国指定史跡。
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(5)-7壁画(抽象画)系(福岡県 弘化谷古墳)
6世紀中頃の築造。径39m、高さ約7m、2段築成の円墳。西南に開口する横穴式石室。石室の正面に遺体を安置する石屋形を設置している。石室は約4.5m、最大幅約3.6mで、全面が赤く塗られている。
石屋形の奥壁、両側石・天井石の各内側と各全面小口の計7面に、赤と緑で幾何学文(三角文・円文)、双脚輪状文、靫を描き、上段の7個の靫だけは輪郭を線刻する。
出土品は耳飾り、勾玉、管玉、鉄鏃、留め金、須恵器など。
筑紫の君磐井の一族の墓とされる。国指定史跡。
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(5)-8壁画(抽象画)系(茨城県 虎塚古墳)
全長56.5mの前方後円墳。後円部南側に入口を持つ両袖型の横穴式石室で全長約4.6m、凝灰岩の切石等による。
玄室部は長さ3.0m・幅1.5m・高さ1.4m、壁面全面に白色粘土で下塗りを施し、その上に赤色顔料のベンガラで描かれた息をのむような素朴な壁画である。奥壁には、上部から連続三角文、上下三角文、環状文、靭形図文以下武器武具類。
東壁には、連続三角文、靭形図文、円文、楯形図文、頸玉形図文、さしば形図文その他。
古墳は全長56.5m、高さ38.5mの前方後円墳。
東日本を代表する壁画である。北九州の装飾古墳壁画との関連性が指摘されているが、北九州のような死者を黄泉の国へ運ぶ船のような具象的なものは描かれておらず、絵画の意味の解釈もさまざまである。
虎塚古墳の副葬品は、遺骸一体、漆塗太刀や刀子、やり鉋、鉄鏃、鉄釧、鉄鉾、鉄輪などで予想外に貧相であった。再葬が行われたようで、その際に整理されたのではないかとのこと。
装飾壁画を保存するため室温・湿度など厳重に管理され、整理券をもらって見学も4名づつ。7c前半の築造。国指定史跡。
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(5)-9壁画(抽象画)系(熊本県 釡尾古墳)
6世紀中葉築造の直径約28m・高さ約6mの円墳で、幅3~4mの周溝を備える。埋葬施設は南に入口をもつ横穴式石室で、全長約9.6m。羨道・前室・玄室からなる複室構造で、玄室部は奥行・幅約3.5m、高さ約3.9mを測る。
埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南方向に開口する。この石室の室内は上段を白、下段を赤で塗り分けられ、双脚輪状文などの装飾文様が認められているほか、馬具や鉄製武具などの副葬品が出土している。この石室の様相などから、この釜尾古墳は6世紀後半頃の築造と推定される。国指定史跡
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(5)-10壁画(抽象画)系(熊本市 永安寺東古墳)
6~7世紀前半に築造された径約3ⅿの円墳。南東側に入口を持つ複式の横穴式石室で、玄室奥壁に沿って石屋形がある。奥壁と左右の側壁には阿蘇凝灰岩切石の巨大な一枚岩を立たて、その上に小形の切石を持ち送り式に3段に積み上げ、さらに安山岩の板石を架して天井としている。
玄室奥壁に沿ってU字型の開口部をもつ石屋形を備えるほか、壁面には円文や連続三角文、舟、馬などが線刻や赤による彩色で描かれている。6世紀後半の築造。国指定史跡
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(5)-11壁画(抽象画)系(熊本市 井寺古墳)
5世紀末築造の直径14ⅿの円墳。玄室が幅2.9ⅿ、奥行き2.9ⅿ、高さ3.1ⅿの典型的な肥後型横穴式石室(正方形の大小の部屋と壁は凝灰岩をドーム状に積み上げたもの。天井は大きな一枚岩)を有し、石室内全体が赤色に彩色されている。
壁に沿って石障が設けられている。石室内は赤色顔料が全体に塗布されており、石障や羨門、羨道側壁には線刻と彩色による装飾がある。直弧文や同心円文、梯子文、柱状文、鍵手文などが赤・青・白・緑の4種の顔料を用いて塗り分けられている。出土遺物は鉄剣など。
5世紀末~6世紀初頭築造。国指定史跡
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(5)-12壁画(抽象画)系(神奈川県 馬絹古墳)
南関東で唯一の装飾古墳。
直径約33ⅿ・高さ3~4mの円墳で、葺石を備える。周囲には幅約3.5m・深さ約1.5mの周溝が巡る。
埋葬施設は南東方向に入口を持つ横穴式石室で全長約9.6mの複室構造。玄室の奥室には白い粘土によって円文などが描かれている。袖石にも紋様のようなものが認められる。
埋め戻されて石室の模型は川崎市市民ミュージアムにある。
出土品は鉄釘など。7c後半の築造。県史跡。
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(以上は各資料館のパンフレットやチラシを参考にしました)
以上
小兵衛