素人の考古学―神奈川県川崎市幸区の古墳巡り
川崎市幸区南加瀬・北加瀬に加瀬山古墳群・夢見ヶ埼古墳群がある。
多摩川と矢上川に挟まれた標高33ⅿの独立丘陵に古墳が11基存在している古墳群。この辺りは穀倉地帯で、肥沃な土地で、稲作をもとに力をつけた一族が台頭して地域を納めていた。近くに4c後半にヤマト王権との交流があった白山古墳(消滅)があり三角縁神獣鏡も見つかっている。その後、7c後半まで連綿として古墳の築造が続いた。
➀白山古墳(消滅):前方後円墳 4c後半 首長墓
全長87m、後円部径42m、同高10m、前方部幅37m、同高5m。
埋葬施設として、前方部に1基の粘土槨、後円部に1基の木炭槨と2基の粘土槨が見出された。
副葬品:木炭槨から、三角縁神獣鏡1、小形内行花文鏡1、刀身3、剣身6、鎌身1、鉄鏃28、刀子1、鉄斧頭5、前方部の粘土槨から、櫛歯文鏡1、管玉1、小玉4、前方部北の粘土槨から、珠文鏡1、乳文鏡1、勾玉1、管玉6、小玉67、前方部南の粘土槨から、管玉2、丸玉1、小玉10が出土するなど、副葬品は豊富であった。
木炭槨から出土した三角縁神獣鏡は、椿井大塚山古墳で出土したものと同笵鏡であり、白山古墳の被葬者と畿内との結びつきが想定される。
➁3号墳:20m円墳 7c中頃
複室構造の横穴式石室(切石切組手法は寺院建築の技術)
人骨や木棺の釘など出土。
➂6号墳 24mの円墳 墳頂に浅間神社が鎮座 経塚の可能性もある。
➃7号墳:27ⅿ円墳
墳頂に天照皇大神宮の社がある。
➄9号墳 6c後半の23.5mの円墳
墳頂に大田道灌の碑がある。
➅塚越古墳 古墳時代後期 30m円墳、前方後円墳の可能性もある。
多摩川と鶴見川の流れが東京湾に到達する手前の低地地帯に築成されて、現在まで残る唯一の古墳である。
埼玉県鴻巣市の関東最大の埴輪生産地、生出塚埴輪窯で焼かれた埴輪が出土、形象埴輪も含まれる。
以上
小兵衛