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井出進学塾の歴史教室 第3回 「明治時代」の流れをおさえよう!!

こんにちは、井出進学塾です。
今回は、「明治時代」について大まかな歴史の流れをみていきます。

明治時代は、まちがいなく、超重要単元です。
ここを固めれば、受験までの期間で考えても大きなリードがとれるでしょう。

明治時代は、色々覚えなければいけないことが多くてたいへんそうですね。
でも、やみくもに覚えようと思っても、そんなに簡単に覚えられるものではありません。(「社会」は、情報処理能力を磨くための教科です。)

まずは、「箱(はこ)」をつくりましょう。

「箱」というのは、大きな枠(わく)のようなものです。
1つ1つのできごとを、個別に覚えていくのではなく、まず「箱」をつくって、その中に入れていくようなイメージです。

明治時代は、その「箱」を説明しやすいので、みなさんにとっても、よいきっかけになると思います。ぜひ、ここで勉強したことは明治時代にとどまらず、他の単元、あるいは他の強化にも応用しましょう。

それでは、明治時代についての勉強をはじめましょう。

いろいろな「箱」のつくり方はありますが、ここでは導入なので「ターム(期間)」で箱をつくってみます。

明治時代は、次の3つのタームに分けられます。

①1868年~1873年(明治スタート期)

②1873年~1890年(内政拡充記)

③1890年~1910年(海外進出期)

(注:③で明治時代は正確には1912年までなのですが、細かいところにこだわっても得はないので、きりのいいところで1910年までにしました。こういう、わりきりも大切です。)

それでは、1つずつみていきましょう。

①1868年~1873年(明治スタート期)

1868年、明治政府がスタートします。

廃藩置県など諸改革が行われますが、そのほとんどが最初のわずか5年程度の期間に集中しています。

1873年までとしましたが、1873年が象徴的で、この年に地租改正(ちそかいせい)令や徴兵令(ちょうへいれい)が発布されました。富国強兵(ふこくきょうへい)をスローガンに新しい国づくりを目指していた政府にとって、一応の方向性がここまでで固まります。

②1873年~1890年(内政拡充記)

①期の急激な改革は、もちろん諸問題をはらみました。

1873年というのは、やはり象徴的な年で、この年に西郷隆盛(さいごうたかもり)板垣退助(いたがきたいすけ)征韓論(せいかんろん)に敗れ下野(げや:政治の中心から離れること)します。下野した彼らは、その後、政府に対する反対運動の中心になっていきます。

板垣退助は、1874年、民撰議院設立建白書を政府に提出します。これが、自由民権運動のはじまりとされています。

一方、西郷は政府に不平を持った士族(しぞく:江戸時代の侍階級)にかつぎ上げられ、1877年、西南(せいなん)戦争をおこします。

西南戦争は、政府によっておさめられ、これより政府に対する反対運動は、武力ではなく言論によるものとなっていきます。

自由民権運動はもりあがり、1881年、政府は10年後に国会を開くことを約束します。

ここから先は、逆からみていきます。

このタームの最終年とした1890年に何があったかというと、これは、はじめて衆議院議員の選挙が行われて帝国議会が開かれた年号です。

当時の伊藤博文(いとうひろぶみ)を中心とした政府の考え方のようなものですが・・・

(帝国)議会を開いたり、そのための議員の選挙をするためのきまりが必要・・・ということで、その前年の、1889年、大日本帝国憲法(だいにほんていこくけんぽう)発布。

憲法をつくるためには、それをつくるための機関が必要・・・ということで、その少し前の、1885年、内閣制度(内閣制度)の成立。

・・・という流れになります。

じっさい、この「内閣制度→大日本帝国憲法→第1回帝国議会」は、並べ替え問題などで、公のテストでは頻出(ひんしゅつ)の問題です。

教育勅語(きょういくちょくご)が発布されたのも1890年ですので、やはり、この1890年は大きな年号といえます。

③1890年~1910年(海外進出期)

「憲法」を手に入れることは、それはそのまま近代国家としての出発を意味します。

これ以降、主として朝鮮(韓国)をめぐる戦いが激化していきます。
簡単に主なできごとだけ、拾っていきますと・・・

・1894~95年 日清(にっしん)戦争
・1902年 日英(にちえい)同盟
・1904~05年 日露(にちろ)戦争

・・・という流れになります。それぞれの戦争のときの条約の名前やその内容、日清戦争後の三国干渉(さんごくかんしょう)やそれをふくめ、日英同盟にいたるまでの流れは、各自確認してください。

注意するのは、日清戦争と日露戦争の間で、「朝鮮」が「韓国」と改名していますが、中学の教科書ではそこにはあまりふれていないので少しわかりにくいかもしれません。同じ国と考えて十分です。(国名の正式名称は、それぞれもう少し長いですが、「朝鮮」→「韓国」と表記している教科書が多いようです。)

1910年、韓国併合(かんこくへいごう)で、韓国(朝鮮)は日本の植民地支配を受けることになります。なので、1910年も大きな区切りの年号です。

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まとめ

明治時代には、「日清戦争前までをふくむ外交問題」「社会問題」「文化」など、いろいろとあります。

これらはこれらで「箱」をつくればよいですが、ここでつくった箱とうまくつなげていくようにできれば、それはよい勉強ができています。

学習内容を定着しやすくするよう、いろいろくふうしてみましょうね。

以上です。
下のコメント欄から、コメントなどいただけると、とてもうれしいです。

執筆:井出進学塾(富士宮教材開発) 代表 井出真歩



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