サステナビリティ・レポートの事例紹介(1)「味の素」編
前回までは「サステナビリティ・レポートの構成要素」として、報告書に記載されるべき主要な項目についてご説明した。今回からは、実際のサステナビリティ・レポートがどのように構成されているかについてご紹介する。事例として取り上げるのは、本邦企業のサステナビリティ・レポートのうち、環境省主催の「ESGファイナンス・アワード・ジャパン(企業部門)」を受賞した企業のレポートである。今回は第4回(2022年度)に金賞を受賞した「味の素」の報告書を取り上げる。
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「味の素」編
味の素は、環境省主催の「ESGファイナンス・アワード・ジャパン(企業部門)」において、第4回(2022年度)に金賞を受賞した。選定理由としては次が示されている。
この選定理由を踏まえつつ、以下では、同社のサステナビリティに関する各種レポートの構成を紹介する。
味の素は、事業活動を通じて社会価値と経済価値を共創する取り組みを重視しており、これをASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)経営と名付けている。2022年度からは統合報告書をASVレポートとして公開している。同社のサステナビリティへの取り組みは、このASVレポートの他に、サステナビリティデータブックと、ウェブサイト上のサステナビリティページとの三つの媒体で示されている。2023年9月1日の時点でASVレポートは2023年度版が公開されているが、サステナビリティデータブックは2022年度版が最新版である。第4回ESGファイナンス・アワード・ジャパンは2022年度版の報告書が対象であるので、本稿では同社の2022年度版の報告書を対象に内容を紹介する。
まず、「サステナビリティデータブック 2022(以下「データブック」)」については下記の構成になっている。全部で156頁であるが、総頁数の9割が最終章の「マテリアリティ別の活動報告」に費やされている。はじめに、目指す姿、マテリアリティの特定プロセスやリスト、ステークホルダーとの対話、社内のサステナビリティ体制など、基本的な情報を提示し、その後に同社の具体的な活動と成果をマテリアリティごとに紹介するという構成になっている。
味の素グループビジョン
ESG・サステナビリティに関する体制
マテリアリティ
ステークホルダーとの対話・連携
マテリアリティ別活動報告
続いて、「ASVレポート2022(以下、ASVレポート)」は全部で110頁であり、統合報告書としての位置づけであることから、サステナビリティへの取り組みと共に、財務に関する情報の提示に多くの頁が割り当てられている。構成は次のとおりである。
イントロダクション
社長メッセージ
中長期成長戦略
足元の確実な成長
コーポレート・ガバナンス
以下では、サステナビリティ・レポートの典型的な構成要素である、「目指す姿」、「ガバナンス体制」、「マテリアリティ」、「リスクと機会の分析」、「サステナビリティ課題との紐づけ」、「目標値と成果指標」、「価値創造モデル」の各々について、両報告書でどのように記載されているかを紹介する。
《目指す姿》
同社の目指す姿は、「データブック」と「ASVレポート」のそれぞれの冒頭で示されている。特に「データブック」では、「味の素グループが目指すもの」として明確に目指す姿が示されている。このレポートによると、同社は、2030年に「食と健康の課題解決企業」となることを目指しており、そのためには、「10億人の健康寿命の延伸」と「環境負荷の50%削減」のアウトカムの実現が必要と示される。そしてこのアウトカムの実現に資するのが、「事業を通じて社会価値と経済価値を共創する」ASV経営というロジックになっている。
《ガバナンス体制》
サステナビリティへの取り組みの体制については「データブック」の中に具体的に示されている。ESG・サステナビリティに関する体制として、取締役会の下部機構として「サステナビリティ諮問会議」と、CEOや経営会議に報告する「サステナビリティ委員会」の構成と活動が示されている。「ASVレポート」ではコーポレート・ガバナンスという章があり、こちらはサステナビリティへの取り組みではなく、同社全体のガバナンス構造についての概要が説明されている。
《マテリアリティ》
マテリアリティについては、「データブック」に詳細な記載がある。「マテリアリティ」という独立した章が設けられており、同社のマテリアリティの特定プロセスと、その項目のリストが示される。同社のマテリアリティ特定作業は2015年に開始し、マテリアリティ項目の抽出・整理、有識者に対するSDGs アンケート調査、SDGsとマテリアリティとの関連性の分析、多様なステークホルダーとの対話といった段階を経ながら、最終的に11項目のマテリアリティが特定された。今後も定期的に見直しされるとのことである。
「データブック」で示される同社のマテリアリティは11項目あり、それらは、「食と健康の課題解決への貢献」、「生活者のライフスタイルの変化に対する迅速な提案」、「製品の安全・安心の確保」、「多様な人財の活躍」、「気候変動への適応とその緩和」、「資源循環型社会実現への貢献」、「フードロスの低減」、「持続可能な原材料調達」、「水資源の保全」、「ガバナンスの強化」、「グローバルな競争激化への備え」である。各々のマテリアリティ項目に複数の具体例が紐づけられている。例えば、「食と健康の課題解決への貢献」には「不足栄養・過剰栄養の改善」、「乳幼児、若年女性、高齢者栄養」、「再生医療・予防医療」といった具体例が紐づけてある。こうした具体例が示されることで、マテリアリティと同社の事業活動との関係がわかりやすくなっている。
《リスクと機会の分析》
「データブック」の「マテリアリティ」という章の中に、マテリアリティ項目ごとに「関連する機会とリスク」が表形式で整理されている。機会になる課題は白丸(○)、リスクになる課題は黒丸(●)に向けた取り組みの推進」、「炭素税の負担軽減によるコスト競争力確保」、「脱炭素に向けた外部連携」である。逆に、リスクと見なされているのが「気候変動による原材料調達不全」、「気候変動への対応遅れによる企業価値毀損」である。全てのマテリアリティ項目について、リスクと機会が具体的に提示されている。
《サステナビリティ課題との紐づけ》
「データブック」の「マテリアリティ」という章の中に、マテリアリティ項目と貢献するSDGs のゴールの紐づけが示されている。どう貢献するか示すため、同社の主要な取り組みについても列記される。例えば、マテリアリティ項目である「フードロスの低減」は、SDGsのゴール2、12、17に紐づくものであり、具体的な取り組みとして「生産工程のロスの低減」、「需給・生販バランスの最適化」、「賞味期限延長」、「サプライヤー、小売、流通との連携推進」、「廃棄削減に役立つ製品開発」などがあげられる。SDGsのターゲットレベルで紐づけられてはいないが、それぞれの取り組みとSDGsとの関連性は明確かつ具体的であり、ゴールレベルだけでなくターゲットレベルでの考察を踏まえた整理であることが伺われる。
《目標値と成果指標》
目標値と成果指標については、「データブック」の最終章の「マテリアリティ別の活動報告」にマテリアリティ項目ごとに示されている。例えば、マテリアリティ項目である「食と健康の課題解決への貢献」では、栄養コミットメントの定量KPIと共に、2020年度と2021年度の実績値、2025年度と2030年度の目標値が表示されている。また「持続可能な原材料調達」では、持続可能な調達比率が紙、大豆、パーム油について、2021年度までの実績値と2030年度の目標値が図示されている。もっとも、「ガバナンスの強化」など一部のマテリアリティ項目の中には、目標値や成果指標が明確に示されていないものもある。
《価値創造モデル》
ASVレポートは統合報告書としての位置づけであり、同社の価値創造に対する考え方はこの報告書の中に記載されている。もっとも、「国際統合報告フレームワーク」で示されているような、典型的な「価値創造モデル」は、同レポートの中には見られない。その代わり、「中長期成長戦略」の章の中に、「CIO(研究開発統括副社長)が語る持続的な成長戦略」として、企業価値向上のイメージが図示されている。ここでは、現在から2030年度以降にかけて、重点6事業、事業モデル変革、次世代事業が推進され、事業利益が増加する姿が描かれる。
さらに、同レポートでは、人財のような無形資産が同社の企業価値を向上させるモデルについて、多くの紙面を使って説明している。同社の「人財マネジメントポリシー」とは「ASV・志に共感する従業員一人ひとりが、自らのチャレンジ・共創を通じて顧客・社会への貢献を働きがいとし、個人と組織の共成長により企業価値向上に資する人財・組織」をつくることである。社員がASVを自分ごとと考え、個人の能力開発を進めることで、ASVへのエンゲージメントが向上し、企業価値向上につながるというロジックである。共有価値の創造を目指すASV経営に、長年取り組んできた同社の信念が、こうした企業価値向上への見方に現れている。
なお、このASVレポートは2023年度版も公開されている。統合報告書としての位置づけは変わらないが、報告書の構成が大きく変わった。また、マテリアリティ項目についても前年までの11項目ではなく、新たに「共創力、「生活者視点」、「ウェルビーイング」、「価値共創(ASV)」の4項目に集約された。「データブック」の2023年度版は公開されておらず、この4項目が従来の記載事項とどう整理されるのか注目される。
※All links, accessed 2023/9/8
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