ESG講座:倫理と経営(2018年12月号)
※本記事はIDCJ SDGs室がこれまでのメールマガジンで取り上げた特集です。掲載内容はメールマガジン発行当時の状況に基づきます。
具体的な話を始める前に、2020五輪セーリング会場となる神奈川県藤沢市江の島で開催された(2018年9月9日~16日)のセーリングW杯シリーズに言及したいと思います。実は、この開幕式で、サプライズ演出としてイルカのパフォーマンスが披露され、主催者団体であるワールドセーリング(WS)が非難声明を発しました。大会をホストした地元の実行委員会による純粋な善意からの演出が、国際的に物議を醸す対象となったことは、気の毒という感想が相応しいのでしょうが、一方で、国際大会を開催するにあたって、開催側の国際的な感覚の“麻痺“が痛ましく感じられる事件でもあります。それというのも、海棲哺乳類(クジラやイルカ)の扱いについては、予(かねて)てより、日本と海外では指針が大きく異なり、特に、イルカやシャチのショーを巡る動きとしては、2015年を境に、米国カナダでは廃止の動きが採られていたからです。
日本の海洋生物学者や水族館関係者の間では良く知られていた問題ですが、世界動物園水族館協会(WAZA)は、倫理上の観点から、追い込み漁で捕獲したイルカを水族館が入手すること禁止していました(※1)。この倫理上の規制は、米国では、既に1972年に海洋哺乳類保護法で規制されており、また、欧州でも1997年に厳しい規制が導入されています。現在では、インドや南米諸国を含む少なくとも14ヵ国で、シャチの飼育を禁止する法案を可決しています。この倫理的な規制の流れに拍車をかけたのは、海洋娯楽産業を批判した2013年のドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ』の影響でした(※2)。この映画により、米国ではシャチの捕獲・飼育反対運動がおこり、2015年、下院議員で飼育下にあるシャチの繁殖や野生のシャチの捕獲、輸出入を連邦法で禁止する法案が提出されています。
『ブラックフィッシュ』は、海洋哺乳類をエンターテイメント産業の一環として利用する産業そのものと、映画の舞台であるサンディエゴのシーワールドの意義を問う内容であったため、シーワールドに対する圧力や抗議の声が高まったのでした。こうして、翌2014年、シーワールドの来場者数は減少し、業績見通しが下方修正され、この発表を受けたシーワールドの株価は大きく下落、2014年8月12日には株価は前年比22%下落し、さらに翌13日には前日比32.86%下落したのでした。この結果を受け、シーワールドは、2015年11月、シャチのショーを段階的に廃止する決断に至りました。
このシーワールドの事例は、倫理問題が経営上の重大課題となり、経営方針の変更を余儀なくされています。提供している製品やサービスに対して、市場から倫理上の非難に晒された結果でした。市場からのシグナル(非難)にいち早く対応することが、リスク管理上重要であることは、既に多くの経営者はご存知と思いますが、このシグナルを新たな利益を創出する機会として、ESG的に「攻め」の経営に転換できる可能性に注目してもらいたいと思います。水族館の場合、その役割として、種の保存、教育・環境教育、調査・研究、レクリエーションの4つがあります。今回、レクリエーション活動が非難の対象となりましたが、研究や教育といった観点からのクジラ類の飼育を「見せる」ことで、新たな活動の在り方が見つからないでしょうか?
(※1)野生捕獲のイルカ類の展示は例外として可能。なお、日本動物園水族館協会(JAZA)は、WAZA残留のため、同事項を禁止した。これをうけ、神奈川県藤沢市の「新江ノ島水族館」と山口県下関市の「海響館」がJAZAから退会している
(※2)追い込み猟を批判的に描いたアメリカ映画「ザ・コーヴ」が、2010年にアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞受賞をした影響も大きい。
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