サステナビリティ・レポートの構成要素(7)GRIスタンダードとインパクト・マテリアリティの視点
GRI(Global Reporting Initiative:グローバル・レポーティング・イニシアティブ)は、サステナビリティ・レポーティングの枠組みの作成と、非財務情報開示の標準化を進めてきた国際非営利団体である。2016 年にGRI サステナビリティ・レポーティング・スタンダード(通称GRI スタンダード)が公開され、2021年に改訂された。現在はこの改訂版に基づいてサステナビリティ報告書を作成することが推奨されている。サステナビリティへの関心は時代とともに高まり、今日では主要国の大手企業の7割前後がGRIスタンダードを使用してサステナビリティ報告書を作成するまでになっている。
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GRIスタンダードとインパクト・マテリアリティの視点
財務情報と異なり、非財務情報は開示が義務付けられているケースはまだ多くはないが、日本の有価証券報告書のサステナビリティ情報の記載欄、そして欧州企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づく欧州サステナビリティ報告基準がある。世界的な流れはサステナビリティ開示を義務化、サステナビリティ開示情報に第三者保証を義務付ける動きが高まりつつある。
GRIスタンダードの利用は任意である。GRIスタンダードには様々な要求事項や推奨事項等があり、かなり詳細な解説が示されている。しかしながら、ISOシリーズのように審査や認定といったサービスを現状では自らが提供をしていないため、実際の利用は企業自身の解釈や判断に委ねられている部分も多い。このためGRIは企業の任意ではあるが、企業のサステナビリティ報告に第三者保証を付すことを推奨している。
企業から公開される非財務情報の代表的な利用者は、投資家である。投資家には、各企業の情報を横並びに比較し、意思判断を合理的に行うことが求められる。かつてのGRIスタンダード2016の利用や解釈が企業によって統一されていないため、同業種の企業であっても横並びの比較が難しい状況があった。そこで、投資家向けの提供情報の標準化促進を目的として、2018年にSASB(Sustainability Accounting Standards Board)スタンダードが公開され、その後ISSB(International Sustainability Standards Board)スタンダードの一部として再編されることになる。なお、GRIスタンダードも同業種の企業の横並び比較をし易くするために、GRIスタンダード2021から、従来の項目別スタンダードに加えてセクター別スタンダードを導入したことは皆様の記憶にも新しいことと思う。
SASB/ISSBスタンダードを利用する企業は、自社を取り巻く経済、社会、環境面の諸課題が自社のキャッシュフローや資金調達等に与える影響を検討し、最も重要な課題を「ファイナンシャル・マテリアリティ」として特定することが求められる。投資家は、当該企業の価値向上に大きな影響を与える課題について情報を入手し、合理的な投資判断を行うことが可能となる。
一方、GRIスタンダードの場合、マテリアリティについての考え方が大きく異なっている。企業の事業活動が経済、社会、環境面に与える影響の大きさを検討し、最も重要な課題を「インパクト・マテリアリティ」として決定することが求められる。企業価値への影響ではなく、経済、環境、社会、そして人々(人権を含む)への影響の多寡が重要性の判断基準となる。投資家だけの視点ではなく、地域社会、市民団体、NGO、行政府等を含む「マルチステークホルダー」の視点を採る。
「ファイナンシャル・マテリアリティ」と「インパクト・マテリアリティ」の見方は全く逆ではあるが、両者は相反するものでは無く、結果的に同じ課題が特定されるケースが多いであろう。だが、常に一致するわけではなく、課題によっては「インパクト・マテリアリティ」ではあるが、「ファイナンシャル・マテリアリティ」ではないといったケースもありうる。サステナビリティ課題への影響は単純に白黒で判断できるものではなく、ある分野でポジティブな影響が大きくとも、それが別の分野でネガティブな影響を引き起こすような場合もありうるからである。
例えば、再生可能エネルギー利用拡大のため、山林に広大な太陽光パネルを敷設する事業が、地域の希少生物の生育を阻み生態系に悪影響を与えるようなケースである。たとえ地域の生態系へのインパクトが大きくとも、こうした問題が地域社会や行政等によって強く提起されぬ限り、企業価値には影響をあたえず、「ファイナンシャル・マテリアリティ」としては見なされない。サステナビリティに関する価値判断を、投資家サイドの視点だけに委ねてしまってよいのかという議論もある。
欧州では欧州委員会が主導し、GRIの技術支援を得て「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS: European Sustainability Reporting Standards)」を策定し、2023年6月末に欧州委員会で採択された。これは「ファイナンシャル・マテリアリティ」と「インパクト・マテリアリティ」の両者の視点を採るものであり、ダブル・マテリアリティといわれる。「ファイナンシャル・マテリアリティ」と「インパクト・マテリアリティ」とは、いわば飛行機の両翼にあるエンジンのようなものであり、どちらか一方だけでは、長時間、安定的に飛行することはできない。
一方、日本ではISSBスタンダードの展開が投資家や企業の財務関係者から注目されており、今後の企業の非財務情報開示は「ファイナンシャル・マテリアリティ」の視点で進められていくと見る向きもある。欧州と異なり「インパクト・マテリアリティ」の視点が強調されることは現状では多くない。投資家サイドは企業財務にその関心が高くなる傾向があり、「インパクト・マテリアリティ」については、地域社会、市民団体、NGO、行政府等を含む「マルチステークホルダー」に重視される傾向がある。
これまで日本では、地域社会、市民団体、NGO等が、企業の非財務情報を積極的に活用する状況ではなかった。企業側もこうした団体の利用を意識して、サステナビリティ報告書を作り、GRI内容索引を添付していたわけではなかろうが、日本において「インパクト・マテリアリティ」の視点を強調していくためには、地域社会、市民団体、NGO等においても企業の非財務情報を理解し、活用するための能力構築支援が必要である。さらに行政府にも、規制当局として企業に「インパクト・マテリアリティ」に基づく非財務情報開示を求める対応が期待される。
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