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サステナビリティ・レポートの事例紹介(2)「アサヒグループホールディングス」編

前回から、実際のサステナビリティレポートがどのように構成されているかについてご紹介している。今回事例として取り上げるのは、「アサヒグループホールディングス」のレポートである。

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「アサヒグループホールディングス」編

アサヒグループホールディングスは、環境省主催の「ESGファイナンス・アワード・ジャパン(企業部門)」において、第4回(2022年度)に金賞を受賞した。選定理由としては次が示されている。

サステナビリティ課題の財務影響に加え、リージョン別にブレークダウンした開示に取り組むことで、グループ全体の取組をわかりやすく説明するべく努めていることを高く評価する。事業活動のサステナビリティを担保するために事業ごとに重要原料を定め、ステークホルダーを巻き込んで気候変動、水資源、生物多様性の3つの視点に基づいた環境リスク評価を行っている点は、持続可能な原料調達に関する一つの雛形として評価できる。

環境省, "第4回ESGファイナンス・アワード・ジャパン授賞理由"
https://www.env.go.jp/content/000112854.pdf

この選定理由を踏まえつつ、以下では、同社のサステナビリティに関する各種レポートの構成を紹介する。

アサヒグループは、グループ理念“Asahi Group Philosophy” (以下、AGP)のもと、事業を通じた持続可能な社会への貢献を目指しており、その実現に向けてサステナビリティと経営の統合を進めている。サステナビリティへの取り組みについて、これまでアニュアルレポート、CSRコミュニケーションレポート、統合報告書、環境報告書、TCFDレポートなど様々な名称の報告書を作成してきている。それぞれの報告書の役割を整理し、直近の2023年には「サステナビリティレポート」と「統合報告書」の二つの報告書を公開している。

まず「サステナビリティレポート(2023年6月発行)(以下、サステナビリティレポート)」(※1)を取り上げる。これは、頁数が243頁という大部の報告書であり、下記の構成になっている。冒頭の「CEOメッセージ」から、「アサヒグループのサステナビリティ」と「サステナビリティ・マネジメント」までが概要編であり、全体の頁数の15%ほどを占める。続いて重要課題別の記述であり、「人的資本の高度化」から「その他諸課題」までで頁数の8割以上を費やしている。

  • CEOメッセージ

  • アサヒグループのサステナビリティ

  • サステナビリティ・マネジメント

  • 人的資本の高度化

  • 環境

  • コミュニティ

  • 責任ある飲酒

  • 健康

  • 人権

  • その他諸課題

同社のサステナビリティへの取り組みの経緯や全容については、第三章にあたる「サステナビリティ・マネジメント」の中でコンパクトに説明されている。初めに同社のマテリアリティ特定の背景やプロセスについて記述があり、続いてステークホルダーとのエンゲージメント、サステナビリティのガバナンス体制、リスク管理について情報が記載されている。最後に、マテリアリティごとに指標と目標が表形式で整理されている。

続いて、「アサヒグループ統合報告書2023(以下、統合報告書)」(※2)を取り上げる。これは全部で116頁の報告書である。統合報告書としての位置付けであることから、企業価値や中長期戦略に関する記述に多くの頁数が割り当てられている。構成は次のとおりである。

  • 企業価値向上の源泉

  • 変革力と持続可能性

  • 中長期戦略

  • Our Growth Story

  • Material Issues Focus

  • Regional Focus

  • コーポレート・ガバナンス

  • Fact Data

以下では、サステナビリティレポートの典型的な構成要素である、「目指す姿」、「ガバナンス体制」、「マテリアリティ」「リスクと機会の分析」、「サステナビリティ課題との紐づけ」、「目標値と成果指標」、「価値創造モデル」の各々について、両報告書でどのように記載されているかを示す。

《目指す姿》

アサヒグループのありたい姿・目指す姿は、統合報告書の冒頭で同社のビジョンとして「高付加価値ブランドを核として成長する“グローカルな価値創造企業”を目指す」と示されている。このビジョンは、ミッションである「期待を超えるおいしさ、楽しい生活文化の創造」の下に位置付けられている。さらに、ミッションを果たし、ビジョンを実現するための価値観(バリュー)として「挑戦と革新 最高の品質 感動の共有」が示されている。こうしたビジョン、ミッション、バリューは統合報告書の中でのみ提示されており、サステナビリティレポートでは言及がない。

サステナビリティレポートにおいても、ありたい姿・目指す姿に関する記述はあるが、統合報告書と比べ個々の課題に焦点があたっている。例えば、環境面では2023年2月に改定された「アサヒグループ環境ビジョン2050」での「ありたい姿」が言及されている。ここでは「プラネットポジティブ」を掲げられ、事業による環境負荷をゼロにし、循環を通して地球環境への価値を最大化することが目指されている。さらに、「人的資本の高度化」に関する記述部分では、「ありたい企業風土」の柱として、「セーフティ&ウエルビーイング、ダイバーシティ」、「エクイティ&インクルージョン」、「学習する組織」、「コラボレーション」の四つが掲げられている。

《ガバナンス体制》

サステナビリティへの取り組みの体制については、サステナビリティレポートの中で「サステナビリティ・ガバナンス」として説明されている。同社グループでは、アサヒグループホールディングスのCEO が委員長となる「グローバルサステナビリティ委員会」が設置され、サステナビリティ推進を包含したコーポレート・ガバナンス体制を構築している。この「グローバルサステナビリティ委員会」で決定した内容は、「サステナビリティ実行会議」と「サステナビリティタスクフォース」を通じてグループ全体の戦略として落とし込まれ、グループ一体となってサステナビリティを推進する体制が構築されている。

《マテリアリティ》

同社グループのマテリアリティ(重点課題)は、サステナビリティレポートの「サステナビリティ・マネジメント」、統合報告書の「Material Issues Focus」の章で提示されている。サステナビリティレポートでは、マテリアリティ特定プロセスについて次のような説明がある。まず、メガトレンドからのバックキャストや未来予測など将来動向の視点を取り入れ、AGP(Asahi Group Philosophy)の実現に 向けてサステナビリティの側面から必要なことが抽出された。続いて、抽出した社会課題を、社会やステークホルダーにとっての重要性とアサヒグループにとっての重要性の視点でマッピングし、類似したカテゴリーにグルーピングしたものが、マテリアリティ候補として特定された。さらに、経営戦略会議・取締役会で討議を行い、経営陣によりマテリアリティの妥当性が評価された。

● 環境
 ▷ 重点テーマ:気候変動への対応、持続可能な容器包装
 ▷ 取り組みテーマ:持続可能な農産物原料、持続可能な水資源
● コミュニティ
 ▷ 重点テーマ:人と人のつながりの創出による持続可能なコミュニティの実現
● 責任ある飲酒
 ▷ 重点テーマ: 不適切飲酒の撲滅、新たな飲用機会の創出によるアルコール関連問題の解決
● 健康
 ▷ 取り組みテーマ:健康価値の創造
● 人権
 ▷ 取り組みテーマ:人権の尊重

《リスクと機会の分析》

統合報告書の中でリスクと機会の分析結果が示されている。同社グループでは、サステナビリティの全般的課題ではなく、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言と、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)提言への対応という形で、リスクと機会の分析が取りまとめられている。2022年には原材料を除く主要なリスクに関して1.5℃シナリオでの分析が実施された。気候変動と資源循環・生物多様性との関連の視点を加え、中長期的視野での外部環境変化を想定し、事業・戦略への影響、気候変動リスクとの関連性が整理され、バリューチェーンの観点から各リスクと機会が分析された。

《サステナビリティ課題との紐づけ》

サステナビリティレポートのステークホルダーエンゲージメントの章において、外部イニシアチブへの支持が示されており、その一つとしてSDGsへの支持が取り上げられている。さらにマテリアリティごとの指標と目標が整理された一覧表の中で、テーマごとに貢献できるSDGsのゴールとターゲットが紐づけられている。例えば、環境の「気候変動への対応」については、SDGsターゲットの「7.2/7.3/13.1/13.2」が、「持続可能な容器包装」には、「12.4/12.5/14.1」がそれぞれ紐づけられている。SDGsのゴールレベルではなくターゲットレベルで関連性が示されているのが同社の特徴である。

《目標値と成果指標》

目標値と成果指標については、サステナビリティレポートのサステナビリティ・マネジメントの章に「指標と目標」としてマテリアリティと重点及び取り組みテーマごとに整理され、一覧表が提示されている。マテリアリティの全項目が対象となる包括的な整理であり、かつそれぞれの指標は具体的で明確である。実績の値も全指標について示されており、モニタリング体制が整備されていることが伺われる。

例えば、マテリアリティ「責任ある飲酒」の重点テーマである「不適切飲酒の撲滅」については、次の三つの目標が示される(番号付けは筆者による)。

① 2023年までに従業員の研修参加率100%(2021年以降で1回以上)を達     成する
② 2024年までに「IARD デジタルガイドライン」への対応率100% を達成する
③ 2024年までに、すべてのアルコール飲料ブランド(そのブランドで販売されるノンアルコール飲料を含む)の製品に、飲酒の年齢制限に関する表示をする

続いて2022年の取り組み進捗状況が別表で整理されている。例えば、上記の三つの目標については次のような実績が示されている。

① 2023年にグローバルで開始予定(日本での受講率:93%)
② 対応率:77%
③ グループ全体で目標達成に向けて取り組み中(日本での表示率実績:100%)

《価値創造モデル》

同社グループの価値創造モデルは、統合報告書において「企業価値向上モデル」として示されている。なお、サステナビリティレポートではこのモデルに関する記述はない。同モデルは、「価値観(バリュー)」、「行動指針」、「中長期経営方針」、「ミッション・ビジョン・コーポレポート・ステートメント」の四つの円で示される。このモデルでは、価値観と行動指針に基づいて、中長期経営方針を着実に実行すると、ミッションとビジョンの実現が達成される。行動指針は企業価値向上に向けられたものであり、その中に五つのマテリアリティが位置付けられている。モデル自体はシンプルであるが、抽象的な概念が多く具体的なイメージはつかみにくい。

なお、統合報告書では、2022年に「価値関連図」の作成と検証を行ったことも記されている。この図は、マテリアリティごとに、サステナビリティの施策がどのような事業・社会インパクトを生み出し、どのように企業価値へとつながっていくのかを整理したものである。価値連鎖の全体像が図示されている。例えば、「エネルギー使用量の削減」といった施策について、その「直接的な価値」、「間接的な価値(非財務)」及び「財務・企業価値」へのつながりが示される。マテリアリティごとの施策が、企業価値の向上にどのようにつながるのかわかりやすく説明されている。この「価値関連図」が上記の「企業価値向上モデル」に反映されたものなのかは不明である。


【参考資料】
※1「アサヒグループサステナビリティレポート(2023年6月発行)」https://www.asahigroup-holdings.com/ir/pdf/annual/2023_all.pdf

※2「アサヒグループ統合報告書2023」https://www.asahigroup-holdings.com/ir/pdf/annual/2023_all.pdf


※All links, accessed 2023/10/6


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