【第2回】生物多様性・生態系保全へ向けたグローバルな取り組みの次のステップ(全3回)

※本記事は、3回に分けて掲載させていただきます。

2.持続可能な開発目標(SDGs)、気候変動・パリ協定、生物多様性

2010年のCBD-COP10で採択された「戦略計画2011―2020」(愛知目標)は、その包括的な性質によって、2030アジェンダとSDGsに大きな影響を与えた。ターゲットレベルまで見ると、愛知目標は17のSDGsのゴールのうち少なくとも7つに反映されている [3][5][6] 。

○ SDG14「海、海洋、海洋資源を保全し、持続的に利用する」とSDG15「陸域生態系の保護、回復、および持続可能な利用の促進、森林の持続可能な管理、砂漠化の防止、土地の劣化の阻止と回復、および生物多様性の損失の阻止」)は直接関係している。

そのほかに、生物多様性・生態系の保全がその達成に重要な役割を果たしているゴールには次のようなものがある。

○ SDG2(飢餓をゼロに)、SDG6(安全な水と衛生)、SDG3(健康と福祉)
 • 生物多様性と広範な生態系サービス、遺伝的多様性は土壌肥沃度、水の供給と質など通じて食料システムの基盤、食料安全保障の要となっている。健全な生態系(湖沼など)は水に関わる危険や災害に対する防御となる。
 • 人間による野生動物の過度の利用や森林などの自然破壊行為は、今回のコロナ・パンデミックのように、新興感染症の根本的な原因となっている。

一方、SDGsのゴールとターゲットの中には、以下のように、生物多様性の損失に対処し、あるいはその達成が生物多様性の保全に貢献するものもある。

○ SDG 6(水と衛生)とSDG 13(気候変動対策)
○ SDG 12(持続可能な生産と消費)に関連する天然資源の効率的な利用(ターゲット12.2)や食品廃棄物の削減(12.3)、化学物質・廃棄物の大気・土壌への放出の削減(12.4)

しかし、愛知目標の未達成はこれらのSDGsのゴールやターゲットの進捗の遅れに直結している。「2021年版持続可能な開発レポート」(Sustainable Development Report 2021)によって2015年以降の世界のSDGs進捗状況をゴール別(%)に見ると、上記に挙げたゴールのうち、SDG 15(陸の豊かさ)は-0.3%、SDG 14(海の豊かさ)は0.1%と停滞または後退しているほか、SDG 6(水と衛生)は0.4%、 SDG 2(飢餓)は1.1%といずれも低いままにとどまっており、17のゴールのうちも最も進捗状況が遅れている[7]。

この理由には、生物多様性と生態系の劣化は徐々に進み、人間生活への影響は多くの場合に間接的で、地域差や経済活動の業種の差もあって全体状況が見えにくいという、自然の持つ固有の性質もあるが、SDGsおよびそのターゲットの間の複雑な相乗関係(シナジー)やトレードオフが現在のターゲットの構成や現在の記述には部分的にしか反映されていないという問題もある。

このことは気候変動と生物多様性との関連についても当てはまる。気候変動による気温や雨量の変化は生物の生息地の減少や、栄養源となる生態系のバランスの悪化を引き起こし、農林水産業の生産に悪影響をおよぼす。生活のための飲料水の確保やエネルギーの供給を阻害し、公衆衛生の問題にもなる。特に、脆弱な生活環境に置かれている貧困層にはより深刻な被害をもたらす。これらは貧困、飢餓、水、エネルギーの課題(SDGs 1、2、6、7)の達成と深く関わる。
一方、森林や海洋、特に海洋は、大気中の熱及び二酸化炭素の巨大な吸収装置となり、気候変動を緩和する役目を担っている。現在のSDGsのターゲットには、大気中のCO2の過剰吸収と海洋の酸性度上昇による海洋生物への負の影響に関係するターゲット14.3やGHGの排出と森林吸収に関係するターゲット15.2があるが、ターゲット自体には気候変動との関係は明確に記述されていない。

生物多様性・生態系サービスとSDGsとの関連は、実際にはより複雑だ。教育、ジェンダー平等、不平等の是正、および平和と正義の促進の目標(SDGs 4、5、10、16)は自然との間には重要な相乗効果がある一方、エネルギー、経済成長、産業とインフラ、および持続可能な消費と生産(SDGs 7、8、9、12)に関するターゲットとの間にはいくつかの潜在的なトレードオフが存在するという[2][3]。

SDGsの現在の生物多様性と生態系サービスに関連するターゲットの多くは、愛知目標と連動して2020年あるいは2025年までの達成を目指したものになっている。今後は新しい科学的知見や先駆的な実践を取り入れ、ポスト2020生物多様性枠組に示されるマイルストーンや行動目標に対応する形で、SDGsの達成についても、自然の変化が人々の福利に与える影響をより明示的に説明できるように、これらのターゲットや開示事項・測定指標に適切な修正や追加を加える必要があるだろう。

今後数 10 年で、気候変動が自然と自然の寄与(NCP)の変化の直接要因としてますます重要になることが予測されている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が評価した最近の研究は、地球の気温上昇を産業革命前のレベルから1.5℃近くに保つことができるかどうか、または2℃を超えるかどうかによって、生物多様性の結果に大きな違いがあると指摘した。IPBES評価報告書や生物多様性事務局の報告書(GBO)のシナリオ分析も、地球温暖化を 2℃より大幅に低く抑えることが、自然と自然の寄与(NCP)を大きく損なわないために決定的に重要であることを示している[2]。

SDGs、パリ協定、ポスト2020生物多様性枠組という3つの国際的枠組の目標の相互関係も、今後SDGsのターゲットにより正確に反映される必要がある。また、SDGsとポスト2020 枠組の達成のためにも、それぞれの長期目標や2030年までの目標設定に気候変動の影響を考慮することが欠かせない。
したがって、IPCCの1.5℃目標達成は生物多様性にとっても不可欠であると同時に、1.5℃目標と同等の簡潔でわかりやすい生物多様性版のグローバル目標を掲げることが、COP 15以後の重要な課題となるだろう。

続きはお楽しみに!


【第1回】1. はじめに—生物多様性条約第15回締結国会議(CBD COP15)
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参考文献
[2] 政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)(環境省訳)「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」2019年5月。
[3] 生物多様性条約事務局「地球規模生物多様性概況第5版」2020年9月。
[4] Open Ended Working Group on the Post-2020 Global Biodiversity Framework, First Draft of the Post-2020 Global Biodiversity Framework, July 5, 2021.
[5] GRI and UN Global Compact, Analysis of the Goals and Targets, Business Reporting on the SDGs(一般財団法人国際開発センター訳「ゴールとターゲットの分析」SDGsに関するビジネス・レポーティング)
https://www.idcj.jp/sdgs/download/
[6] 国際開発センター(IDCJ) SDGs室ウェブサイトhttps://www.idcj.jp/sdgs/goal/
[7] Sachs, Jeffrey., Guido Traub-Schmidt, Christian Kroll, Guillame Lafortune and Grayson Fuller, Sustainable Development Report 2021, Cambridge University Press.

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