掌編:『包丁』×『タバコ』×『銃弾』

#小説 #SS #裏社会 #廃墟 #少女 #殺し屋

 吹かす銘柄は『ピース』、使用する愛銃の通称は『ピースメーカー』……冗談みたいだろ?



 薄暗い工場跡地。建築系の企業の持ち物だったのか、ピラミッド式に積まれた鉄骨が在った。そこへ引っ繰り返って仰向けに倒れた中年の死骸。背中が痛そうだが、もう痛覚もそれを感じる心も無いだろう。無様で気色悪いオブジェみたいな光景を眺めつつ、俺は煙を燻らせた。
 別に哀愁は無い。慣れたことだ。仕事だった。愛用のコルトS.A.A45ももうジャケットの下に仕舞って在るがまだあたたかい。目前の事切れた物体が現実に今先程まで息をしていたように、こいつが火を噴いたのも現実な証拠だ。
 辺りは静かだ。人の気配が薄い。無い訳では無い。誰かはいることだろう。ただし、殺しに関心を持つヤツは皆無だろうが。

 廃工場が犇めくここいら一帯は昔盛んに発展した工場地帯だった。現在は不況の煽りか国外の安いマーケットに鞍替えされ次々倒産、気が付けば立派なゴーストタウンと化していた。特性から利便性も薄いこの辺は買い手も付かないらしく、その内に犯罪者や流離う浮浪者が住み始め────俺みたいなヤツの『仕事場』にもなった。

 はぁあ、と欠伸を噛み殺し、さぁ帰るかと踵を返した瞬間だった。
 一閃。とっさの事態に、把握するより先に体を翻し躱す。動きに遅れた手だけが、甲に傷を負った。それでも浅い。俺は警戒しつつ突進して来た人影を見た。目を見開く。天井に開いた窓から差し込む月光に照らされた人影は、どう見ても少女だった。
 包丁を両手に構えた、見るからに痩せ痩けた体。寒空の下、だと言うのに薄着の、はっきり言えば下着同然の格好で俺を睨み付けている少女。
「……」
 恨まれる覚えなら山と在る。生業に殺しなんかしてるんだ。当然だろう。中には家族持ちだってたくさんいたはずだ。こっちは仕事で殺されてやる義理なんか無いが、憎まれるくらいは承知している。
 だが少女は思いも寄らないことを口にした。
「お前、私の『客』を殺したな!」
 少女の科白に、俺はさっきとは比べ物にならないくらい丸く瞠目した。次いで理解が及んで短く笑い捨てる。今やただの分解に腐敗を始めた有機物に目をやった。

 殺した中年は気持ち悪いロリコン野郎だった。上場企業に勤め家族だっていたイイ年した男。けれど男はとんでも無いものに手を出した。男の奥さんの……姪だ。身寄りを亡くした姪を裕福な家に嫁いだ叔母が引き取った。男の奥さんだ。男も同意した。端から見れば素晴らしく人道的で心やさしい親戚に見えただろう。
 たけど違った。男はまだ十三歳の姪に手を出した。脅された姪は口を噤んだが夜毎の行為についに耐え切れず叔母に話す────信じられなかったが夜中に現場を見てしまい疑う余地を無くした。

 依頼主は奥さんだった。元は貧しい生まれの奥さんが意見など出来ようはずもなく、苦しんで縋った先が殺し屋など笑えたもんじゃないが……成程ね。なぜそこそこ金持ちのあのゴミが、のこのこ自ら、好都合にもこんなスラム化した場所に来たのか甚だ疑問だったんだ。男は姪だけじゃ飽き足らずここで少女を買っていたんだろう。笑わせる。俺はぴっちり填めたピースに大爆笑した。場にそぐわないその情景に少女も殺気を削がれたらしい。……だってそうだろ?

 馬鹿馬鹿しくてやってらんねぇじゃねえの。つか、そんな買える場所ばっちり知ってんなら姪に手なんか出すなよ。代償、高過ぎじゃねぇ?

 あーあ、と一息吐いて伸びをする。馬鹿げてる。
 馬鹿げてるついでに少女に向き直る。一頻り笑い切って気の済んだ俺を、『客』を取るためか衣装以外は汚れていない少女は狂人でも見たように顔を逸らす。先の剣幕もまるで幻だったようだ。俺はその素振りを無視して言った。

「あのさ。余計なお節介だけどそんなんじゃ喧嘩慣れしたガキだって殺せないから。あと買ってやりたいけど俺ガキんちょ興味無いんだよ。じゃ、悪ぃな」

 いきなりの変な助言に呆然と立ち尽くす少女と中年死骸に背を向けて歩き出す。ようやく眠れそうだ。撮った証拠写真も明日で良い。
 俺は明日の予定だけ確認し今し方の何も彼もを忘れ、車に戻った。






    【Fin.】

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aza/あざ(筒示明日香)
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