序文 親同士の関係を強化し、子のアウトカムを向上させるのに有効な事
この記事は、イギリス労働年金省の委託を受け、EIF(早期介入財団)が実施したレビュー「WHAT WORKS TO ENHANCE INTER-PARENTAL RELATIONSHIPS AND IMPROVE OUTCOMES FOR CHILDREN」の序文、謝辞、著者紹介を翻訳したものです。
序文
子どもの健全な発育は、健康で生産的な安全な社会の基盤です。この目的を促進するために、積極的な子育ての実践が中心的な役割を果たすことは、これまでの研究でも強調されており、最近の政府の政策にも反映されています。首相は最近、人間関係のサポートと子育ての両方が、子どもの人生の可能性を一層向上するための重要な要素であると強調しました。従来、この2つの分野の政策と実践は、別々の活動として捉えられてきました。しかし、積極的な子育ての実践を促進する前段階としての夫婦関係の役割は、今日の子どもの世代と明日の親世代のために、前向きなアウトカムと長期的な人生の可能性をもたらすために不可欠な要素であると徐々に認識されてきています。
早期介入財団(EIF)は、危険信号を発している子どもへの早期介入の効果的な活用を支持、支援するために、2013年7月に設立された独立慈善団体「What Works Centre(有効なことをするセンター)」として設立されました。早期介入することで、介入が遅かったために、子どもから大人になる過程で問題が定着し、元に戻すことが難しくなることで生じる、人的そして経済的コストを削減することが期待されます。
EIFは、労働年金省の委託を受け、「親同士の関係を強化し、子どものアウトカムを向上させるために有効なこと」についてのレビューを実施しました。このレビューは、政府の「人生の可能性に対する戦略」だけでなく、2015年の歳出レビューに情報を提供する目的で委託されたものです。
EIFは、子どもの発達と子どもの心理的発達における家族の役割の世界的な専門家であるゴードン・ハロルド教授とサセックス大学の彼のチームと協業しました。
このレビューは、親同士の関係、積極的な子育てに対する消極的な子育てと子どもの長期的なアウトカムとの関連性を検証した最先端の研究エビデンスをまとめたものです。レビューから、夫婦関係の質は、子どもが経験する子育ての質、子どもの長期的メンタルヘルス、将来の人生の可能性に実質的な影響を与えることがわかりました。夫婦間や親同士の日常的な葛藤は家庭内でよくあることですが、頻繁に激しい葛藤を繰り返し、うまく解決できない親は、子どものメンタルヘルスと長期的な人生の可能性を危険にさらしています。
子どもの人生の重要な段階において、夫婦関係の支援と介入に優先的に投資することで、子育てと子どものアウトカムの向上が促進されるという事例が紹介されています。これは、教育、健康、雇用、家族の安定、社会全体の福祉(例えば、反社会的行動、メンタルヘルス、関連する影響の減少)の分野において、現在の子ども世代と次世代の親や家族にとって、より持続可能なアウトカムにつながるものです。
現在の実践と政策、家族および子どもの介入と支援のモデルにおいて、両親の関係の質と子どもの発達に関連するアウトカムは、早期介入の対象として無視されてきた分野です。産科、小児科、家族医療に関しては、これまで殆ど注目されてきませんでした。しかし、人間関係の支援、子育て、メンタルヘルス、「問題のある家族」に対する新たな投資によって、この問題に焦点を当てる重要な機会が到来しているのです。モデルを裏付ける根拠はまだ初期段階にあるため、前進しながら検証し、学んでいくことが重要です。
本報告書の主な目的は、子どもの発達に関する影響力として夫婦関係の役割を強調する最新のエビデンスを、現代の家族とそれを構成する大人や夫婦、親子どもといった個人の人生の可能性の向上を目指す政策立案者、委員会、実務家に向けた勧告とともに、検討し、アクセスできるようにすることです。
キャリー・オッペンハイム、早期介入財団最高責任者
謝辞
本書の草稿に有益なコメントをいただいたマジャ・ロディック博士、カーメル・スティーブンソン夫人、アメリア・スミス嬢、ヴィクトリア・シムコック嬢 (ラッド養子縁組研究実践センター、心理学部、サセックス大学)に感謝します。サセックス大学心理学のアンドリュー&バージニア・ラッド講座としてゴードン ハロルド教授に提供された支援について、アンドリュー&バージニア・ラッドに感謝します。このエビデンスのレビューを通じて報告された研究に関連する支援について、経済社会研究評議会およびナフィールド財団(イギリス)に感謝します。
レイチェル・レイサム(EIFおよびサセックス大学)、ジャック・マーティン(EIF)、ララ・ダベル(EIF)もまた、イギリスの介入に関するエビデンスの評価という点と、出版に向けた最終報告書の準備という点の両方で、レビューに大きく貢献して頂きました。全体を通して管理サポートを提供してくれたイレニア・ピエルガリーニに感謝します。
キルステン・アスムッセン博士、ジャクリーン・バーンズ教授、マハ・ロディック博士は、介入のエビデンスに関するパネリングとモデレートという重要な作業に大きく貢献しました。EIFのスタッフは、特にイレニア・ピエルガリーニとオリヴィア・ラインズを中心に、レビューの企画と支援に貴重なサポートを提供しました。
シモーネ・ミラニ(DWP)、フランチェスコ・アルジッリ(DWP)も運営グループの一員としてこのレビューに大きく貢献しました。筆者らは、彼らの助言と励ましに深く感謝しています。
特に、エビデンス収集の呼びかけに応じ、自分たちの仕事の詳細を教えてくれたプロバイダーには感謝しています。この重要な情報なくして、このレビューは実現しなかったでしょう。
EIFは、作業を軌道に乗せ、価値を確保するのに貢献した運営グループのメンバー、クリスティーン・デイビス(EIF管財人)、ジェレミー・ハーディ(EIF管財人)、ジュリア・ゴート(DWP)、ミシェル・ダイソン(DWP)、スティーブン バルチン(DWP)、およびキャリー・オッペンハイム(EIF)にも謝意を表します。
キャス・キーナン教授(ヨーク大学)とユリア・コヴァス教授(ゴールドスミス大学)には、この原稿の初版について専門家としての査読をお願いしました。
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著者紹介
ゴードン・ハロルド教授
サセックス大学の「アンドリュー&バージニア・ラッド」プログラムの議長、ラッド養子縁組研究実践センター長。1998年にカーディフ大学で博士号を取得し、同年心理学講師に就任、2008年に心理学教授に就任した。ニュージーランドのオタゴ大学にて「アレクサンダー・マクミラン」プログラムの議長および心理学教授、レスター大学の量的行動遺伝学教授を兼任している。また、ロンドン大学キングス・カレッジの精神医学・心理学・神経科学研究所、およびカーディフ大学の精神神経遺伝学およびゲノミクスに関するMRCセンターのMRC社会・遺伝・発達精神医学センターの準会員でもある。主な研究テーマとして、子どもの正常および異常な心理発達を理解するための背景としての家族の役割、遺伝的要因および家族関係要因と子どもの心理発達との相互作用、縦断的データの分析、コホート縦断データリソースとの連携、子どもおよび青年のメンタルヘルスに対する家族の影響に関する研究からの実践および政策提言に焦点を当てている。また、イギリス内外の複数の政府省庁のコンサルタントおよびアドバイザーでもある。
ダニエル・アッカ博士
早期介入財団のエビデンス分析者。内閣府の分析および洞察チームから早期介入財団に参加。そこでは、市民社会局および青少年政策チームを支援するため、様々な調査・評価プロジェクトを管理した。その前には、「AQA教育」の教育研究実践センターで3年間研究員として勤務し、査定方法に関する評価を実施するのは勿論のこと、教育政策に関する論文を発表した。それ以前は、発達心理学者として訓練を受け、ノッティンガム大学で心理学研究法の修士課程と発達心理学の博士課程を修了。
ルース・セラーズ博士
サセックス大学心理学部および「アンドリュー&バージニア・ラッド」養子縁組研究実践センターのリサーチフェロー。カーディフ大学にて発達精神病理学で博士号を取得し(2013年)、最近ESRC未来リーダー・リサーチ・フェローシップを授与され、ハロルド教授およびアメリカ、ニュージーランド、ラッド養子縁組研究実践センターを通じた国際共同協力者と共同で2016年4月から研究を開始する予定。ルースの研究対象は、子どもの精神病理に対する家族の影響の根底にあるリスクとレジリエンスのプロセスの調査に焦点を当てており、その中心的な目的は、有害なアウトカムの進展を説明し、介入と予防戦略の情報提供に役立つメカニズムの理解を明らかにすることである。
ハルーン・チャウドリー
ハルーンは早期介入財団のエビデンス・アナリストであり、早期介入に関連する費用、利益、影響の分析を指揮している。経済調査と分析の経験があり、以前は財政研究所で働いていた。そこでは、子どもの教育と行動における社会経済的不平等、進学および高等教育への参加率、学校および高等教育への資金提供の意味、福祉就労政策など、教育と技能に関する様々な問題に関する定量的研究を実施した。また、政府部門や教育基金財団から委託された影響評価にも携わり、評価と費用便益分析に関するコースを担当した。
(了)
[訳者註]「アンドリュー&バージニア・ラッド」センターAndrew and Virginia Rudd Centre
アンドリュー・ラッド氏とその妻バージニア・ラッド夫人の寄付によってサセックス大学に設立された養子縁組に関する研究を行う施設。
[訳者註]量的行動遺伝学Quantitative Behaviour Genetics
集団における表現型の変異の研究であり、その変異の(生物学的に)遺伝する部分と遺伝しない(または非生物学的に遺伝する)部分を区別することを目的としている。この研究アプローチは物議を醸している。
[訳者註]MRC イギリス医学研究審議会Medical Research Council
イギリスの政府外公共機関であり国内のバイオ医学研究を支援するため、資金調整と支給を担当する。支援対象は基礎研究から臨床試験まで広範にわたり、イギリス保健省および国民保健サービスと密接に連携する。2018年4月1日より政府外公共機関の監督組織として新設されたイギリス研究技術革新機構に帰属。(ウィキペディアより)
[訳者註]AQA 査定と資格連合 Assessment and Qualifications Alliance
18~19歳の学業および職業資格に責任を負う3つの主要な授与機関の中で最大の団体。1997年に3つの授与機関の提携の結果として設立された。ロンドン・シティ・ギルド協会は、継続教育部門の教員養成資格を含むさまざまな職業資格の評価と授与を担当。北部試験委員会と関連試験委員会は、中等教育の一般的な証明書と上級レベルの認定機関を授与した。
[訳者註]ESRC 経済社会研究評議会 Economic and Social Research Council
経済、社会、行動、および人間のデータ科学に対する英国最大のファンド。ESRCはUKRIが有する9月の評議会の1つ。
(参考)2020年4月23日付UKRI発表概要は以下のとおり。
UKRI(イギリス研究・イノベーション機構UK Research and Innovation)は、将来の研究・イノベーション・リーダーが、UKRIの最新の「未来リーダー・フェローシップ」(Future Leaders Fellowships)を通じて野心的な課題に取り組みながら、自らのキャリアを発展させるべく、支援を受ける。UKRIの主要な制度では、英国全土の優秀な個人に投資するが、5件の助成制度で初めて、直接企業に拠点を置く研究・イノベーション・リーダーを新たに支援する。企業に拠点を置くフェローは、携帯電話インフラの改善、航空機の持続可能な代替材料の探索、社会科学と創造的デザインの組み合わせによる革新的な産物の開発など、多様性に富んだプロジェクトに取り組む。フェローシップは長らく、大学の有望な研究者の支援に活用されてきた。企業に直接拠点を置くフェローへのファンディングは初めてのことで、産業界で最も有望な研究者やイノベーターへの長期的なファンディングという画期的な出来事である。新たな研究・イノベーションのキャリアパス育成を支援することで、企業と学術分野との間でのアイデアや人の移動を増やし、障壁を打破して新しい働き方を発展させる。
「訳者註」費用便益分析 cost-benefit analysis
その事業を行うことで社会に及ぼされる総便益と総費用を全て貨幣価値換算で計測したうえで、その便益と費用を比較して効率性を評価し、事業の当否を判断するものである。