2024年(令和6年)1月26日に召集される第213回通常国会で、離婚後共同親権制度の導入を含めた民法改正法案が提出される見込みです。現時点では、法制審議会家族法制部会が答申に向けた要綱案を纏めるワークの最終段階に入っていますが、残念ながらその要綱案は諸外国に比べ見劣りする内容となっています。ひとえに、抵抗勢力を恐れて進むべき道を明確に示さなかったこと、審議会の委員人選が不適切だったことによる法制審議会の機能不全が原因だと考えます。
閣法は閣議に諮る前に与党が事前審査を行いますが、通常は法制審議会の進行と並行して与党法務部会で法務省が審議状況を報告するなどして擦り合わせしているため、答申された要綱案に沿った法案が閣議請議案となります。しかし、今回の要綱案は法的一貫性を欠き、諸外国の期待に応えるものでもないため、事前審査で修正が加わる可能性があると想定します。
要綱案の具体的な問題点を挙げると、離婚後の親責任を謳いながら、その実践を保証するための養育計画の取決め義務化、養育計画の実践に有用な親教育の義務化を取上げていないことです。特に後者は取決めを義務化する・しないに拘らず、共同親権制度を機能させるためには必須です。冗長で纏まりもない文章になりますが、以下に共同親権制度の必要性、制度を機能させるための手法の必要性について述べさせて頂きます。
離婚後共同親権制度に反対する方の中に、次のような主張をされる同居親がいます。
高葛藤な婚姻生活は子どもは悪影響を与える
離婚後共同親権制度は、実質上離婚を無効化し、高葛藤で不幸な婚姻生活が続くことになる
離婚後共同親権を強いても、婚姻時と同様に高葛藤のままなら、子どもは悪影響を受け続ける
親同士の喧嘩や暴力を年がら年中目撃していたら、子どもが悪影響を受けることは十分に理解できます。離婚後、別居親と一切関わらなければ、親同士の葛藤が生じることはなく、同居親は清々と暮らすことができるのも事実でしょう。離婚後も両方の親が子どもの養育に関わるとなれば、必要最低限の遣り取りを実施せざるを得ません。結局、それを嫌って共同親権制度に反対しているわけです。
同居親の感情だけ考慮すれば、上述した主張は正しいでしょう。しかし、子どもの気持ちはどうなのでしょうか。法務省の調査によれば、別居親から自分自身や同居親が酷い目に遭った子どもを除くと、ほぼ全ての子どもが別居親との頻繁な交流を望んでいます。また、同居親との同居を望んでいなかった子どもも少なからずいるのです。
だとすれば、別居親が児童虐待やDVの加害者である場合を例外として親権者から排除した上で、共同親権を原則とする制度がチルドレンファーストの観点から好ましいことは議論の余地はないでしょう。全体から見て例外的な自分自身の経験を基に、あるいは、自分の感情ファーストの視点から、全体を対象とする「制度」の改善に反対する同居親は、子どもの気持ちを思いやる姿勢が決定的に欠いているのではないでしょうか。
今から半世紀前の1970年代において、アメリカは現在の日本と同様の離婚後一律単独親権制度でした。カリフォルニア州では、無責離婚法の施行により離婚が急増しましたが、離婚が子どもに与える影響に関する知見は存在せず、離婚による葛藤の消滅は子どもに良いことだとされていました。
しかし、ウォラースタイン博士が実施した大規模な縦断研究により、子どもにとって両親の離婚は深刻な出来事であることが判明したのです。この研究の成果は「離婚を乗越える」に纏められ、アメリカ社会で大きな反響を呼び、離婚後共同親権への移行の一因となりました。残念ながらこの書籍は翻訳出版されていませんが、第1章の一部を下記に翻訳引用しました。
上記を箇条書きで纏めると以下の通りです。
離婚は関係が破綻した夫婦にとって有効な救済措置である。
同居親が離婚や別居親に抱く感情と子どもが離婚や別居親に抱く感情とは必ずしも一致しない。
子どもは離婚により著しい精神的ダメージを受ける。
離婚して夫婦関係を解消しつつも、子どものダメージを軽減できるように、家族全員にとって最善の離婚方法と離婚後にすべき事を検討する。
離婚後共同親権制度は、上記の「家族全員にとって最善の離婚方法」に該当します。現在の日本で「離婚後共同親権制度は実質離婚を無効化する」と唱える方は、夫婦関係と親子関係が別物であること、子どもが離婚後も両親と今まで通りの関係を継続することを望んでいることを理解できていません。
アメリカでは2000年までには全ての州が、ヨーローッパでは子どもの権利条約の批准を機に1990年代に原則離婚後共同親権制度に移行しました。そして、現在もアメリカとヨーロッパで、養育時間が均等な共同監護の家庭の比率が増加しています。離婚後共同親権制度が離婚を無効化する制度であるなら、共同監護の家庭が増加することはないでしょう。
では、離婚後共同親権制度を運用している海外諸国では、高葛藤な離婚は存在しないかというと、そんなことはありません。離婚を決意するくらいなのですから、高葛藤状況ですし、新たな生活が安定するまでは養育能力の低下も生じます。しかし、子どものダメージを軽減するために、離婚後共同親権制度を維持する努力を重ねているのです。「離婚後に共同親権ができるなら離婚していない」という発言をよく聞きますが、海外諸国を見倣って、子どもに離婚後の精神的負担を全て押し付けるのではなく、子どもの負担を軽減するために自分が何をすべきか考えるべきでしょう。再び、ウォラースタイン博士の書籍に目を通してみましょう。こちらは最終章(第17章)の結論になります。
博士は研究の結果、離婚後の養育の取決めを結ぶことが大切であるが、取決めを結ぶこと、そして取決めを維持することの困難さを認め、離婚予定および離婚後の家族に対する各種支援が必要であると結論付けました。
現在アメリカでは、離婚前の親教育義務化、親子交流ガイダンスといった公的機関の支援があります。かたや日本は、法制審議会家族法制部会において選択的離婚後共同親権の導入が議論されているものの、当事者任せの協議離婚が温存され、親教育に至っては委員の一部がDV事案を持ち出して義務化に反対し、親子交流ガイダンスについては検討すら避けています。諸外国が離婚後の計画的な子育てと子どもの取決めを可能にするために、統合的な国家的アプローチを採っているのとは大違いです。
そこで、親教育の重要性を多くの方に理解して頂くべく、イギリスのEIFのレビュー「親同士の関係を強化し、子のアウトカムを向上させるのに有効な事」を翻訳しました。
なお、このレビューのキーワード「エビデンス」にも注目です。イギリスでは、児童福祉分野における対人サービスで、利用者の成果を一貫して向上させるとのエビデンスが検証された実践プログラム(EBP)を採り入れようとする継続的な取組みを実施しています。その背景には、「グローバル化した市場において国際的競争力を確保するためにも、子どもの貧困が将来のライフチャンスを損ねることのないよう、また社会的排除や反社会的行為、そして世代間の連鎖に繋がらないよう、人的資本への投資が重要」というイギリス政府の戦略があるのです。