親による子どもの拉致:文献のレビュー
本稿はアメリカ司法省が2001年に発効したレポート「Parental Abduction: A Review of the Literature」(NCJ 190074)の翻訳です。
親による子どもの拉致
文献のレビュー
ジャネット・キアンコーン
はじめに
この文献レビューは、「少年司法および非行防止局」(OJJDP)公報「親による子どもの拉致に対する刑事司法制度の対応」(NCJ 186160)に付随するものです。この報告書は、OJJDPが資金提供し、「子どもと法律に関するアメリカ弁護士会センター」とウェスタット社が共同で実施した研究の主要な結果をまとめたものです。この調査は、親による子どもの拉致問題の範囲、親による子どもの拉致に関わる人々の特徴、犯罪が子どもや親に与える影響について検証しています。また、法執行機関や刑事裁判が一般的にこの犯罪をどのように扱っているかについても考察しています。
親による子どもの拉致の定義
親による子どもの拉致は、「親、他の家族、またはその代理人による、他の親または家族の訪問権を含む監護権を逸脱した、子どもの連れ去り、保持、または隠匿」と定義されています(Girdner, 1994b, p.1-11)。拉致犯は、他の家族やその代理人(例えば、ガールフレンド、ボーイフレンド、祖父母、あるいは私立探偵など)の場合もありますが、殆どの場合、拉致犯は子どもの親です(Girdner, 1994c)。州の刑法によっては、この犯罪に言及する際に、親による子どもの拉致、家族による子どもの拉致、または子どもの拉致より寧ろ「監護権妨害」という用語を使用しており、子どもが監護権を持つ親から引き離されたり、誘い出されたりする事件も含まれる場合があります。また、監護権妨害は、裁判所命令の訪問やアクセスの命令に対する妨害も含むと定義することができます。
問題の大きさ
親による子どもの拉致の程度を最も包括的に調査しているのは、「アメリカにおける行方不明、拉致、家出、投げ捨てられた子どもに関する全国調査」(NISMART)1(Finkelhor、Hotaling、Sedlak、1990年)です。1988年に実施されたこの全国的な電話による世帯調査は、全国の家族による子どもの拉致(国内および海外へ)の件数を推定するものです。NISMARTで特定されたケースは、「広範な範囲」と「政策的焦点」のいずれかに分類されます。
◆ 広範な範囲のケース:これらは、家族が⑴監護権の合意または法令に違反して子どもを連れ去った場合、または⑵法定または合意された訪問の終了時に子どもを返還または引き渡さなかった場合(監護権の合意または法令に違反して)および少なくとも一晩子どもを引き離していたケースです。NISMARTの研究者は、この定義に基づくと354,100人の子どもが拉致を経験したと推定しています。このカテゴリーには、最も広範な法律のもとでも拉致とみなされる殆どのケースと、法執行機関や検察が関与しないケース(これらのケースはより厳しい法的定義に該当しないため、あるいは法執行機関や検察がその裁量で追求しないため)も多く含まれています。
◆ 政策的焦点のケース:これらは、広義の定義に当てはまるケースで、さらに以下の特徴のうち少なくとも1つを備えているものです。⑴子どもの連れ去りや居場所を隠し、子どもとの接触を防ごうとした、⑵子どもが州外に移送された、⑶拉致犯が子どもを無期限に拘束する、あるいは監護権に恒久的な影響を与えることを意図していたという証拠が存在すること。広義のケースの約46パーセント(163,200件)が、この狭義の定義に該当しました(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1991)。
また、NISMARTの研究者は、同時期に推定44,900件の親による子どもの拉致未遂が発生していることを発見しました(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。
拉致犯と拉致された子どもの特徴
親による子ども拉致は、特定の社会経済的集団、あるいは民族的集団に限定されるものではありません。しかし、研究者は、加害者と被害者の双方に共通する特徴を幾つか挙げています。
子どもと拉致犯の年齢
NISMARTの調査によると、拉致された子どもの半数以上が8歳未満で、約4分の1が4歳未満でした(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。他の調査では、3歳から5歳の子どもが最も拉致されやすく、幼児と青年が最も拉致されにくいとされています(Agopian and Anderson, 1981)。国内外の事例を対象とした量的調査のデータからは、拉致する親、置き去りにされる親ともに30歳代が多いことが明らかになっています(Agopian and Anderson, 1981; Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990; Chiancone and Girdner, 2000)。
子どもと拉致犯の性別
NISMARTの調査で、統計的に有意な差はなかったものの、女児(42%)よりも男児(58%)の方が親による拉致の被害者であることが判明しました。また、NISMARTのデータでは、男性の拉致犯が72%と女性の拉致犯(28%)より多く、元夫やボーイフレンドが42%と最も多く、次いで現在の夫やボーイフレンド(21%)でした。全てのカテゴリーにおいて、女性の拉致犯は拉致の4分の1しか占めていません(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。国際的な拉致に特化した調査では、拉致犯の数は男女とも同数でした(Chiancone and Girdner, 2000)2。
異文化間の結婚
ヘガールとグレイフ(1994)は、彼らの研究の中で、親による拉致を経験し371家族の中で、異文化間または国際結婚の割合が高いことを発見しました。当時の全国的な割合である8%と比較すると、これらの拉致の47件(13%)は人種や民族が異なるカップルに関係していました(U.S. Bureau of the Census、1989)。異文化間の結婚は371世帯のうち16%(59世帯)を占めていました。また、ヘガールとグレイフ(1994)は、外国人による拉致の割合は、人種的・民族的に結婚している拉致犯の方がグループ全体(約20%)よりも高い(約50%)ことを発見しています。キアンコーネとガードナー(2000)の国際的な拉致に関する研究でも、異文化間および国際結婚の割合が高いことが示されています。
ジァンヴィール、マコーミック、ドナルドソン(1990)は、全国の65人の置き去りにされた親へのアンケートから得たデータで、海外事件と国内事件との違いを示しました。このデータによると、両親が離婚しているケースは、国内事件の48%に対し、国際事件の4分の1強(26%)であり、国際事件の5分の1近く(19%)では、両親が拉致時に結婚していましたが、国内事件では僅か2%でした。ジョンストン(1994)は、親による拉致の危険因子を幾つか挙げています(3ページ参照)。そのうちの1つは、他国で感情的または経済的な結びつきがある拉致犯です。
継続的な両親の葛藤
グレイフとヘガー(1993)とフィンケラー、ホタリング、およびセドラク(1990)の両方が、別居と離婚の間、つまり多くの葛藤が起こり得る時期に親による拉致が多く起こっている(それぞれ41%と54%)ことを発見しました。ジョンストン、キャンベル、メイズ(1985)の調査結果は、激しい親同士の葛藤(例えば、監護権に関する再訴訟、一方の親からもう一方の親への身体的または言葉による攻撃、もう一方の親を排除する親子同盟の形成)が継続している家庭の子どもは、親の訪問が頻繁であっても共同監護の取決めがあっても拉致の危険性があることを示唆しています。
キアンコーネとガードナー(2000)は、国際的な子どもの拉致の報告例に、上記のような特徴が反映されていることを発見しています。
親による子どもの拉致の理由
拉致の動機
研究から、拉致犯の中には、残された親との和解を迫るため、あるいは残された親との交流を続けるために、もう一方の親から子どもを拉致する動機を持つ者がいることが分かっています(Agopian, 1981; Sagatun and Barrett, 1990)。他の例では、アゴピアン(1981)やサガトゥンとバレット(1990)が、拉致犯が相手の親を責めたり、苦しめたり、罰したいという願望を持っている場合があることを発見しています。拉致した親(特に父親)は、法的監護権や訪問権を失い、それによって子どもとの子育ての役割が減少する事態に直面することを恐れている可能性があります。ジァンヴィール、マコーミック、ドナルドソン(1990)とサガトゥンとバレット(1990)も、これを拉致の動機として特定しています。極端な場合には、拉致犯の妄想や人格障害(Agopian, 1984; Johnston, 1994; Sagatun and Barrett, 1990)や法律の完全無視(Blomquist, 1992; Kiser, 1987)の結果である場合もあります。
また、拉致の動機は、子どもを性的悪戯、虐待、ネグレクトすると思われている親から子どもを守ろうとする場合もあり、場合によっては、これは正当な懸念であるかもしれません(Agopian, 1981; Sagatun and Barrett, 1990)。拉致犯の中には、当局が自分たちの懸念を真剣に受け止めてくれないかもしれないと恐れる者もいます(Sagatun-Edwards, 1996)。アメリカ検察研究所(APRI)が行った調査では、調査対象となった検察官は、親による子の拉致事件の27パーセントにおいて、拉致をした親が児童虐待を申立てていたと報告しています。殆どの場合、これらの申立ては、残された親が相手方でした。事件の17パーセントが、拉致した親と残された親の両方が虐待の申立てをしていました(Klain, 1995)。ドメスティックバイオレンスの申立てについても、同様の数字が出ています。事件の約4分の1は、拉致犯に対するドメスティックバイオレンスの申立てであり、更に4分の1は、残された親に対する申立てでした。約11%は両方の親からの申立てでした。全体として、事件の30%は、児童虐待とドメスティックバイオレンスの両方の申立てに関係していました(Klain、1995)。
拉致の危険因子
ジョンストン(1994)とサガトゥンとエドワーズ1996)は、子どもが親による拉致の危険にさらされる可能性がある状況を示す要因を特定するため、調査を実施しました。この調査では、子どもが拉致された50世帯と、離婚や監護権問題で非常に争いが激しく、訴訟沙汰になっている57世帯を比較しました。調査は、カリフォルニア州の都市部の2つの郡で行われました。その結果、拉致犯の多くは、(失業中を含む)社会経済的地位が低い、若い親である(多くは未婚)、幼い子どもがいる、などの特徴を持つことが分かりました。更に、拉致犯の多くは過去に犯罪者として逮捕された経歴を持っていました(Sagatun-Edwards, 1996)。これらの社会的要因が重なると、親による拉致のリスクが高まることが分かりました(Sagatun-Edwards, 1996)。
この研究で研究者は、拉致犯が、子どもを連れ去った地域と経済的あるいは精神的な結びつきがない場合、または、拉致犯が、残された親や法執行機関から隠れるために清算した資産や他人の助けなどの資源を持っている場合、拉致がより起こりやすいことを発見しました。また、他国(多くは拉致犯の母国)に経済的あるいは精神的な支援や繋がりがあることも、拉致のリスクを高めていました。拉致犯の中には、虐待やネグレクトの懸念から、その懸念が妥当であったかどうかは別として、子どもを連れ去った者もいました。拉致という行為は、子どもをもう一方の親から「救出」しようとする試みでした(Johnston, 1994)。
プラス、フィンケラー、そしてホタリングは、NISMARTの全国サンプルから抽出したデータを使用して、親による拉致のリスクの有無に関係していると思われる人口統計および家族特性を特定しました。この研究では、白人の子どもがいる家庭、幼い子ども(5歳以下)がいる家庭、家の中で大人同士の暴力歴がある家庭で拉致のリスクが高いことがわかりました。家族のサイズが大きい(即ち、3人以上の子どもがいる家庭)ほど、親による拉致のリスクは減少していました。多くの潜在的に重要な心理的特性も親による拉致の予測因子となり得ますが、本研究では特に社会学的特性に焦点を当てました。この研究の最も重要な発見の一つは、両方のタイプの親による拉致について特定された危険因子が非常に類似していることです(即ち、広範な範囲と政策的焦点)。著者らは、この研究が「あらゆる種類の(親による)拉致の病因には何らかの一貫性があり、非常に憂慮すべき出来事(何らかの公的機関の注意を引くようなもの)の防止や管理を目的とした対策は、それほど危険ではないが、それでも憂慮すべき拉致を経験した家族を助けるのにも有効かもしれないという明確な証拠」(Plass、Finkelhor、Hotaling、1997:347)を提供すると指摘しています。
グレイフとヘガー(1993);ハッチャー、バートン、ブルックス(1993);カイザー(1987)はいずれも、調査した親による拉致事件の半数以上でドメスティックバイオレンスが報告されていることを明らかにしました。グレイフとヘガー(1993)は、男性の拉致犯の約75%、女性の拉致犯の25%が過去に暴力行為を示していたことを明らかにしました。ジァンヴィール、マコーミック、ドナルドソン(1990)は、調査した国内事件の66%、国際事件の約23%で、拉致した親による児童虐待があったことを見出しました。しかし、このようにファミリーバイオレンスが多いように見えるにも拘らず、拉致の危険性を評価する上で明確な要因とはなっていない可能性があります。ジョンストン(1994)の研究によると、親による拉致に関与した家庭と監護権訴訟の争点レベルに関与した家庭では、ドメスティックバイオレンスのレベルに有意な差はなかったとされています。
拉致の心理的影響
親に拉致された子どもの奪還を阻む主な要因の一つは、たとえ親が拉致犯であっても、親の身体的監護権の下にいれば子どもに危害が及ぶ危険はないという一般社会の認識です。多くの法執行要員でさえ、親の奪取は「民事的なもの」であり、刑事司法制度の領域外で処理するのが最善である家族の私的問題であるとみなしています(Girdner, 1994a)。
これは重大な誤認です。拉致の経験は、子どもにとっても残された親にとっても、精神的なトラウマになることがあります。拉致を力尽くで実施したり、子どもを匿ったり、子どもを長期間拘束したりする場合は特に有害です。NISMARTのデータによると、親は、親による拉致の14%において拉致犯が力尽くで、17%において威圧的な脅しや要求をしたと報告しています(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。全国では、約5万件の事件で力が行使され、6万件以上の事件で脅迫や要求が行われています(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)。
残された親
グレイフとヘガー(1991)は、行方不明の子ども組織に登録されている取り残された親を調査し、残された親が喪失感、怒り、睡眠障害を経験していることを知りました。そのうちの半数は、孤独感、恐怖感、食欲不振、深刻な抑うつ状態などを訴えました。このグループのうち、50%強がこの状況に対処するために専門家の助けを求めました。4分の1の親がうつ病の治療を受け、4分の1が不安障害などの治療を受けました。
また、フォアハンドら(1989)は、拉致された子どもの親が、子どもが行方不明になっている期間は心理的障害のレベルが高く、子どもが奪還されるとやや軽減されると報告していることを明らかにしました。しかし、子どもが戻ってきても、そのストレスやトラウマが解消されるとは限りません。この研究では、多くの親が、子どもと再会した後の心理的苦痛が拉致前よりも高くなったと述べていますが、これは恐らく、再拉致に対する懸念や再会に伴うストレスが原因でしょう。別の研究において、ハッチャー、バートン、ブルックス(1993)は、調査対象となった残された親のほぼ4分の3(73.1%)が、自分の子どもが再び拉致されるのではないかと懸念していることを明らかにしました3。
更に、子どもの拉致は、残された親の経済的なウェルビーイングに壊滅的な影響を与え、その結果、親の不安の度合いを高める可能性があります。ジァンヴィール、マコーミック、ドナルドソン(1990)は、拉致された子どもの捜索にかかる平均費用は、国内事例で8,000ドル以上、国際事例で27,000ドル以上であることを明らかにしました。全ての所得階層の親の半数以上が、子どもを取り戻すために自分の年俸と同じかそれ以上の出費をしたと報告しています(Chiancone and Girdner, 2000)。
拉致された子ども
アゴピアン(1984)は、5人の子どもを少人数サンプルにして面接を行い、家族による拉致が彼らの人生に与える影響を調べました。彼は、子どもたちが経験したトラウマの程度は、拉致時点の子どもの年齢、拉致した親による子どもの扱い、拉致の期間、拉致期間中の子どものライフスタイル、奪還後に子どもが受けた支援や治療と関係があることを明らかにしました。
拉致された子どもが、通常どれくらいの期間、残された親との接触を拒否されるかを明確に調査した研究は殆どありません。NISMART研究(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1990)によると、5件中4件の拉致(広範な範囲と政策に焦点を当てた事件の両方を含む)は、1週間以内に終了しています。フォアハンドら(1989)は、彼らが調査した17例のうち、殆どの場合、子どもは3カ月から7カ月の間、行方不明になっていたことを示しました。他の文献によると、拉致期間は数日(Schetky and Haller, 1983)から3年(Terr, 1983)までと幅があります。アゴピアン(1984)の研究によると、残された親と引き離された期間が、拉致された子どもの感情的な影響に大きく影響することがわかりました。一般に、短期間(数週間未満)拘束された子どもは、もう一方の親との再会の希望を捨てず、その結果、拉致した親に対して強い忠誠心を抱くことはありませんでした。このような子どもたちは、この経験を一種の「冒険」としてとらえることができたのです。
しかし、長期にわたる拉致の被害者は、もっとひどい目に遭っていました。子どもはしばしば拉致した親に騙され、居場所を知られないように頻繁に引っ越しをしていました。このような遊牧民のような不安定な生活では、子どもは友達を作ることも、学校に通うことも、たとえ通うことができたとしても、なかなかうまくいきません。また、幼い子どもたちは、残された親のことをなかなか思い出せず、再会したときに深刻な影響を与えることになりました。年長の子どもは、自分を相手から引き離した拉致犯と、自分を助けられなかった残された親、両方の親の行動に怒りと戸惑いを感じていました。
テラ(1983)の研究では、拉致から奪還した後(あるいは拉致の脅威を受けた後、あるいは拉致が失敗に終わった後)、精神医学的評価のために受診した18人の子どもの事例が報告されています。ほぼ全ての子ども(18人中16人)がその体験から感情的に苦しんでいました。その症状には、残された親に対する悲しみや怒りが含まれ、更に拉致した親によって行われた「精神的教化」にも苦しんでいました。同様に、全米失踪・被搾取児童センター(NCMEC)の事例から抽出した104件の親による拉致を対象とした別の研究では、奪還した子どもの50%以上が、拉致された結果として、精神的苦痛の症状(不安障害、摂食障害、悪夢など)を経験したことが明らかになっています(Hatcher、Barton、Brooks、1992)。
また、シニア、グラッドストーン、およびナーコム(1982)は、奪還した子どもは、しばしば制御不能な号泣や気分の落ち込み、膀胱・腸制御の喪失、摂食・睡眠障害、攻撃的行動、恐怖心に苦しんでいると報告しています。また、他の報告書では、人間不信、引きこもり、仲間との希薄な関係、退行、親指しゃぶり、しがみつき行動(Schetky and Haller, 1983)、権威者や親族に対する不信感、個人的なアタッチメントに対する恐怖(Agopian, 1984)、悪夢、怒り、恨み、罪悪感、成人期における人間関係の問題(Noble and Palmer, 1984)のような拉致のトラウマを記録しています。
グレイフ(1998a, 1998b)は、縦断的研究の中で、1989~91年に行われた最初の研究(Greif and Hegar, 1991)で調査を受けた被害者の親に再接触し、再統合の数年後に彼らの子どもがどうなっているかを調査しています。1989年に調査された371人の親うち、69人が1993年の調査(Hegar and Greif, 1993)に、39人が1995年の調査で再接触を受けました。1993年の調査では、殆どの親(86~97%)が、子どもは健康で、行動や学校の成績は満足または非常に満足であると回答しています。これらの子どものうち、約80%が何らかのメンタルヘルス・サービスを受けていました。同様に、1995年の追跡調査でも、子どもの行動に大きな変化は見られませんでした。また、標準的なグループと比較して、適応度が低いということもありませんでした。全体として、子どもたちはかなりうまくやっているように見えますが、事例を詳しく見ると、「最もうまくいっていない子どもたちは、失踪してからの期間が長く、家族との再会の期間が短く、拉致犯と接触しておらず、報告によれば、よりひどい拉致体験をしていた」ことがわかりました。(Greif, 1998a:54)。この研究の結果は、全ての対象者と再接触することができなかったため限定的ではあるが、子どもと家族の個々の経験や状況によって、トラウマのレベルや拉致の長期的影響が異なることを示唆している。
この結論は、NISMARTのデータに基づき、親による連れ去りの被害者である子どもの心的外傷を調べた研究の結果にも表れているようで、5歳以上の子どもを含む連れ去りや長期間にわたる連れ去りは、精神的被害を伴う可能性がより高いことが判明しています。この研究(Plass, Finkelhor, and Hotaling, 1996:126)において、研究者は「エピソードの心的外傷は、子どもの日常の崩壊、大人同士の葛藤の増加、何が起こっているのかという子どもの一般的意識と関連する要因に関係しているようだ」と指摘しました。
刑事司法制度の対応
連邦、州、地方の法執行機関および検察庁は全て、親による拉致の犯罪に対応するために重要な役割を担っています4。具体的には、これらの機関は、行方不明の子どもの事件を調査し、拉致犯を刑事告発する責任を負っています。これらの機関は、その責任により、拉致犯と子どもを捜索し、起訴できるよう証拠を集めることができます(Girdner, 1994c)。
法執行機関の対応
子どもが連れ去られたとき、残された親が最初に頼るのは、多くの場合、法執行機関です。ハッチャー、バートン、ブルックス(1993)は、もう一方の親に子どもを拉致された親が、事件の90%で最初に法執行機関に電話し、通常は最初の懸念から24時間以内(62%)であることを発見しています。家族はまた、NCMEC(41%)と拉致犯の親戚(29%)に援助を求めたと報告しました。
プラス、フィンケラー、そしてホタリング(1995)は、NISMART調査で収集したデータを用いて、親が事件の約40%(約141,000件)で警察に連絡したと報告していることを明らかにしています。これは、ドメスティックバイオレンスなど他の家族犯罪よりも高い報告率を示しています(Plass, Finkelhor, and Hotaling, 1995)。また、子どもが実際に連れ去られた場合、拉致犯が子どもとの接触を防ぐために脅した場合、子どもの居場所を隠そうとした場合、親が警察に連絡する可能性が高いという結果も出ています。しかし、法執行機関に報告したからといって、必ず捜査してくれるとは限りません。コリンズと同僚(1993)は、残された親と法執行機関の両方を調査し、警察がこれらの事件を自分で処理するより寧ろ、多くの事件を家庭裁判所、検察、社会福祉機関に照会していることを明らかにしました。
親による子どもの拉致事件を扱う上での障害
法執行機関は、親による子どもの拉致事件を扱う上で、以下のような多くの障害を指摘しています(Collins et al.1993)。
◆ 監護命令の検証、監護命令に関する不十分な資料の克服、そして、解釈の異なる監護命令への対応
◆ 残された親や拉致した親が提供する欺瞞的で矛盾した情報の読み解き
◆ 監護権や子の拉致に関する曖昧な法律や条文の解釈
◆ 他の管轄区域における法執行機関および検察官の役割の明確化
◆ (民事監護命令の執行における)裁判官間の協力欠如の克服
◆ 子どもと拉致犯の連れ戻しを援助するのに、他の管轄区域の非協力的な法執行当局を頼らなければならないこと
優先度の高い親による子どもの拉致事案
限られた調査結果によると、法執行機関は、より「深刻」だと思われる親による拉致事件に対応する傾向があるようです。これには、子どもを州外に連れ去ったり、隠匿するケースが含まれます(Finkelhor, Hotaling, and Sedlak, 1991; Girdner, 1994d)。子どもが州外に連れ去られた場合、監護権を定める裁判所命令が拉致された州で出されていれば、警察が対応する可能性が高くなります。ガードナー(1994d)は、監護命令がない場合、子どもを元の州から連れ出すことを禁止する接近禁止命令があると、警察が親に拉致された子どもの捜索を行う州の数が倍増することを明らかにしました(42%の州、これに対し、訴訟が係属していない場合は22%、監護権が継続している場合は25%でした)。
優先度の高い警察の捜査を促す可能性のある他の要因は、子どもを虐待した家族歴がある場合、拉致された子どもが性的搾取の危険にさらされている場合、または子どもが特別な医療ニーズを持っている場合です(Collins et al., 1993)。
報告および調査
1990年全米児童捜索支援法(合衆国法典第42編第5780条)は、法執行機関が、拉致が犯罪行為であるかどうかに拘らず、行方不明の子どもの報告を受け、その子どもに関する情報を待機期間なしに全米犯罪情報センター(NCIC)データベースに入力することを義務づけています。NCICデータベースに行方不明の子どもの情報を入力する第一の責任は、法執行機関にかかっています。ハッチャー、バートン、ブルックス(1993)が調査した残された親は、法執行機関の55.8%が拉致後の最初の1週間に子どもの名前をNCICデータベースに登録したと報告しています。しかし、ガードナー(1994d)が調査した州の行方不明児情報センターのほぼ半分(14)の報告では、法執行機関職員は、実際のところ、NCICへの登録が必要になる前に州の親による拉致法に違反していなければならないと不正確に考えていました。殆どの法執行機関職員は、NCICに登録する権限を持つ代替機関を同一視しました。3分の1の州では、指定された法執行機関が登録を実施しなかった場合、最後まで登録は実施されずにいました(Girdner, 1994d)。
実際には、NCICデータベースへの登録は、幾つかの州の監護権干渉法の性質もあり、残された親の婚姻および監護権の状態にも依存する可能性があります。監護命令があると、監護権が確定していない事件に比べて、子どもに関するNCIC登録が日常的に行われていると報告された州の数が2倍から3倍になりました(州内の監護命令では75%、州外の監護命令では44%、監護命令が係属中の事件では25%でした)。回答者の約40%は、既存の監護命令や係争中の監護命令がない限り、法執行機関が拉致された子どもの名前を登録することは殆どない、あるいは全くないと述べています(Girdner, 1994d)。
プラス、フィンケラー、およびホタリング(1995)が行った研究では、親による拉致の報告を受けた法執行機関の対応を調べています。親を対象とした調査によると、警察は1つの事件について、以下の6つの行動のうち平均3つの行動をとっていることが分かりました5。
◆ 警察は電話で通報を受けた(27%)
◆ 警察官が現場に派遣された(54%)
◆ 駆けつけた警官が親に聞き取りを行った(58%)
◆ 警察官が聞き取り調査中に報告書を作成した(61%)
◆ 警察は子どもの写真を入手した(24%)
◆ 警察は他の機関に事件を照会した(36%)
この研究で調査した多くの親は、警察の対応を適切だとは思っていなかった。62パーセントの親が、自分たちの事件に関する警察の対応に「多少」または「非常に」不満を感じていました(Plass, Finkelhor, and Hotaling, 1995)。
州の行方不明児情報センター
州の行方不明児情報センターは、親に拉致された子どもの捜査と奪還において、法執行機関に支援を提供することができます。全ての州とコロンビア特別区には、正式な州の行方不明児情報センターがあります。これらの情報センターは、一般向けの教育や情報を提供し、親、弁護士、法執行機関、他の機関の職員と連絡を取り、調整し、支援します。そして、拉致された子どもの居場所を突き止め、奪還します。また、ハーグ条約案件において、米国中央当局の国家窓口としての役割を果たすものもあります(Girdner, 1994d)6。
ガードナー(1994d)は、情報センターの調査で、およそ50%が設立以来200件以上の親による拉致事件を扱っていることを知りました。これらの情報センターの81%は刑事司法機関(例えば、州警察、犯罪捜査、司法)に設置されていましたが、何らかの法執行機関を持っていると答えたのは45%にすぎませんでした。また、約75%が特定の事件について技術支援を行い、事件のファイルを一元管理していました。
米国連邦捜査局(FBI)
1980年親による誘拐防止法(合衆国法典第28編第1738A条)は、親またはその代理人によって子どもが州境を越えて、または国外に誘拐された事件を調査する権限をFBIに与えています。ハッチャー、バートン、およびブルックス(1993)が調査した事件の大部分(73.1%)は、FBIからの支援がないことを明らかにしています。FBIの支援を受けたことのある残された親は、半数がFBIの仕事に非常に満足していると報告しています(Hatcher, Barton, and Brooks, 1993)。FBIの関与を受けなかった事件では、残された親の39%以上が、FBIの関与があれば子どもの奪還が早まったと考えていました。また、これらの親の約4分の1(26%)は、自分の知識では、自分の事件はFBIの援助を受ける資格があると答えていました(Hatcher, Barton, and Brooks, 1993)。
刑事裁判と検察
親による拉致が連邦と州レベルで犯罪化されたことで、法執行機関だけでなく、刑事裁判所や検察庁でも、こうした事件の取り扱い方に変化が生じています。1980年統一子監護事件管轄法と親による誘拐防止法の制定以前は、たとえ監護命令が出されている場合でも、子どもを連れてある州を出た親は、別の州で相反する監護命令を得ることができ、それが支持されるかもしれませんでした。子どもを拉致された親の大部分は、法執行機関の助けを借りずに、子どもを奪還しなければなりませんでした。更に、民事裁判所は裁判所の命令に違反した親に民事上の制裁を加える権限を持っていたにも拘らず、裁判所がその権限を行使することは殆どありませんでした(Blomquist, 1992)。
調査によると、親による拉致事件を起訴した経験のある管轄区域は殆どありませんでした。APRIが全国74の検察庁を対象に行った調査によると、回答者の78%が毎年たった1件から5件の親による拉致事件を扱っているだけで、90%が年間1件から20件を扱っていただけでした(Klain、1995年)。年間100件を超える事件扱ったのは、遥かに少ない割合(4%)です。全国の検察庁のうち、親による拉致専門の部署があるのは、僅か25分の1です。殆どの親による拉致事件(58パーセント)は、専門家ではない弁護士や、1人または数人の指定弁護士によって扱われています。残りは、ドメスティックバイオレンス、家族犯罪、特殊暴行、または児童虐待部門が担当しています(Klain, 1995)。
サガトゥンとバレット(1990)は、1983年から1987年の間にカリフォルニアの家庭裁判所サービス機関が扱った43件の親による拉致事件を調査しました。彼らは、事件の58%(母親が実効した拉致67%、父親が実効した拉致33%)で刑事手続が開始され、52%で令状が発行されたことを発見しました。令状が発付された事件の69%で、拉致犯が逮捕されていました。
ガードナー(1994d)は、州の行方不明児情報センターの調査で、親による拉致という州法に基づく刑事犯罪が行われた場合、検察庁が子どもの居場所を探すのにどのように関与しているかを尋ねました。情報センターの40%以上(15)は、地元の検察庁が、最も頻繁に令状を取得することによって、子どもの居場所に関与していたと報告しています。
刑事司法制度で扱われる事件数の少なさ
NISMART調査(Finkelhor, Hotaling and Sedlak, 1991)が報告した163,200件の深刻な(あるいは政策上の)事件と刑事訴訟された事件の数を比較できるような数字はありませんが、定量的な裏付けはないものの、多くの事件が刑事司法制度からはじき出されるか全く扱われない可能性が高いことが示唆されています。ガードナー(1994a) は、刑事司法制度に至る事件の数が少ない理由を幾つか挙げました。
◆ 親による子の拉致に関する法律は州によって異なり、重罪に分類するところもあれば、軽犯罪に分類するところもある
◆ 多くの州は、拉致を捜査する際に他の手続き(学校や出生記録に旗を立てる)を利用しないか、利用しても一貫性がない
◆ 法執行機関や行方不明児情報センターは一般的に資金不足であり、他の犯罪に関連する需要が大きいため、親による拉致事件の優先順位は低くなっている
◆ 法執行機関の職員や検察官がこれらの事件の処理に関して経験が浅いか、知識が不足していて、結果として、連邦法や州法(行方不明児童報告書の作成、NCICデータベースへの情報入力など)を遵守していない
国際的な親による拉致事件は、法執行機関や裁判所を含む外国の政府機関の支援と協力を求める必要があるため、更に複雑になっています。場合によっては、残された親と親を支援する人々は、文化的偏見や宗教的偏見、拉致犯と子どもの失踪を促す親族や地下組織と闘わなければなりません(Kiedrowski, Jayewardene, and Dalley, 1994)。また、拉致犯の中には、「フォーラム・ショッピング(法廷地あさり)」に参加する、つまり、裁判所が自分の監護権を認めてくれると信じている国や司法管轄区を探す者もいます。
結論
親による子どもの拉致に関する調査によると、このような事件は子どもと残された親の両方に甚大なトラウマを与え、引き離される期間が長ければ長いほど、子どもと残された親はより大きなダメージを受けることが分かっています。親による子どもの拉致は、米国50州全てとコロンビア特別区で犯罪とされています。しかし、様々な理由から、このような事件に対する刑事司法制度の対応は、歴史的に見ても不適切で散発的なものでした。このような犯罪の影響を受ける子どもや家族に対して、より迅速でより効果的な対応を確保するためには、法執行機関の職員、検察官、そして一般市民に対する教育の向上が必要です。
巻末資料
1.NISMART2については、Hanson, 2000 を参照。
2.「国際的な子どもの拉致事件の解決における問題」(NCJ 182790)は「少年司法情報センター」電話番号800-638-8736 から入手可能であり、オンラインでは www.ncjrs.org/register から注文することができます。
3.この研究の事例は、「全米行方不明と搾取児童センター」の事件から無作為に抽出したものです。当初の無作為標本の中には、所在不明の親が多く含まれていました。このような親の中には、拉致犯に見つからないようにするために引っ越しをした可能性がある者もいます。
4.このテーマに関するより新しい情報については、「親による子ども拉致に対する刑事司法制度の対応」(NCJ 186160)を参照してください。ここで紹介する背景情報は、その文書のより詳細な情報を補足するためのものです。
5.これらの結果は、警察の対応に対する親の認識を反映したものであり、実際の警察の対応を反映していない可能性があることに留意することが重要です(Plass, Finkelhor, and Hotaling, 1995)。この調査では、警察にインタビューしていません。
6.1998年に米国が批准した「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」は、現在43カ国で発効している国際条約です(ハーグ条約を批准している国の最新リストは、www.travel.state.gov/hague_list.htmlを参照)。これは、子どもが国際的に拉致された場合、返還手続きを簡素化し、迅速化するためのものです。条約の実施手続きは、国際救済法(合衆国法典第42編第11601条以降)に見出すことができます。1993年、アメリカは、国際的な親による誘拐法(合衆国法典第18編第1204条)も可決し、アメリカからの子の拉致または留め置きを連邦重罪としました。
(了)