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国際的な子の連れ去り: 連れ去り・再統合が子に与える影響

 2019年6月10日(月),東京大学において,外務省は「ハーグ条約締結5周年記念シンポジウム『ハーグ条約と日本』子ども中心の国際家事手続きに向けて」を開催しました。
 このシンポジウムは、第1セッション「日本におけるハーグ条約の実施と課題」、第2セッション「今後進むべき道」から構成されています。
 ここで紹介する記事は、第2セッションの基調演説で講演をした、マリリン・フリーマン英国ウェストミンスター大学教授の講演資料「International Child Abduction: Research on the Effects of Abduction and Reunification」の外務省仮訳「国際的な子の連れ去り: 連れ去り・再統合が子に与える影響」をPDFからノートに転載したものです。中身に変更はありませんが、機能の違いから、体裁が異なる部分がありますので、ご容赦下さい。
 なお、フリーマン教授は、国際的な子の連れ去り,子に関する国際家族法の分野における第一人者として広く知られています。
 内容は、先日公開した「実子誘拐:その長期的な影響」のレジュメと言って良いかと思います。

家族法政策実務国際センター共同代表
英国ウェストミンスター大学首席研究員
マリリン・フリーマン教授

『ハーグ条約と日本』
〜子ども中心の国際家事手続に向けて〜

ハーグ条約締結5周年記念シンポジウム
伊藤国際学術研究センター
2019年6月10日

連れ去り・再統合が子に与える影響:本日の講演

  • 子の連れ去りは通常悪影響を及ぼす。たとえ主たる監護者又は共同の主たる監護者と一緒だったとしても、多くの場合子どもは連れ去りによって重大かつ有害な影響を受ける。子どもをその常居所地国に返還することによっても、連れ去られた子どもは悪影響を受ける場合がある。

本日の議題:

  • 幼少期に連れ去られ現在は大人になっている者の報告に基づいて、連れ去りの長期的影響に関し調査し、返還された場合とされなかった場合の両方に注目した影響及び危害について検討すること。

  • 再統合時を含め、経験する危害・影響の問題に密接に関わるような、子どもや家族など連れ去りという出来事に関連した者に対するアフターケアやサポートの不足についてしっかり検討すること。

  • 子どもや家族が体験した連れ去りの影響の大きさに関係するため、ハーグ条約の手続時に子どもの聴取が行われたかどうか、行われた場合はどのように行われたか、また第13条第2項に基づき、子が返還の拒否を示した後に、子が返還されたかどうか、 これらについて留意しておくこと(ただし本日はこの詳細について議論する時間なし)。

調査背景

国際的な子の連れ去りとその影響*
2006年5月(影響研究)

子を連れ去られた親、子を連れ去った親、その他の家族、子どもなどに対する影響を複数のカテゴリーから検討する

子どもに対する影響を以下の視点から検討する
(i)面接を受けた親の視点
(ii)当該子どもの視点

*reuniteにより実施 詳細はwww.reunite.org

親の視点から見た子に対する影響

面接を受けた親のうちかなりの割合が、子どもが連れ去りによって影響を受けたと考えている。これには以下を含む。

  •  ストレスによる身体的症状

  •  法制度や大人に対する信頼感の欠如の様な非身体的症状

  •  「忘失」などの対処方略を習得する

  •  争いごとを当たり前のこととして受け入れる

  •  全般的な信頼感の欠如

  •  欠席期間が生じたことによる学業における困難

  •  問題行動、退行

  •   連れ去られなかったきょうだいや返還後にできた新しい家族との同居による家族関係の緊張

  •  友人関係:「誰もこんな争いに巻き込まれたくない」

親の視点から見た子に対する影響(続き)

連れ去られた子どもと、子を連れ去られた親との間に心理的障壁が築かれる。これは、離れていた期間にお互いのいない生活をやり過ごせたことを双方とも認識しており、お互いを必要とする確信を失っているため

親の視点から見た子に対する影響(続き)

「子どもが戻ってきた。これでおしまい。」

返還後のサポートの欠如が子供に影響を与えていると、子を連れ去られた親と子を連れ去った親の双方が指摘している

子どもの視点から見た子に対する影響

  • 子への面接と子の連れ去り事案に習熟したCafcass(児童家庭裁判所・相談支援機関)職員2名による子どもに対する面接

  • 連れ去りの期間は6週間から14か月と様々。そして、1件では結局返還されなかった。

  • 70%は母親による連れ去り。全ての子が、母親が主たる監護者であると述べ、母親を連れ去り者として認識していなかった。

  • 30%は父親による連れ去り。全ての子が、父親を主たる監護者とは考えていなかった。これらの子どもは父親を連れ去り者として見る傾向にあった。

子どもの視点から見た影響(続き)

  • 子どもは係争中の手続が終わってほしいと願っていた。

  • 子どもは大人の争いに巻き込まれていることに腹を立てていた。

  • 子どもは片方の親についての否定的なことを聞きたくなかった。またはもう一方の親の肩を持たなければならないと思いたくなかった。

  • 子どもは、自分がきちんと扱われている、又は自分の意見が重く受け止められているとは感じていなかった。

  • 子の返還は、元の連れ去りと同様に心を乱し、強いストレスを感じる場合がある。

  • 年齢や発達段階にかかわらず、どの子どもも多様な形で悪影響を受けている。連れ去られたという意識のない子どもでさえも、法廷闘争や不安定な生活環境に怒りを覚え困惑していた。片方の親や、時には両親に対する信頼が傷つけられた。

影響研究:幼少期に連れ去られたことのある大人

  • 影響が「長く続く」と評価

  • 学校での問題

  • 暴力、飲酒の問題:「何年にもわたり、心的機能に影響を与え、みじめで、診断されない抑うつ状態」

  • 連れ去った親に対する非常に強い困惑及び罪の意識

  • 連れ去りや、引き離されたこと、大切な人の人生を台無しにするような決断を下さなければならなかったことから来る恥の感覚や自己嫌悪

  • 孤独、自傷、安全感の喪失の問題が「完全に連れ去りに起因しており、人生を台無しにしている」

  • 研究の重要性:「何が起こったのかを知りたい」

親による子の連れ去り: 長期的影響についての研究*

何年も前に連れ去りを体験した者の実際の経験を明らかにし、連れ去りが人生に影響を及ぼしたと被験者が感じるか、その場合どのように感じるか、又その影響が長期的に継続している かどうかについて調べる小規模な質的研究。

英国最高裁判所長官であるヘイル判事は、本報告書の序文で「それは幼少期に連れ去られた人の経験に関する研究である。残された家族と再統合した者(そのうち多くの者は長い年月を経た後である)もいれば、再統合しなかった者もいる。彼らには、伝えたい重要な物語があり、 そこから重要な教訓を得ることができる」と述べている。

*M.フリーマン「親による子の連れ去りとその長期的影響」(2014年) www.icflpp.com
以前に連れ去られたことのある子どものための米国の組織TAKE ROOTに、米国での本研究の実例収集への助力、及び本研究への協力におけるその多大な価値に対し感謝の意を表します。またロンドン・メトロポリタン大学法律・政治・国際関係学部にも、本研究への当初の財政支援に対し感謝の意を表します。

研究対象の事例

  • 研究に参加したのは大人34人。うち33人は幼少期に連れ去られた経験がある。1人は幼少期に連れ去られた経験のある研究参加者の連れ去られなかったきょうだい。

  • 個別の連れ去り30件に関する34人の面接。

  • 2011年から2012年に私が研究責任者(PI)として各対象者と面接、2014年までに各対象者がメールでPIに最新情報を提供する機会があった。

  • 事例は主に米国及び英国で募集した。しかし、最終的に参加しなかったものの、対象候補者との最初の協議は南アフリカ、スペインを含むその他の国でも行われた。

  • 事例は、当該分野における個人的なつながり

  • 職業上のつながり、口コミ、マスコミを通じた宣伝、以前に連れ去られたことのある子どものための組織Take Root(米国司法省による助成、ワシントン州にある)の助力により収集。

研究の断片

  • 46歳男性、7歳の時に父親に連れ去られた。人に心を開くことが大変困難。両親と仲が良くないという孤独さを思うと泣けてくる。

  • 37歳女性、8歳の時に母親に連れ去られた。親密な関係が苦手。孤独なこともあるが、他人に頼らないですむ方が安全。事件後は子どもらしさを失った。常に不安を感じる。物事が継続していくことを信じることができない。 「片方の親にもう会えないと思うことは、あまりに衝撃的だった」。意識を遮断。自傷行為。ドラッグ。母親のようになってしまうことへの不安。もしそうなるなら子どもが欲しくない。

  • 42歳女性、4歳の時に父親に連れ去られた。幼少期の大半は無感覚で過ごし、「どうにか切り抜けるだけだった」。安心感や平穏さを得たいと強く願っている。育児、人間関係、仕事などあらゆることに影響。何もかもいとも簡単に奪われる。人間関係が全面的に恐怖感に影響を受ける。摂食障害、精神衛生上の問題。自殺の恐れのある抑うつ。

研究の断片(続き)

  • 30歳女性、4歳の時に父親に連れ去られた。信頼・拒絶の問題を抱える。男性と重要な関係を持つことはなく、常に「遠慮」してしまう。関係が壊れたり、拒否されたりしたくない。争いが嫌いで、問題に対処しようとしない。「実際に自分に起こったことは、いつだってまた自分に起こるはず」と考えている。「どんなことも起こり得る」ため、安心感を抱くことが全くない。

  • 30歳男性、4歳の時に父親に連れ去られた。無力感におそわれることになるため過去について話したがらない。心を開けない。父親に似て、同じようなことをしかねないと悩んでいる。年上の男性との人間関係が極めて困難。

  • 23歳女性、5歳の時に父親に連れ去られた。自分の人生のすべてが無秩序であると感じている。自信がない。問題について話せたことがまったくないため、問題を放り出し、それが消えて無くなってほしいと思っている。安全または安心だと感じたことが全くない。友人を作るのが難しい。自傷行為。 言語を学び直さなければならなかったことにともなう学業での問題。

研究の断片(続き)

  • 45歳女性、1歳10カ月の時に父親に連れ去られた。若い頃に深刻な自殺未遂数回。抑うつ。認められていると感じたことがない。子どもの頃は常に何かが欠けていると感じていた。誰も信頼できない。虐待を伴う結婚生活。関係がうまくいかなくなり父親の連れ去りにより自分の子どもを失うかもしれないと常に怯えている。支配・被支配の関係性において歴史は繰り返すと思っている。

  • 63歳男性、2歳半の時に母親に連れ去られた。誰とも「つながっていない」と常に感じていた。何にも属さず切り離され、すっかり孤立していると感じていた。極度に内気。今もある種の愛着障害がある。連れ去りが愛着を形成する能力を鈍らせる。

  • 44歳女性、4歳の時に母親に連れ去られた。人間関係が苦手。「何かを突然奪われた」ため、安心感に大きな問題。「自分は、自分自身にとっても他人にとっても難題」。現在は様々な信頼の問題を抱える。

研究の断片(続き)

  • 45歳女性、1歳6カ月の時に最初に父親に連れ去られ、その後3歳の時に母親に、さらに5歳の時に再び父親に連れ去られた。父親によって身元を変更された。誰とでもすぐに親密になるが、皆去ってしまう。連れ去りは誤解されており、取るに足りない問題と考えられている。心の奥底に激しい怒りを抱 える。

  • 53歳女性、8歳の時に父親に連れ去られた。身元を変更されている。連れ去りによりアイデンティティと同様に幼少期を奪われた。幽霊のように生きてきた。友人を作らず、目立たないように過ごしてきた。自分を守るべき人たちが自分を守らなかったことが許せない。連れ去りは犯罪であり、長期的影響を及ぼす。

  • 45歳男性、11歳の時に母親に連れ去られた。父親に対し反感を抱くよう母親に仕向けられた。裁判手続きで父親より母親を選んだという裏切りが心につきまとっている。子どもの時も大人になってからも怒りに満ちている。連れ去りにより、影響を受けただけでなく、連れ去りは自分のあらゆるものを形作った。ここにあるものは抜け殻。子どもを連れ去ろうと考えている親は、こうしたことをすべて知らなけらばならない。

研究の断片(続き)

  • 38歳女性、5歳の時に母親に連れ去られた。父親に反感を抱くよう母親に仕向けられた。今は夫が、記憶にない父親の役割を兼ねる。「人格破壊」に遭っている。自分自身を構成する要素を失っている。親といても救われるのを待っている。この情報は隠してはならない。法律制度はこの件に対応していない。

  • 45歳女性、4歳の時に母親に連れ去られたが、それは「見当違いの保護」であった。安心感や愛されていると感じることに大きな問題。人生で最も大切な人たちが簡単に去ってしまう。どこかに穴があり、成長してもそれを埋めることはできない。サポートシステムは子どもが見つかると終了するが、子どもにとってはいつまでも終わりがない。人は性的な方法以外で踏みにじられるが、そのようなものである。

  • 35歳女性、9歳の時に父親に連れ去られた。連れ去りによって、自分は誰から見てもダメな人間だと思うようになった。父親に連れ去られたのだが、母親が自分を置き去りにしたのだと言われ、それ以来両親との間でその話題がきちんと取り上げられたことがないため、母親に捨てられたように感じている。連れ去りは被害者なき犯罪ではない。自分を愛し守っている者による仕打ちなので、より悪い。どうして立ち直れるだろう。連れ去りはもっと真剣 に受け止められなければならない。

研究の断片:再統合

  • 38歳女性、3歳半の時に父親に連れ去られた。判決により8歳の時に母親に返還。この出来事を「誘拐」と表現している。母親のことを覚えておらず、見分けもつかなかった。この暮らしがずっと続き、「自分の家族」とまた一緒になることはないと気づくのに約3カ月かかった。母親は幼い子どもを取り戻せると考えていた。あらゆるルールが違っていた。14歳の時に父親の元に戻り暮らすようになった。

  •  57歳女性、5歳の時にきょうだい2人とともに父親に連れ去られた。12歳の時に父親によりきょうだい1人とともに母親の元に返還。母親のことを覚えていなかった。自分の人生に関わった人々はいずれ自分の人生からいなくなった。ただできるだけやり過ごすようにしていた。ただその瞬間を生きていた。何かが自分に起こることもある。生き残らなければならなかった。何も自分の思うようにならなかった。頭の中がどんどんおかしくなった。大人になってからはいつも怯えている。他人も自分自身も信用できない。自分の気持ちを正当なものと認めてくれる大人がいないので、自分自身を信用できない。再統合?誰と再統合するのか?人々は状況を理解していない。

研究の断片:再統合(続き)

  • 46歳女性、6歳の時に父親に連れ去られた。最初はわくわくしたが、母親が恋しくなりだした。父親に、母親は自分のことを愛しておらず、大切に思っていない、そうでないなら自分を見つけるはずだと言われた。これが自分の現実となった。母親と子どもの絆が消し去られた。6年後に母親が自分を見つけた。大人になってからは深刻な精神的問題。「自分を癒やすことが必要だ」。一番つらいことは、後に残されていた家族に慣れること。大人の中にひそむ子どもは今も、母親がどこにいるのか、なぜ自分を守れなかったの か知りたがっている。これは一生続く。大人になっても続く。終わりのない物語。

  • 36歳女性、4歳の時にきょうだいを伴わず母親に連れ去られた。身元が変更された。12歳の時に父親に返還。18時間以内にまるで違う生活になった。元の自分になるために新しいアイデンティティを切り捨てなければならなかった。他人は自分を理解できなかった。自分は変人だった。連れ去られなかったきょうだいは、母親に見捨てられたと感じた。大人になってからは現実と闘う。自分の思うようにいかない時は、問題を人生から切り離す。誰も信用できない。常に恐怖感や不安感がある。アイデンティティの危機。大人になってからは深刻な精神的問題。連れ去りは単なる家庭内紛争ではない。

研究の断片:再統合(続き)

  • 34歳女性、8カ月の時に母親に連れ去られた。10歳の時に見つけられ、父親に返還。「おかえりなさい」と書かれた横断幕が父親の家にあった。「私にも幸せになってほしいと思ってくれているのはわかる」が、心の中では幸せではなかった。自分のどこがおかしいのかわからなかった。再統合したとき、誰かがその子を導かなければならない。新しい家族を愛しても良いことを知る必要がある。共感が必要。誰も子どもの声を聞かない。

  • 37歳女性、4歳の時に父親に連れ去られた。9年後に父親から母親に返還。「知らない人ばかりの別の部屋」。しばらくして父親の元に戻った。「誰もこの痛みを理解できない」。普通になりたい。普通に育ててもらえなかったし、普通とは何なのかわからない。孤立しないよう努力しないといけない。自分に価値があるとは思えない。両親ともに自分には一緒に暮らす価値がないと両親とも思っていると感じる。安心感を抱くことがまったくない。連れ去りの影響で多くの人にとって付き合いづらくなってしまっている。気を緩めることができない。連れ去りについて、なぜ問題なのか、なぜそれが良くないかについて、意識を向上する必要がある。

観察

繰り返し言及される問題は以下のとおり。

  • 無感覚、意識の遮断

  • 自尊心

  • 個人のアイデンティティ

  • 精神衛生上の問題

  • 抑うつ

  • 自殺傾向

  • 人間関係

  • 人に心を開くこと

  • 親密さ

  • 物事が継続するということを信じること

  • 安全感の喪失

  • 信頼

  • こうした影響を引き起こす原因となった人物のようになることへの恐れ

分析

分析の目的で、以下の分類体系を使用。

⒜「極めて重要な影響あり」

は、被面接者が下記のいずれかの事項を報告した場合。
(ⅰ) カウンセラー、セラピスト、心理学者、精神科医などにかかろうとしている、かかっ ている、又はかかっていた
(ⅱ) 心的外傷後ストレスなどと診断された
(ⅲ) 精神障害エピソード又は神経衰弱があった
(ⅳ) 精神衛生上の問題で病院又はその他の施設に入院した
(ⅴ) 抑うつ状態になった、又は自殺未遂を行った

⒝「影響あり」

(ⅰ) 人間関係における信頼
(ⅱ) 自尊心の欠如
(ⅲ) 見捨てられることへの恐れ
(ⅳ) パニック発作

⒞「実質的な影響なし」

は、被面接者が以下のいずれかに当てはまる場合。
(ⅰ) 連れ去りによる影響が最小限
(ⅱ) 連れ去りによる影響がない

調査結果:注意事項

  • 著者のデータ分類体系に加え、記述されている影響の原因及び人生における影響の度合いについては被面接者の個人的な見解に由来しているため、本報告書の質的な結論を使用するにあたっては注意が必要である。またさらに、本研究の事例数はかなり少なく、統制群もない。この質的な結論が汎化可能であるとは言えない。本調査は、対象となった本人の報告に基づいて連れ去りの影響を理解することに重点を置いている。(S.カルバートの、「研究の結果はこうした手続に現在関与している子ども及び大人になって助けを求めている人の両方に取り組んでいる臨床医の意向を反映している」という。小規模なデータセットによる調査から得られる「真に重要なデータ」を参照。 2018年8月AFCCアデレード研究会子どもの声、子どもの福祉、親の葛藤と法律制度)

  • 長期的影響の調査要件に従い、本事例の連れ去りは10年から50年以上前に発生したものを対象にしている。これより早い時点で調査が行われた場合、結果や影響は異なる可能性がある。

  • 連れ去りの多く(すべてではない)は、ハーグ条約導入前に発生している。このことが、 こうしたケースの子どもたちの結果に影響している可能性がある。

  • 再統合の大半(68.76%)は連れ去りから5年以上経ってから、また再統合の3分の1以上(34.37%)は10年以上経ってから行われている。連れ去り後の再統合がこれより早く行われた場合、結果や影響は異なる可能性がある。

極めて重要な影響あり

被面接者が訴えた極めて重要な影響の例:

  • 6歳の時に連れ去られその6、7年後に再統合した女性の被面接者は、20代半ばで神経衰弱になり、4カ月間病院に入院した。「自分自身を癒やさ」なければならないと感じたと言う。この1年半はセラピーに通っている。これは「一生続く」と言っている。

  • 3歳になる前に連れ去られ、6年後に再統合した女性の被面接者は、「ひどい神経衰弱」になり、入院した。その後さらにセラピーを受けた。

  • 4歳の時に連れ去られ、その間に身元を変更された女性の被面接者は、8 年後に再統合した。アイデンティティの危機に苦しみ、それにより、1年から1 年半にわたって神経衰弱を患った

影響あり

被面接者が訴えた影響の例:

  • 連れ去りによってできた人生の穴を埋めることができない

  • 孤立感、及び自尊心の欠如

  • 愛着、安全感、不信感の問題

  • 感情欠如を含む人間関係の困難さ

  • 子を連れ去られた親に対する罪悪感

  • 子が自ら帰ってくる方法を見つけなかったことに対して、子を連れ去られた親が怒り、子が返還された際に拒絶をすること

実質的な影響なし

実質的な影響がない実例は非常に少ない:
主たる監護者である母親に3歳の時に連れ去られたケースで、母親の側につ いていたことを覚えており、当時も今も母親が自分を連れて行ったのは正しいことだったと感じている。
また別のケースでは、連れ去りが非常に短い期間(数日間)であった。
しかしこの点に関しては別の被面接者の意見に留意してほしい:
「自分がどういう影響を受けたのか、どういう気持ちなのか理解するには時間がかかる」

重要な調査結果

1. 極めて重要な影響があったのは被面接者25名(73.53%)

  • 連れ去りに関する本研究事例において精神衛生上の問題の割合が明らか に高い。

  • イングランド公衆衛生局の2013年地域精神衛生統計のデータを参照してほしい。1年間に英国の4人に1人は精神衛生上の問題に悩まされている。 http://www.nepho.org.uk/cmhp/

  • 直接比較なし。本研究事例における問題は同じ期間内に発生しているか? 状況に有益か?

重要な調査結果(続き)

2. 主たる監護者による連れ去り

被面接者16名が単独又は共同の主たる監護者に連れ去られた(単独の主たる監護者である母親10人+共同の主たる監護者6人)。

  • 単独又は共同の主たる監護者に連れ去られた16名の被面接者のうち、13名は連れ去りによる極めて重要な影響に苦しめられている(単独の主たる監護者7人+共同の主たる監護者6人)。

  • 単独の主たる監護者により連れ去られた被面接者2名が影響があったと訴えた。

  • 単独の主たる監護者により連れ去られた被面接者1名が実質的な影響はないとした。

重要な調査結果(続き)

3. 保護目的の連れ去り

主たる監護者又は共同の主たる監護者による保護目的の連れ去りは、子どもへの影響において異なる結果を生み出すか?

  • 主たる監護者又は共同の主たる監護者(母親2人及び父親1人)による連れ去りが子どもの保護目的による、又は、おそらく保護目的によると思われると被面接者が述べた3件の面接において、被面接者の1人は連れ去りの影響があったとし、他の2人は極めて重要な影響があったと訴えた。

  • この「子どもの保護目的の」連れ去り3件とも、連れ去り者がその連れ去りは保護目的であったと考えていても、被面接者はそのことに懐疑的である。

  • 更なる虐待から母親自身を守る目的での主たる監護者である母親による連れ去りだと被面接者が述べた唯一のケースの面接では、被面接者は連れ去りによる影響に苦しんだとは述べていない。この女性は母親の連れ去りの理由を完全に受け入れ、母親の行為は正しかったと考えている。

連れ去りが保護目的であると連れ去られた子が知っている又は信じている場合、影響はかなり小さくなるのか?この小規模なデータセットからは、この件に関して信頼性のある結論は導き出せない。しかしながら、へイル判事が報告書の序文で述べているように、 これは更なる研究が必要な領域であろう。

重要な調査結果(続き)

4. サポート及びアフターケア

専門知識や連れ去りの被害者に対するサポートの欠如は、面接で繰り返し出て来るテーマである。

  • 「人々がこれは被害者なき犯罪だと思っている」のは、子どもが苦しめられる連れ去りの衝撃や影響が検証されていないことを示している。

  • 他人による連れ去りと親による連れ去りに対する社会の見方に大きな違い がある。「親と一緒にいるのだから親による連れ去りは些細なことである。親による連れ去りの影響を探る研究に時間が費やされない」

  • 「子を連れ去った親が自分のことをどんなに良い人間だと思っていたとしても、子どもにはある程度長期的な影響がある」

  • 「自分がどういう影響を受けたのか、どういう気持ちなのか理解するには時間がかかるため、アフターケアの必要性に期限はない」

結論

  • 事例中の以前に連れ去られたことのある子どもの多く(73.53%)が、連れ去りによって精神衛生上の極めて重要な影響に苦しめられている。この割合は、それほど重要でないものの影響が認められるケースを考慮すると更に(91.17%にまで)増える。非常に幼い時に連れ去られた子どもは、子を連れ去られた親との間に未だ強固で継続的な関係を築けていなかったため、影響がそれほど深刻でないと考えられる場合でも、こうした影響は明らかである。

  • 実質的な影響がないとする割合は本事例中では非常に低く(8.82%)、いずれも連れ去りが非常に短かったか、被面接者が主たる監護者による連れ去り又は連れ去りの意思を容認していた場合である。

  • 連れ去り者の立場により、連れ去られた子が受ける影響が変わることはほとんどなかった。

  • 極めて重要な影響を訴えた者は、多くの場合連れ去りから長年経過した、成人した現在において、そうした影響の継続的な性質について語った。

結論(続き)

従って、これらの調査結果は、連れ去りによる長期にわたる悪影響に関する過去の研究の調査結果を裏付ける傾向にある。それは、連れ去りから何年も経過し大人になった、連れ去られた子の直接の報告に 基づく本研究で強調された。2006年の初期の研究は、連れ去りから面接までの経過期間がさらに短く(2006年の研究ではいずれの連れ去りも面接より5年以上前に起こっているのに対し、今回の事例では最短でも10年以上前から最長で50年が経過している)、再統合に至るまで の期間がはるかに短く(2006年の研究では6週間から14か月、今回の事例では数日から42年間)、子どもの被面接者10名というさらに小規模の事例に基づいている。

勧告

勧告の焦点:連れ去りの有害な影響から子どもを守る必要性

1980年子の奪取に関するハーグ条約前文
「子の監護に関する事項において子の利益が最も重要であることを 深く確信し、
不法な連れ去りまたは留置によって生ずる有害な影響から
子を国際的に保護すること・・・・を切望」

勧告:必要とされる成果を得るには

連れ去りの有害な影響から子どもを守る方法に連れ去りの発生の防止がある。
すべての連れ去りを防止することは(望ましいかもしれないが)不可能だと受け止められている一方、防ぎ得る連れ去りは防ぐべきだと考えられている。連れ去りの防止に関して勧告を行う。

防止に関する勧告

  • ほとんどの親は子どものために正しいことを行いたいと願っている。子の連れ去りの法的・法社会的側面に関する知識及び認識が、連れ去りについて親が下す決定に影響を及ぼし得る。国際規模の意識啓発キャンペーンを実施するべきである。自分の子どもであっても,不法な連れ去りになりうることを理解していない親もいれば、未だに間違ったアドバイスをする弁護士もいる。

  • 公的資金で賄われない場合でも妥当な対価で、連れ去りや連れ去りの影響に関して家事事件における適切な情報提供を行うことのできる、連れ去り専門のあっせん人団体を設立し、広く広報する。

  • 連れ去り専門のあっせん人登録簿を中央当局が管理し、関連ウェブサイトに掲載する。

勧告(続き)

  • 連れ去りの有害な影響から子どもを守る別の方法として、連れ去られた者に対する適切なサポート及びケアの提供がある。

  • サポート及びケアに関して勧告を行う。

連れ去り後の調停

親と子と協働する専門の調停により、連れ去り後の当事者の友好的な解決を助け、対立的な裁判手続きを避けることができるだけでなく、子どもに焦点を合わせた子どもにとって安全な解決を親が準備することを促進することもできる(ベネット判事「裁判官会報」 第 XX11号(2018年夏秋号)21-22ページ)。
2018年4月以来、イングランドとウェールズで調停が運営されており、 ミーンズテスト(資力調査)やメリットテスト(相当性調査)なしに、ハーグ条約に基づく事案において調停を希望する親が法律扶助を受けることができるようになっている。参加は自由意思で、裁判所に当事者間の問題の判断を委ねる当事者の権利を損なうことはない。調停においては黙秘権も認められていない。調停は訴訟と平行して、ただし訴訟とは独立して行われ、適切な期限内に完了する。その成果物である覚書は、裁判所の承認を受けることによって同意による判決に組み込まれる。調停がうまくいかなかった場合は、裁判所が引き続き問題について判断を行う。

サポート及びケアに関する勧告

  • 子の連れ去りの手続においては子どもの聞き取りが適切に行われなけれ ばならない。

  • 適切な事案では子どもを迅速に返還し、長期にわたる連れ去りの有害な影 響を改善する必要がある。

  • 移転申請(転居)に対する許可など、返還後の迅速な福祉上の決定を行い、子どもを不安定な状態にせず、連れ去りが再び行われにくいようにする。

  • 返還された場合及び返還されていない場合のいずれでも、連れ去られた子 に対して必要なサポートを行う。

  • インターネット上での遠隔アクセスを含め、利用可能で広く公表された、連れ去りに対するサポートサービスにより、連れ去られた子すべてと接触できるようにする。 資金援助が必要か?国際的な協調的取組みが少しでも妨げられないようにしなければならない。

サポート及びケアに関する勧告(続き)

  • 返還を実現する担当機関が、返還された子どもに関して一定期間の間に担当機関に フィードバックが行われるようなモニタリングシステムを整備。資金援助が必要か?現在利用できる手段がまったくないよりは、十分ではなくてもフォローアップがあった方が良い。

  • 子どもが返還された場合の相談相手役。相談相手役は子どもや家族と友達になり、再統合手続きの手助けを行う。可能であれば、相談相手役自身が子の連れ去りを体験していると良い。相談相手役登録簿を作成し、前述のあっせん人と同様に管理する。登録簿は、非公式な返還合意の場合も裁判所命令の場合も、当事者がアクセスできるようにする。いずれの場合も同様のサポートが必要。

  • 連れ去りに関する研修プログラムを考案し、学校、地方自治体、警察、司法機関、精神衛生専門家に対して実施する。これには連れ去りの影響に関する内容を含むものとする。

  • さらに、連れ去られた子どもの予後に関して、共同で縦断的な受託研究を行う。

最終結論

批判的に言えば、私たちにはもっとできることがあり、行うべきである。
彼らが直面した体験は、連れ去られた子ども、その両親や家族を否応なく、おそらく一生変えてしまう。このことは当事者の家族だけでなく社会にも影響を与える。
連れ去りの有害な影響から子どもを守る目的でハーグ条約を適用するにあた り、連れ去りの影響や子どもの権利に関することを含め、2019年に知りうる知識や理解に基づいて法的手続きについて周知されなければならない。
必要となる連れ去り後のサポートを、当事者の子ども及び家族に対し提供しなければならない。
このようにすれば、ハーグ条約の起草者らが心に描いたとおりに連れ去りの有 害な影響から、子どもを真に守ることができる。

連絡先: freemanmarilyna@aol.com;
m.freeman@westminster.ac.uk

(了)

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