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片親疎外:インドにおける一連の症例
この文献はオープンアクセスです。原題名、原著者名は以下の通りです。
掲載書:Indian Journal of Psychological Medicine volume 45 issue3 May 2023
原題名:Parental Alienation: Case Series from India
原著者:Priyanka P. Nambiar, Kavita V. Jangam and Shekhar P. Seshadri
片親疎外:インドにおける一連の症例
プリヤンカ・P・ナンビア、カビタ・V・ジャンガム、シェカール・P・セシャドリ
インドでは過去20年間にわたり、婚姻関係の破綻が一般的な社会現象となっている。研究者は婚姻関係の破綻が子どものメンタルヘルスに与える影響を研究し、感情面、社会面、学業面での機能に関連する問題を発見した¹ʼ²。これらのほか、メンタルヘルス専門家(MHP)がこのような家族で観察した新たな現象は、両親の別離後、子どもが以前は健全な関係を築いていた一方の親を、悪意をもって拒絶し、誹謗することである。子ども中心の立場からすると、子どもの好みを考慮する必要があると結論付けることもできるが、子どもが中傷する親に突然向けた敵意の根底にある理由を調査する必要がある。
この現象に関する西洋の文献の多くは、これを片親疎外(PA)と呼んでいる²ʼ³。1985年、子どもの監護権事件において子どもの評価をしていた児童精神科医のRichard Gardner博士が、子どもによる親の疎外と中傷の共通の特徴を観察し、初めて「片親疎外症候群」という用語を作り出した。Gardnerはこれを、一方の親(疎外者)が、もう一方の親(疎外された側)を中傷するために、子どもを一連の操作テクニックに巻き込んで、もう一方の親から子どもを遠ざける症候群と定義した。これは主に、家庭裁判所において子どもの監護権を争う文脈で観察された⁴。Gardnerは、PAの子どもは次のような明確な特徴を示すと提唱した。⒜以前は健全な関係を築いていた疎外された親に対して「中傷キャンペーン」を行う、⒝敵意と憎悪を表明し「根拠のない正当化」を行う、⒞一方の親を崇拝し、もう一方の親をアンビバレンスなしに拒絶する「親に関する二分法的思考」に囚われている、⒟軽蔑的な行動の背後にある考えは自分自身のものであり、疎外者によって誘発されたものではないと弁明する「独立思考者」現象を示す、⒠疎外者に対し「機械仕掛けの愛」を抱いて支持し、疎外された親を受け入れようとしない態度をとる、⒡疎外された親へのマルトリートメントに対する「罪悪感の欠如」を抱いている、⒢年齢相応でない、または子どもが想起できないフレーズを使用し、疎外者が指導しているとしか思えない「借り物のシナリオ」を演じる、⒣疎外された親の家族や友人を虐待、拒絶する「敵意の一般化」を行う⁵。
PAが発生しているにも拘らず、インドではPAを研究していなかった。インド最高裁判所は2017年に判決を下したVivek Singh 対 Romani Singh 事件でPAの存在を認めた。また、子どもに生じた心理的被害についても言及し、夫婦間の葛藤に拘らず両方の親が子どもの生活に関与することの重要性を強調した。しかし、子どもの監護権事件におけるメンタルヘルス評価と介入の役割については議論しなかった。このメンタルヘルスへの影響に関する経験的理解が不足していることを考慮して、PAの明確な症状を説明し、臨床的意義を実践に提示するため、私たちは別離や離婚をしたインド人家庭の子どもの4つの症例報告を示す。
設定、方法、倫理的承認
本研究は、機関倫理委員会が承認した第一著者の博士研究の一部である。南インドの別離や離婚をしたインド人家庭の4人の子どものPAの症状を説明するために事例研究法を使用した。2017年7月から218年6月の間に家庭裁判所がメンタルヘルス評価のために三次医療センターに紹介した事件の中から、PA基準を満足する4つの事件を、合目的的サンプリングを使用して選択した。著者らは、匿名性と機密性を維持しながら症例ファイルを遡及的にレビューし、利用可能な医療記録のみを利用したため、研究のために患者に連絡を取らなかった。
一連の症例
症例1は8歳の少女のケースである。彼女は母親と同居しており、両親が別離した後の過去6か月間は父親とコンタクトを取っていなかった。娘が自分との会話を拒否したことに関して父親が裁判所に申立てを行い、彼女はメンタルヘルス評価を受けることになった。なぜ父親を嫌うのか問うと、少女は「お父さん私を遅くまで寝かせていて、朝6時に起こしてくれないから嫌い」など、根拠のない理由を述べた。また、「お父さんは人格障害があって、最初は私を愛してくれるけど、その後に貶めるんです」など、年不相応な言い回しも使った。
症例2は9歳の少女のケースである。彼女は3年前に両親が別離して以来、母親と同居しており、休日には父親を訪問している。しかし、父親と1か月過ごした後の最近の訪問では、彼女は母親の元に戻ることを激しく拒否した。この監護権取決め違反の状況で、裁判所は子どものメンタルヘルス評価を命じた。インタビュー中、子どもは母親との関係が一切失われたことについて罪悪感を示さず、「お母さんがどう感じているかなんか、気にしてない。お母さんと話したくもない」と述べ、祖父母に対する憎しみを一般化し、「お母さんとお母さんのパパとママはいつも私に嫌がらせをしてきたの」と言った。
症例3は7歳の少女のケースである。2年前に両親が離婚して以来、彼女は母親と一緒に暮らしており、父親を訪問することを拒否していた。しかし、父親は警察官を巻き込んで訪問を強制しようと試みた。この文脈において、母親は子どもが強制的な訪問でトラウマを負ったので、メンタルヘルス評価を受けさせねばならないと主張した。全てのセッションで、子どもは母親が同席することを望み、何か発言する前に母親を仰ぎ見る様子が観察された。子どもは父親をけなして、「あの人(父親)はいつも私を殴って、誰にもそのことを話さないように言った」と述べた。母親を好むことにアンビバレンスもなく、「私はお母さんと一緒にいると凄く幸せだけど、XYZ(父親を名前で呼ぶ)が凄く怖い」と言った。更に、「私にお父さんはいません」と言い、「ただ知っているだけ。誰も私にこう言うように頼んでいません」と付け加え、それが自分の自主的な意見であると断言した。
症例4は12歳の少年である。両親が3年前に離婚して以来、彼は母親と一緒に暮らし、週末に父親を訪問していた。しかし、過去7か月間、子どもは年少の妹を含め、母親や母方の家族の他の人々に対して攻撃的かつ敵対的になっている。この文脈で、彼はメンタルヘルス評価のために連れてこられた。母子のセッションで、子どもは「あんたは悪い母親だ。僕に何をしてくれたの?」と言い、母親に対するあからさまな敵意について何ら反省の意を示さなかった。それどころか、彼は父親を反射的に支持し、見境なく承認し、「僕はお父さんと一緒にいるときだけ幸せになるんだ。お父さんを愛してます」と言った。更に、他の家族に対する敵意を一般化し、「妹(4歳)は僕のものを壊すんだ。妹が大っ嫌いだ」と述べた。
メンタルヘルス評価は、質的詳細精密検査プロフォーマを使用して行った。子どもと疎外された親との間に、その文脈に固有な対人関係問題があったにも拘らず、最初の3つの症例では、子どもに精神疾患は見られず、適切な社会的職業的機能を示していた。しかし、奨励4では、子どもの社会的職業的機能に影響を与える反抗、怒り、興奮、悪意を示し、子どもは反抗挑戦性障害と診断された。この子どもは、行動上の問題に対する個別療法と親の管理トレーニングに重点を置いた入院治療を受けた。しかし、治療における大きな障害の1つは、疎外する親の非協力と非関与であった。結果として、子どもの予後は不良だった。
考察
上記4件の症例全てにおいて、子どもの逐語的記述は、西洋の文献で強調されている、前述したGardnerのPAに関する基準と一致していた。逐語的記述は、症例1では「根拠のない正当化」と「借り物のシナリオ」のPA特性に、症例2では「罪悪感の欠如」と「敵意の一般化」に、症例3では「中傷キャンペーン」、「親に関する二分法的思考」、「独立思考者」に、症例4では「機械仕掛けの愛」と「敵意の一般化」に一致していた。また、2つの症例では疎外者が監護権を持つ母親であったことが観察された。他の2つの症例では、疎外者は監護権を持たない父親であったことから、疎外する親に関する性別による偏見は無視される。
上記の特徴を考慮し、家族法と子どものメンタルヘルスに関する国際的な専門家は、PAが子どものメンタルヘルスに悪影響を与えることに同意している⁶。Baker²によると、疎外者による子どもの搾取は、疎外された親との肯定的な交流を疎外する者に拒否されることによる損傷した自尊心、羞恥心、罪悪感、不安定なアタッチメント、それに続く大人になってからの人間関係における親に見捨てられた感と対人不信の発達など、子どもの心理的発達に長期的な影響を及ぼす。ここでは、親子間の相互作用の動力学が軽視されているため、子どもは両親のどちらかを選択しなければならない立場に置かれる。疎外者との共謀は、もう一方の親の拒絶に繋がり、子どもが両方の親との健全な関係を維持できなくなるからである。それ故、私たちはこのような機能不全の交流パターンに焦点を当て、PAを、感情的傷害やアタッチメント傷害、正常な親子関係を築く機会の喪失をもたらし、それによって将来子どもが疎外者になるリスクを高める児童虐待の一形態として分類する必要がある²ʼ³。したがって、子の最善の利益は、子どもが正当な理由なく一方の親を好むことを受け入れるより、寧ろPAを特定して介入することにあることは明らかである。
そのため、介入では、親子交流と行動シーケンスの再構築に向けてPAを概念化するために、構造家族療法アプローチを使用できる⁷。また、元配偶者に対する復讐、不安、嫉妬はPAの一般的な要因であるため⁸、カップルセラピーは、PAに対処し、健全な別れと子育てを促進するための予防メカニズムとしても機能する。これらの治療目標を達成するために、メンタルヘルス専門家(MHP)は司法制度と連携する必要がある。行動科学の原則は家族法に組み込まれている。したがって、MHPは家族法における子ども中心の規定を擁護する上で重要な役割を果たす³。これは、PAやその他の関連する構成の特性と影響について、司法制度と連携し、司法制度に理解を深めてもらうことで実現できる。これによって、次に、子どもを忠誠葛藤から守り、子どものメンタルヘルスを促進するために、協力的で一貫した子育て技術を求める裁判所が義務づけた親への治療介入が促進される。
これらの監護権事件は非常に辛辣な性質を持つため、起こりうる障害にも注意する必要がる。セラピストは、疎外者の拒否や非協力に遭遇し、治療の進展が妨げられる可能性がある。そのような場合、裁判所に子どもの監護権/アクセス権の移譲や終了を勧告することが不可欠である⁹。この分野におけるもう1つの大きな障害は、その認識不足である。これは、殆どの子どもMHPが、親に対する子どもの拒絶は虐待やネグレクトによるものだと考えているためかもしれない。
本研究が含む症例数は限られているものの、本研究は南インドの三次医療センターに通う子どもたちのPAの特性に関するエビデンスを提供する新しい試みである。この現象を説明することは、MHPが臨床現場、特に子どもの監護権事件において、その兆候を特定するのに有用である。故に、ICD分類に基づくと、ICD-11 のコード QE.52 に従って、PAは監護者と子どもとの関係の問題として報告できる¹⁰。
結論
本研究は、インドではPAが研究されていない厳しい現実を示している。しかし、インドでは離婚率とそれに続く監護権紛争が増加しており、MHPはPA事件を特定し、通知し、介入する必要がある。これらの症例は、子どものメンタルヘルスに影響を与える他の離婚後の問題とは関係のない明確なPAの特徴を示した。PAが症候群であるかどうかについては議論や論争があるものの、PAは「疎外する」親と「疎外される」親の間で子どもが三角関係に陥る機能不全の家族関係の問題であることを認めざるを得ない。したがって、PAは単に監護権の問題ではなく、子どもの保護と子どもの権利の問題であることを認識することが不可欠である。故に、今後の研究は、PAの体系的かつ実証的な理解と、関係する子どもの最善の利益とメンタルヘルス康を守るためにインドの司法制度に組み込まれる予防的および治療的枠組みの開発に焦点を当てねばならない。
利益相反の宣言
著者は、本論文の研究、執筆、かつ/または出版に関して潜在的な利益相反がないことを宣言した。
資金提供
本研究は、機関倫理委員会(参照番号:NIMH/DO/IEC(BEH.Sc.DIV)/2018)が承認し、大学助成委員会(参照番号:1299/2015.6)が資金提供した第一著者の博士研究の一部である。
参考文献
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著作権
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[訳者註]アンビバレンス ambivalence
心理学用語で「両面価値」「両価性」「両面感情」などと訳される。同じ対象に対して相反する感情や態度、思考などが存在することを指す。たとえば、愛情と憎しみ、喜びと悲しみ、希望と絶望など、2つの感情が同時に存在する状態。
[訳者註]合目的的サンプリング purposive sampling
有意抽出、意図的サンプリングとも訳されている。研究者の知識と判断に基づいてのみサンプルメンバーが選択される非確率的サンプリング手法の1つで、特定の条件・特徴に着目してそれらの標本平均が母集団の真の平均と同一になるよう抽出する。
(了)