ぼくの童貞が奪われたはなし


高校2年生の初夏の話。


当時より遡ること約半年。

はじめてできた彼女を寝取られた僕はそれを引きずっており、

初夏の清涼感と反して鬱々とした気持ちで日々を送っていた。


そんな日々の中で僕にとって人生のターニングポイントになった日。

その日は、いつものように親友のMの家に入りびたり、

もう何度読んだか分からない週ジャンのページをめくっていた。

そんな中、Mの口より朗報が入る。


「お前の好きなバンド、今度高松でライブやるらしいよ。」



少し話が逸れるが、親友のMとは、高校に入ってから知り合った仲だ。

彼とは好きな音楽の趣味が同じで、お気に入りの曲を紹介し合うのが習慣となっていた。

岡山の最南端に位置し、四方を海と山々に囲まれた田舎町で過ごす僕たちにとってそれは、

場所やお金を必要としない恰好の娯楽だった。


話を戻そう。

僕の大好きなバンドのライブ。

相場としてチケット代が4,000円前後、そして高松までのフェリー代が往復1,400円。

当時、月5,000円のお小遣い制だった僕にとっては手痛い出費だ。

ただ、ライブ童貞だった僕はライブに謎の憧れを持っており、

「ライブに行けば今の鬱々とした気持ちも吹き飛ぶのでないか。」

「何かが変わるのではないか」

と、期待をしてしまった。

そんなことを短い時間で思案した後、「そうなんだ」と素っ気ない返事をした。

その後のMの家からの帰り道、なけなしのお小遣いを握りしめてローソンでチケットを買った。

この時のことは、今でも鮮明に覚えている。


そして、当日。

歩かずともうっすら汗をかく程度には日差しの強い日だった。

はじめてのライブに心を躍らせながらフェリーに乗り込む。

ガラケーにコンビニで買った安いイヤホンを挿し、音楽を聴きながら気持ちを上げる。

お気に入りのプレイリストの再生が終わる前にフェリーは高松に到着した。


フェリーから降りてしばらく歩くとライブ会場に到着。

入口でチケットを見せる。

どうやらチケット代のうち500円はドリンク代だったらしい。

当時イキり学生だった僕はここで金麦をチョイスし、一気に飲み干した。

……これがいけなかった。

今でこそいくらか飲めるようになったが、

当時の僕はほろよいを少し飲むだけで出来上がってしまう下戸中の下戸。

べろんべろんの状態でライブが始まる。


アンプから放たれるベース音やドラムの音、ボーカルのシャウトを浴びながら、思いきり叫んで頭を振っていたら、

ライブはあっという間に終わりを迎えた。


そして会場を出る前。

お酒が抜けきっておらず、半ば酸欠になっていた時に事件が起きる。


???「おひとりですか?」


― 逆ナンってやつか? ―

当時童貞だった僕は理解が追い付かなかった。

声の主に顔を向ける。

女だが、明らかに年上だ。

しかしながら、ライブハウスのライトの下では、それが逆に色っぽく見えた。


「はい、そうですけど。」

僕は緊張を隠しながら敢えてこなれているように振舞った。

「この後打ち上げみたいなのしたいと思っているんですが、どうですか?」

そう聞いてくる女に対し、あくまで紳士的に返す。

「いいですね。他に誰か?」

女が言うには、他には特に決まっていないらしい。

他の観客は次々と会場を後にしており、今更捕まりそうにない。

ということでふたりで行くことになった。


女の車に乗せてもらい、市街地にあるチェーンの居酒屋へ。

当時未成年だった僕は居酒屋に入ることが初めてだったので、高揚していた。


席に着き、女は生絞りレモンサワーを頼んだ。

僕も同じものを、と。


お酒を待っている間、

ライブハウスより少し明るい店内で女の顔を改めて見る。

……おかしい。

ライブハウスで声をかけてきた妖艶な年上女性の姿はそこにはなかった。

その容貌からは、母親と同じか、もしくはそれ以上の年齢であることは明らかだった。

回らなくなった頭が違和感を処理することを阻むかのようなタイミングでお酒が来る。

女は、「女性は力が弱いんだから、こういった飲み物が来たときは男性がフルーツを絞ってあげるものなのよ」と言いながら、レモンとスクイーザーを寄こしてきた。

そのセリフに違和感を覚えつつ、絞ったレモンを彼女のグラスに注いだのち自分のお酒も同様に処理し、乾杯。

そこからの記憶はない。


頭痛と異様な心拍音に気付き目を覚ましたら、見知らぬ天井がそこにあった。

居酒屋よりはだいぶ暗い。

ここはどこなのか。それを考える必要はなかった。

目下に答えたあったからだ。

―女だ。―

女の顔が目下で上下している。


ここから先のことは、あまり思い出したくない。


色々な意味でぐったりした僕を見た山姥は、「かわいい」と言い残し、部屋を後にした。

しばらく経って戻ってきた彼女が振舞ってくれたたにゅう麵は、

おばあちゃんのような優しい味がした。


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