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「座敷わらしの話」宮沢賢治

この文章は、原文をちょっとだけ簡単に直しています。「やさしい日本語」ほど簡約かんやくせず、原文をなるべく残したままで、長い文を区切ったり、語順を入れ替えたりして読みやすくしています。

朗読音声:https://youtu.be/1s40X4J1Xy8


 ぼくらの地方の、座敷ざしきわらしの話です。

 外が明るい昼間、みんなは山へ働きに出かけていました。子どもが二人、庭で遊んでいました。大きな家にだれもいませんでしたから、辺りはしんとしています。
 ところが家の、どこかの座敷で、ざわっざわっとほうきの音がしたのです。
 二人の子どもは、お互いの肩にしっかりと手を組みあって、こっそり行ってみました。でも、どの座敷にも誰もいません。かたなの箱もひっそりとしています。ヒノキで作られた垣根かきねが、とても青く見えるだけで、誰もどこにもいませんでした。
 ざわっざわっとほうきの音が聞こえます。
 遠くのモズの声か、北上川の流れる音か、どこかでまめ選別せんべつしているのか、二人でいろいろ考えながら、だまって聞いてみました。でも、やっぱりどれでもないようでした。
 確かにどこかで、ざわっざわっとほうきの音が聞こえたのです。
 もう一度こっそり、座敷をのぞいてみましたが、どの座敷にも誰もいません。ただお日さまの光だけが辺りいちめん、明るく降り注いでいました。
 こういうのが座敷わらしです。

「大道めぐり、大道めぐり」
 一生懸命いっしょうけんめい、こう叫びながら、ちょうど十人の子どもたちが、両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷の中をまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお祝の会に呼ばれて来たのです。
 ぐるぐるぐるぐる、まわって遊んでいました。
 するといつの間にか、十一人になりました。
 知らない顔はひとりもなく、同じ顔もひとりもありません。それでもやっぱり、何回数えても十一人いました。その増えた一人が座敷わらしなのだぞと、大人が出て来て言いました。
 けれども誰が増えたのか分かりません。みんな、とにかく自分だけは、絶対に座敷わらしじゃないと、一生懸命目を見張って、きちんと座っていました。
 こういうのが座敷わらしです。

 それからまたこういうのです。
 ある大きな本家ほんけでは、いつも旧暦きゅうれきの八月のはじめに、如来にょらいさまのお祭りで分家ぶんけの子どもたちを呼んでいました。でも、ある年その一人の子が、はしかにかかって休んでいました。
「如来さんの祭りへ行きたい。如来さんの祭りへ行きたい」と、その子は寝ていて、毎日毎日言いいました。
「祭りを延期するから早くよくなれ」本家のおばあさんが見舞いに行って、その子の頭をなでて言いました。
 その子は九月によくなりました。
 そこでみんなは呼ばれました。ところが他の子どもたちは、いままで祭りを延期されたり、見舞いになまりうさぎをとられたりしたので、少しもおもしろくありませんでした。
「あいつのためにひどいめにあった。もう今日はあいつが来ても、絶対に遊ばないぞ」とみんなで約束しました。
「おお、来たぞ、来たぞ」みんなが座敷で遊んでいたとき、突然一人が叫びました。
「ようし、かくれろ」みんなはとなりの、小さな座敷へけ込みました。
 そしたらどうです。その座敷の真ん中に、今やっと来たばっかりのはずの、あのはしかになった子がいました。すっかりやせて青ざめて、泣きだしそうな顔をして、新しいくまのおもちゃを持って、きちんと座っていたのです。
「座敷わらしだ」一人が叫んで逃げ出しました。みんなもわあっと逃げました。座敷わらしは泣きました。
 こういうのが座敷わらしです。

 また、北上川きたかみがわ朗妙寺ろうみょうじのふちの渡し守わたしもりが、ある日わたしに言いました。
「旧暦八月十七日の夜、おらは酒のんで早く寝た。おおい、おおいと誰かが向こうで呼んだ。起きて小屋から出てみたら、お月さまはちょうど空のてっぺんだ。おらは急いで舟だして、向こうの岸に行ってみたら、紋付もんつきを着て刀をさし、はかまをはいたきれいな子どもだ。たった一人で、の白いのぞうりもはいていた。渡るかと言ったら、たのむと言った。子どもは乗った。舟が真ん中あたりに来たとき、おらは見ないふりしてよく子どもを見た。きちんとひざに手を置いて、空を見ながら座っていた。
 お前さん今からどこへ行く、どこから来たって聞いたら、子どもは可愛い声で答えた。そこの笹田ささだの家にずいぶん長くいたけれど、もうきたから他へ行くよ。なぜ飽きたねって聞いたら、子どもはだまって笑っていた。どこへ行くねってまた聞いたら、更木さらき斎藤さいとうへ行くよと言った。岸についたら子どもはもういなくて、おらは小屋の入口に座っていた。夢だかなんだかわからない。けれどもきっと本当だ。それから笹田ささだはおちぶれて、更木さらき斎藤さいとうでは病気もすっかり直ったし、息子も大学を卒業できたし、めきめき立派りっぱになったから」
 こういうのが座敷わらしです。


原文:宮沢賢治「ざしき童子のはなし」
青空文庫:https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/card2656.html
ちょっぴりやさしい日本語訳:じんけいこ
朗読音声:https://youtu.be/1s40X4J1Xy8

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