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【エッセイ】こレが私の望んだ「ココロ」?

いつからだろう。
自分の声が聞こえなくなったのは。

子供の頃よく一人で話すねって親に言われたことがある。
自覚は無かったもののそうだったのかもしれない。
一人っ子は独り言が多いという。
かくいう筆者もその一人である。

子供の時の話相手は持っているおもちゃか親の知り合い。
田舎で子供も少なく、保育園のお友達も親に送迎をしてもらわないと行けないような距離ばかり。
親も仕事があるので日中は祖母と二人きりが多い。

そのような環境で目の届く範囲となるので、どうしても家で遊ぶ事が多い。
とはいえ遊ぶことも体力がいるので、祖母は早々にテレビを見る。
そこから一人遊びが始まる。

今となると何をしていたかは覚えてはいない。
ゲームというものが来るまでは特に覚えていない。
ただその時はぶつぶつ何か言いながら遊んでいたようだ。

そこからも時々言われていた。
忘れた頃に
「独り言多いよな。」
「それは話しかけてる?独り言?」
といった形だ。
なるほど。やはり多いようだ。

数年前に働いていたバイト先で

「頭の中整理してるんやろな。」

と言われた。
そうかもしれないし違うかもしれない。
他人がどうしてるかは分からないのでそれはわからない。


最近気づいたことがある。
独り言が減っている。

思っていても声に出さないようにしているようだ。
出さないが故にこういった媒体で書き記したいのだろうか。

そんな時とある記事を見た。
セルフトークとその言葉についてである。
セルフトークとは言わば独り言だ。

効果など気になった方は調べてみて欲しい。
自分が生きづらくなったのは独り言をしていないせいかもしれないと感じた。

ここ数日は声を聞くようにしてみた。
最初は実際の行動を口に出すだけだったが、少しずつもう一人の僕が出てくるようになった。
幻聴などに近いかもしれないがそれは違う。
ちゃんと対話している。

社会に適応する過程で自分を無視していたのかもしれない。
悪かったな、無視していて。

また一つ世界の見え方が変わった気がした。
これからの世界は何色になるだろう。

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