見出し画像

秋めく島

9月になり、島は一気に秋めいてきた。
朝晩はぐっと冷え込み、昼との気温差に驚かされる。
特に夜は、風が強い。
遮るものが何もないから、島の風は容赦なく吹き付ける。
ふと窓の外を見れば、風や波の音はするのに海は真っ暗で何も見えない。
近所のセイコーマートだけが、煌々と光っている。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

昨日、仕事が早めに終わったので、歩いて行ける距離にある岬に登ることにした。
道は険しいが短時間で登れるルートと、なだらかだが遠回りになるルートと、2パターンあった。
私は怪我をしてはいけないと思い、易しい方のルートを選択した。
しかし、思っていたよりも道のりは険しくて、ひいひい言いながら登る羽目になった。
しかも、振り向くとそこは断崖絶壁。
思わず息を呑む。
勤務先で奥さんが、「天気も良いし、風も弱いし、登るには良い日だよ!」と言っていたので今日に決めたが、確かに風が強ければより危ないなと思った。
島には日本百名山に数えられる山があるが、それとは比べ物にならないくらいこの岬の標高は低い。
それでも、「大変だ」と感じたということは、本当の登山というものはどれほど大変なのだろうかと思った。
島に来てからというもの、登山に来たという旅人と何人か話す機会があったが、皆大きなリュックを背負い、健康そうな身体付きであった。
私は毎朝散歩がてら外へ出てその山を眺めているが、頂上からの景色はさぞ美しいことだろう。
さすがに登る予定は無いが、天気の良い日、山頂に雲がかかることなくその姿を拝めると、無条件に嬉しい気持ちになる。
今日も1日頑張るか!というふうに。

頂上まで登る途中、灯台を経由した。
「恋する灯台」というものに認定されているらしいこの灯台は、真っ白でこぢんまりとしていて、可愛らしかった。
LOVEと書かれたプレート付きのベンチがあり、写真スポットとなっていた。
島には「白い恋人」のパッケージの聖地もあるし、なんだかおひとり様に厳しい気がする。
いつか恋人を連れてこの島に戻って来ることができたら良いなと、灯台を眺めながら思った。

整備されていない、岩だらけの細い道をなんとか登りきり、頂上まで辿り着いた。
そこからの景色は、思わず感嘆の声が漏れるほど素晴らしいものだった。

私が住んでいる街が一望できる。
勤務先兼自宅も見つけた。
大きな建物なのに、とても小さく見える。
太陽に照らされた海がきらきらと光っていた。
高い建物の無い島、美しい水平線。
360度、どこを向いても絶景である。
いつも窓から眺めていた岬のてっぺんに、私はいるのだ。
地元である青森に住んでいる時は、山登りどころか、このような小高い岬に登るなんてことも無かった。
だから、自宅から歩ける距離にこんな展望台があるなんて、とても贅沢なことのように思えた。
住んでいる人からすれば特別なことではないのだろうし、何回も登れば感動も薄れてしまうのかもしれない。
けれど1ヶ月だけ島に住む私にとっては、この景色はとても素晴らしいと感じた。
夕方になれば、この水平線に日が沈んでいくのだろう。

なんと、同じく青森から来たというおじさんに出会った。
頂上は意外と人がいて賑わっていたのだが、気付けば私とそのおじさんだけになった。
勢いで話しかけると、なんと同郷だったのである。
元社会科の教師だったというおじさんと、青森トークを楽しむ。
島にいるのに、地元のイントネーションで地元トークが出来るだなんて、不思議だった。
頂上は風が強くて身体が冷えてしまったので、私はおじさんに別れを告げ、降りることにした。
足を挫かないように気をつけることに必死で、景色を楽しむ余裕は無かったが、無事に降りられてよかった。
美しい景色と、偶然の出会い。
重い腰を上げて登ってみて良かったと、しみじみ思った。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

ここで少し、ご飯の話をしようと思う。
勤務先の賄いは美味しい。
突然海鮮丼が出たり、しかもそれにウニが乗っていたりする。
貝の出汁の効いたカレーや、天ぷら蕎麦や、奥さん特製のチャーハン。
とても幸せなのであるが、糖質過多、野菜不足が気になるところだ。
そこで、私は島を歩いて安く食材が買えるお店を探している。
これがまた、楽しい。
お、ここはあそこより20円安いぞ!だとか、ここは納豆は安いけど野菜は高いな…だとか、まるで島に住む主婦のようだ。
野菜、魚、大豆製品、卵、海藻類を買ってきては共用の冷蔵庫に入れていく。
やはり、青森で毎日のように食べていたものを食べると、安心するのである。
人にご飯を作ってもらい、それを食べることはとても幸せだが、自炊が大好きな私は、そろそろ自分で作ったご飯が食べたいのも事実だ。
青森に帰ったら、作りたいものをたくさん作って、溜まりに溜まった料理欲を発散させようと思う。
帰りは札幌を経由し、観光してから青森に帰ろうと思っているので、そこで美味しいものを食べるためにも、島での健康管理には気をつけて行きたい所存だ。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

仕事終わり、大好きなカフェで一服。
美味しいカフェラテを飲み、奥さんとスタッフの女の子に仕事の話を聞いてもらい、心も身体もリラックスモードに入る。
夕方なのにカフェインを摂ってしまった!と焦ったけれど、毎日早起きしているし、日中身体を動かしているので眠れるであろう。
なんだか、すっかり島に馴染んでしまった。
落ち込むことも、寂しくなることも多くあるけれど、島に来て良かった。
明日は、大きな客船が港に現れる予定だ。
それに乗ってくる観光客たちが、私の働くお店にやってくるのだ。
天候や風邪によっては引き返すことになるので、どうか無事に来れますようにと祈って、今日は眠ろうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?