重なる日常【本紹介】
最近、とても素敵なエッセイに出会ったので、今日はそれを紹介したい。
私は21歳から22歳の2年間、盛岡に住んでいた。
そして青森に帰ってきた今、よく行くブックカフェでこの本を見つけた。
タイトルは、「虎のたましい人魚の涙」という。
著者はくどうれいんさん。
岩手県盛岡市在住の作家さんである。
実は、盛岡に住んでいた時からお名前は知っていたのだが、実際に読んだことはなかった。
この1冊を読み終えて、ああ、なんでもっと早くに手に取らなかったんだろうと、激しく後悔した。
盛岡から離れた今この本を読んだことで、なんだか猛烈に、盛岡が恋しくなっていた。
※以下、ネタバレ注意
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住んでいたからだが、知っている場所がたくさん出てきて、読んでいてとても楽しい。
あ、れいんさんもこのバス停を使ったのか、ここで買い物をしたのか、もしかしたらすれ違っていたかもしれないな…などと妄想が膨らむ。
盛岡に住んでいた頃は何とも思わなかった街並みも、れいんさんが書くと、また別物のように、魅力的に感じるから不思議だ。
「虎のたましい人魚の涙」というタイトルの由来でもある久慈琥珀のお店で、ピアスを衝動買いするエピソードは、「なんて素敵」と心揺さぶられた。
琥珀とは、数千万年から数億年前、地上に繁茂していた樹木の樹脂が土砂などに埋もれ、化石化したもの。
岩手県久慈市は、世界有数の琥珀産地なんだそうだ。
独特の色合いが絶妙に美しく、歴史の結晶とも言える琥珀は、ピアスとしてでもキーホルダーとしてでも、日頃から身に付けたくなる気持ちにさせられる。
盛岡駅の中に、久慈琥珀のアクセサリー屋さんがある。
決して広くないスペースではあるものの、そこだけ異空間のような、立ち入り難い雰囲気があった。
私は一時期、盛岡駅のすぐ近くにアパートを借りていた。
だから、その頃盛岡駅は毎日のように通っていたし、そのお店があることも知っていた。
しかし、れいんさんと同じように、「高いんだろうな」と思って素通りしていた。
自分には関係のない世界だろう、と。
しかし、久慈琥珀のアクセサリーたちは、思っていたよりも手の届くお値段だった。
お店のスタッフと会話したのち、1度は退店したものの、お金をおろしてお店に戻り、れいんさんは約8,000円のピアスを衝動買いするのである。
琥珀には、「虎のたましい」や、「人魚の涙」という意味があるそうだ。
普段素通りしている景色の中にも、私が知らないだけで、知ろうとしなかっただけで、まだまだ面白いものがきっと隠れている。
そこで立ち止まり、足を踏み入れてみると、また新しい世界が見つかるのかもしれないな、と思った。
私も欲しくなって調べてみると、青森にも久慈琥珀を売っているお店があった。
でも私はまた盛岡に出向いて、あの駅中のお店で買えたらいいなと思った。
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23編のエッセイが集まっているこの本の中でも、特に好きなエピソードをいくつか紹介したい。
まずは、「うどんオーケストラ」というお話。
「うどん」とだけ書いてあるシンプルな看板のうどん屋のうどんが、安くて美味しくて後払いで、それがとてもクールでカッコよかったとのこと。
れいんさん自身も、このうどん屋のように、誰かに何かを言われようと、「作家」と名乗り、自信を持って淡々と書けばいいのだと、そう書かれていた。
うどん屋の看板から、ここまで世界観を広げ、自分の生き方にまで落とし込めるのは、すごいと思った。
芥川賞にノミネートされて、その結果を待つ時間の苦しさ、葛藤も織り交ぜて書かれている。
この人も決して強くなく、同じ人間なのだと、勝手に親しみを持ってしまった。
お次は、「あっちむいてホイがきらい」というお話。
大学生だったれいんさんの、恋と呼んでいいかわからないが、おそらく恋であろう何か、のお話だ。
若さゆえの儚く脆い、恋と呼んでいいのかもわからないようなあの感情をそのまんま、れいんさんの文章で書かれている。
きっと誰しも経験のある、恋愛未満のあの感覚を、リアルに言語化してくれているのだ。
それにしてもれいんさんの書く文章は、梨のように瑞々しく、彩度が高い。
こんな文章を、いつか私も書けるようになりたいと思った。
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このエッセイに、著者のくどうれいんさんにとても惹かれてしまった私は、すぐにSNSをフォローした。
Instagramの投稿やストーリーには、盛岡の街がいくつも現れた。
懐かしさも感じたが、そうそうこれこれ!とすぐに盛岡にいた時の記憶が蘇る。
美味しい冷麺のお店や、あの喫茶店の期間限定メニュー。
私の知らない盛岡も、きっとれいんさんはたくさん知っていて、私はれいんさんを通して、再び盛岡を知ろうとしている。
今度盛岡を訪れる際には、れいんさんお勧めの場所はもちろん、住んでいた頃には身近すぎて行かなかった場所に、あえて行ってみようと思う。
https://www.instagram.com/0inkud0/
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こんなにしんどいのは、こんなに不器用なのは、こんな気持ちを抱えているのは、私だけじゃないんだと思える。
よし、もうちょい頑張るか、と少し元気が出る。
このエッセイは、心がへとへとの夜に、そっと優しく寄り添ってくれる。
盛岡での私の日常と、れいんさんの日常。
同じ時を、悩んで、泣いて、笑って、転んでも立ちあがろうとして、そんなふうに生きていた。
こんなことを考えるのは少し厚かましいかもしれないけれど、もしかしたら、辛かったあの日に、私たちは同じ空を見上げていたのかもしれない。
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