「万物の黎明 人類史を根本からくつがえす」ものすごい本が出版されたものだ!!
「万物の黎明 人類史を根本からくつがえす」
デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ〈著〉 酒井隆史 訳
これまでの人類史を完全に覆された本が出版された。『ブルシット・ジョブ』で有名になった人類学者デヴィッド・グレーバーと考古学者のデヴィッド・ウェングロウの共著である本書だ。643ページもある(訳者の酒井隆史氏の解説も含む)大著を前にして読者は尻込みしてしまうかもしれない。そういう人には、訳者の酒井隆史氏の解説から読まれることをお薦めしたい。この大著についてとやかく言うことは、わたしの力が全く及ばないことなので、とりあえす朝日新聞23年11月11日の前田健太郎氏の書評を引用したい。本書を手に取られることを強くお薦めしたい。
西洋の中心で文明観の反省迫る
数年に一度、人類史の全体像を提示する本が現れ、国際的なベストセラーとなることがあ る。原書が2年前に英語で刊行された本書も、その一冊だ。副題を見て『サピエンス全史』のような本を思い浮かべるかもしれないが、その印象は裏切られるだろう。人類学者と考古学者の手で書かれた本書は、このジャンルの前提に正面から挑戦する。
その前提とは、人間社会が一定のパターンに沿って進化するということだ。典型的には、小規模で平等な狩猟採集社会が、定住農耕による生産力の向上を経て、階級格差を伴う大規模な国家へと発展する。
本書によれば、こうした思考は西洋人の偏見にすぎない。近年の考古学は、農耕が始まる前に巨大な都市が築かれたことを示す遺跡など、従来の先史時代のイメージに反する事例を数多く発掘してきた。また、人類学は、一般的には「未開」だと見なされる人々の暮らす社会が、実は極めて豊かな多様性を持つことを明らかにしてきた。
ここに浮かび上がるのは、固定化した生き方に縛られない自由な人々によるダイナミックな社会実験の場としての先史時代だ。隣の地域の人々が身分制を敷くのであれば、自分たちは身分を作らないことで差異化する。今の土地が住みにくければ、遠くに移動して別の人々と共に新たな社会を作る。他人の命令に従わず、他所に移動できる自由を持つ人々の間では、格差は
固定化しにくい。男性と女性の地位も、相対的に平等だった。
だが、こうした自由はヨーロッパやアジアでは消滅していく。その例外が、ユーラシア大陸と接触を持たなかったアメリ力大陸だった。そして15世紀以降、アメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人は先住民と遭遇し、その自由な生き方に驚く。先住民の政治思想がヨーロツパの身分制社会を揺るがすことを恐れた啓蒙思想家たちは、自らをアメリカよりも進んだ文明として位
置づけようと試みた。そこから生まれたのが、狩猟採集社会から農耕社会に向かう進化論モデルだったと本書は見る。
日本を含む世界各地の事例を渉猟し、社会を変革する能力として人間の自由を捉え直す本書は、西洋中心主義的な文明観に反省を追る。´興味深いのは、そんな本がまさに西洋社会の中心に現れたことだ。それは、一面では格差の拡大に伴う閉塞感を反映するものだが、同時に他の文化圏の思想を広く吸収して発展の糧としてきたエネルギーを感じさせる。著者たちの意図はどうあれ、本書のような作品が生み出される限り、今後も西洋社会は光を放ち続けるだろう。
評・前田 健太郎
東京大学教授・行政学