
今野敏の警察小説は、たぶんいないだろうと思える刑事やキャリア警察官を主人公にしているからおもしろい。
今野敏の警察小説で「隠蔽捜査シリーズ」を取り上げたが、今回は「警視庁捜査1課 樋口顕」シリーズを取り上げたい。最新作『無明』では、所轄の刑事が自殺だと断定した事件を警視庁本部の警部が覆すという現実ではありえない設定の小説だ。いくら警視庁本部の捜査官といえども、所轄の案件が自殺と断定した案件を亡くなった家族がそう考えていないという情報をつかんだからと言って、捜査のやり直しをするということは警察社会では絶対にありえない。しかし、それを主人公たちにやらせてしまうところに今野敏という小説家の人気と非凡さがあると思える。
主人公の樋口顕は、自分のことを争いが嫌いな人間だと思っている。だから、捜査においても周りの目を意識して自分の主張をなかなか言わない。そのことによって、本人のおもいとは逆に周りからは慎重で頼りになると思われている。自己主張が強くて「オレが、オレが!」という人間が出世していく光景は警察だけでなくこの世の中では、よく見られる光景だ。体力がなくてすぐ休みたがるヤツは、体力があってガンバれるヤツによってバカにされるということは、会社組織だけではなく反体制的な組織(労働組合や社会運動)においても珍しくない。
警察においては、事件が起きて特捜本部ができたりすると不眠不休で捜査員は動いているようだが、現実には適度な休息をとらないと長くはもたないし、判断に誤りが生じることもある。彼らも体力はある方だが、それぞれ現場で休息をとっているようすも描かれている。
ともかく、今野敏がその作品から読者に投げかけている問題提起はこの社会全体に対して意味があることだとおもう。