大津絵 民衆的諷刺の世界
大津絵の筆のはじめは何佛 芭蕉 1691.1.4(元禄4年正月4日)
ゴッホ、モネやマネが「浮世絵」に魅了されたように、ピカソのコレクションであったり、ミロも心を奪われた江戸時代のベストセラー「大津絵」は、当時は「浮世絵」とともに人気を博していました。描かれたのは庶民がふつうに思い描くキャラクターでした。江戸時代の「ゆるキャラ」は、その誇張した表現に、日本の漫画のルーツの一辺を見ることができます。「大津絵」は「浮世絵」と同じく手軽に庶民が買い求め、娯楽として生活のなかに取り込まれていました。
今の人たちが「漫画」を見るように、無名の絵師がその場で素早く描く大胆な線、単純な描写による表現に本質を捉える「キャラクター」の魅力に人気がありました。風刺と教訓をもって人々の心をつかむ技は、「心の表現」と「言葉のない風刺」として、ユーモラスな表現を印象づけました。安価な絵のため、素材や筆や色が限られたなかで余分なものを省略し、気負いのない表現美になっています。それがかえって見る者に温かみのある、親近感の沸く戯画に成り得たのだろう。特に「遊戯性」に溢れ、人間のおごりや愚かさに対するポップカルチャー的ユーモアが感じられます。
描かれているのは、鬼、神様、仏様、弁慶や天狗、奴や猿回し、藤娘、花売り娘、鳥獣(神馬、猿、狐、鼠、猫、鯰、狸、虎、鷹、鷲、鶏…)などでした。「大津絵」の本領は世俗画にあります。もっとも象徴的な画題は地獄から生まれた怪物の鬼です。「鬼の念仏」鬼が念仏を唱えて勧進僧に為りすます大津絵の代表する画題は、大津絵の店の看板になるほどのものでした。鳥獣が「ゆるキャラ」になっているものが多く、道理を捻くって享受している風です。トップ画像の「猫と鼠」は、天敵との酒盛りをギャグ化したユーモラスな戯画ですが、このひとコマには人間の行動を風刺する道歌が添えられていますが、絵柄そのものからメッセージをインパクトのあるものにしています。パブロ・ピカソが惹かれたのも、その素朴なゆえの強烈さではなかったろうか。
江戸で生まれた「浮世絵」は、「大津絵」と同時代の民画ですが、ヨーロッパで高い評価を受け、「美術品」として一級のものとなりましたが、素朴で無銘の「大津絵」は、海外での流通も少なかったのです。「大津絵」は観賞のための美ではなく、機能美にこそ存在感を見出す戯画であり、パロディ旺盛の表現媒体でした。芸術家 岡本 太郎氏は、形式主義によって「全人間的な無条件のよろこび」を失った現代の美術界を問い直す、素朴に見えながらも「強烈な自由さ」をもって描かれる「ヴァイタリティ」、軽やかさのなかにある「不思議な強さ」をもつ「大津絵」を絶賛していました。
大津絵は決して原始的な絵画ではありません。そこには民衆の機智があるのです恐らくかかる諧謔を含めた寓意の絵が当時の平民に許された社会批評の唯一の方便であったでせう。 柳 宗悦『大津絵の話』1929
大津市歴史博物館 大津絵壁紙2021
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