『新しい裏方』の仕事 新しい音楽の学校 nsom #2
先日から聴講生としてジェイ・コウガミさん、柳樂光隆さん、岡田一男さん、若林恵さんがボードメンバーを務める「新しい音楽の学校」に参加している。音楽業界で働く人々やそれを支える人々を中心に最新の動向を見ながら「課題」を見つけ、「解決策」を考え、時代に沿う「新しい音楽ビジネス」や都市経済のありかた、エコシステムを考えていこうというのが講義の全体の趣旨である。
今回はジェイ・コウガミさんの第1回「『新しい裏⽅』の仕事:再定義される⾳楽ビジネスのプロフェッショナル」から考えたことや感じたことを書いてみる。講義を通じて音楽業界の人じゃないからこその素人目線で何か発見が見いだせればすごくラッキーなことだと思う。
LaaS(label-as-a-service)を考える
本講義で際立っていたのは"LaaS(label as a service)"というビジネスモデルの有り様である。フィンテック界隈を賑わせているBaaS(Bank-as-a-Service)や物流クライシス解消の一翼を担うといわれている本家のRaaS(Robot as a Service)、自動運転やカーシェアリングなどを組み込んだMaaS(Mobility as a Service)などと同様にいわゆるインターネットを活用したクラウドモデル、複数のサービスを統合的に組み合わせて作り上げるサービス体験といった意味合いになる。
これらの用語はもともとはIaaS(Infrastructure as a Service)やSaaS(Software as a Service)というネットワークインフラやソフトウェア、プラットフォームなどをインターネット上のサービスとして提供するというクラウド利用形態に端を発している。サービス統合的な意味合いでのXaaS乱立の流れが音楽業界にも押し寄せ始めているということだった。
具体的には「契約」「権利処理」「マネジメント業務」などカテゴリ分けされた専門性の高いサービスを共有・分業していくことで売り上げやリスクをレベニューシェアし、分散型かつ統合型のビジネスに変容していくということだと理解した。ある意味専門性が高く、レコード会社が人力で行っていた業務を一度棚卸しした上で、ITベンチャーの力や他業種の力も借りながら分業していくといったイメージに近いと感じた。
聞いていて感じたのはBaaSのようにAPIを開放してIT分野の革新的なゲームチェンジャーを求めたり、RaaSやMaaSのように自動化、ロボットやAIの力を借りて圧倒的なコスト削減を実現するというようなものではなさそうということ。どちらかといえばプラットフォームやシステムを上手く共用すること、分業をして個々の負担を減らすことである意味でレコード会社の頭でっかちになってしまっている商流ビジネスを変革していこうという願望や思いのようなものを感じた。自動化し得る業務プロセスや専門性を伴う業務が多い音楽業界の中で、大きく革新的なゲームチェンジャーが現れることでビジネスモデルそのものが変わっていく予感もした。それがAppleやSpotifyやGAFAといった既存のビジネスモデルをディスラプトするプラットフォーマーの出現によるものなのかもしれない。。
ケンドリックラマーとセルフマネジメント
マーベル映画の「ブラックパンサー」のサウンドトラック監修と映画をイメージしたコンピレーションアルバムの製作をケンドリックが担った事例。
アメリカで行われた大学アメフトの全米一を決める「カレッジフットボール・プレーオフ」のハーフタイムショーでケンドリック・ラマ―がパフォーマンスを行った事例。
本人のセルフブランディングの意向や姿勢も感じられるこれらの事例から、レーベル側がブッキングしているブランドいわゆる単純なメディアミックスの時代は終わろうとしているのではと感じた。音楽×ファッション、音楽×映画というような単純な組み合わせではなく、アーティスト側も掛け算に応じてアウトプットの形を変えていくことが求められていくのでは。
歌やライブだけがそのアーティストの指標である時代から「ケンドリックラマー」そのものの価値やメディア性というものにスポットが当たる。メディア性やのあるアーティストが希少に扱われ、いわゆるブランド価値をアーティスト自身に見出していくことになっていくのではないか。ここでアーティスト側のセルフブランディングの重要性も出てくるだろう。レーベルの意向だけで仕事をするのではなくアーティストがどうセルフマネジメントをしていくかという点でアーティスト側の決定権、自由度も広がっていくように感じた。
アーティストの7割が精神病?!
インディーズアーティストを対象にメンタルヘルスの調査を行ったところなんと全体の73%が精神的なストレスや不安プレッシャーなどから精神障害のリスクを抱えているという調査結果。アーティストを支援する「Record Union」の調査で明らかになったという。
「不健康」「ドラッグ」といったイメージが先行するアーティストだが経済的な苦しさや不安などからくるメンタルヘルスの問題も大きいだろう。まともに社会生活ができていたらいい曲は作れないみたいな通説もあるにはあるが、どう健康管理を支援できるかという観点も今後の音楽業界を考えるうえで重要なキーになりそうである。例えば遠隔でのメンタルケアや金銭面でのサポートなど、この分野の課題は見えにくいだけに根が深いように感じる。経済的な側面で言えば支えているファンが音源を聴く、ライブに行く以外で金銭的なサポートを直接アーティストに対して施すことができるような座組み(例えば投げ銭やクラウドファンディングなど)が広まっていくことが一義的には多くのアーティストを「食える」状態にする一つの方法かもしれない。
GAFAとカタログ音源
いわゆるストリーミングやGAFAによる音楽配信というものが全世界的にも広がりつつある中でいわゆる「短尺化」の波が押し寄せてきている。アルバム単位ではなくシングルや数曲入りのEP単位でのリリースのほうがウケがよく、どんどん新譜をリリースすることでアーティストもマネタイズしていく。聞き手は流通のタイミングで一斉にその週にリリースされる新譜が聞き放題の状態となる。アメリカでは7:3で新譜のほうが聞かれ、過去音源(カタログ音源)は全体の3割程度にとどまっているという。GoogleやAmzonといったテック企業やSpotifyは既存のバリューチェーンをディスラプションして新たな音楽ビジネスのエコシステムを構築しようとしている。
過去、みんなが待ち望んだ「ベストアルバム」や「シングルコレクション」といった束でのリリースはもはやプレイリストで事足りるようになり、アーティストは長く多く再生される1曲を求めてシングル曲を作り続ける。個人として感じたのは、今後は音楽史を遡ることが非常に困難になるだろうということだった。いつでもどこでも1970‘sの音楽を聴くことができる状態ではあるが、逆に言うと手前に新譜が大量に鎮座している中で次世代の音楽リスナーがわざわざ往年のロックバンドを検索してSpotifyで聞くということのハードルは高くなるのではないか。
今まではそこを補うために「ベスト盤」というソリューションがあったおかげで世代が違うリスナーにも届く音楽があったのだと思う。音楽消費そのものが多様化しているリスナーの潮流。ラジオやテレビのような受け身のメディアは求心力を失い、全国民性のあるポップミュージックはなくなっている。「カタログ」「旧譜」は自らで自らの存在意義を見出す、見つけられるような工夫を施さない限りは砂に埋もれたままになってしまうかもしれない。
【執筆BGM】Opps(with Yugen Blakrok)/Vince Staples · Yugen Blakrok
ケンドリックラマー監修のブラックパンサーOSTから。フジロックで観たVince Staplesが滅茶滅茶カッコよかったので。。
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