うそつき!(掌編小説)
ここまでことがうまく運ぶとは思わなかった。
彼氏が最近夜の街で女漁りをしている……とまではいかないけれど、好みの女の子を口説いては毎晩バーで遊んでいるらしい。
と、たまたま共通の知り合いに聞かされ、最近放っておかれて不満だった私は彼に一泡吹かすことにした。ターゲットを口説いていたら実は彼女でしたってドッキリだ。
彼の好みはよく理解している。私とは二百度くらいちがうタイプ。それを目指して変装すればあっさりだませた。声をかけてくるまでは何か飲んでようと思っていたのに、バーに入店してすぐに目が合ってあれやこれや口説かれたくらいにはスムーズだった。私にもそこまで言ったことないんじゃないかってくらい甘い言葉だったのが少々腹が立つ。
しかもバーで話すくらいだと聞いていたのに、今日に限って家までコースだった。そんなに理想の女の子をつくれてしまったのだろうか。自分の才能が怖い。
というか今日会ったばかりの女を部屋に誘うってどういう神経してるんだろう。
「俺、タクっていうの。ね、名前おしえてよ」
「まりこ……」
今さら自己紹介なんて順序がおかしいと思う。しかも彼はタクじゃない。私も偽名は考えてきたが、それはドッキリのためだ。タクはなんで嘘をつくんだろう。家に入るときに表札出てたから苗字はバレるし。
私がどう思ってるか知らない自称タクは非常に楽し気だった。
「まりこちゃんっていうんだ。かーわいい」
「うん……」
自分の喉がこんな甘ったるい声を出せるとは今まで知らなかった。彼はにこにこと機嫌のよさそうな顔で私を見つめている。そんなにこういうタイプの女が好きなのか。手際よく目当てを持ち帰れたことか。もんもんとした思考をタクの言葉がさえぎる。
「でもさ」
「なあに?」
タクは気軽な声で言い放った。
「まりこちゃんて、もっと秋っぽい名前じゃないっけ」
どき、と胸がはねた。確かに私の名前は秋といえばってモチーフだけど。ぎこちない動きで彼を見つめるも、彼はさっきのような笑みをうかべたまま。
「ねー?」
でも目は笑っていない。そんな風に同意を求めてくるのを私は体の震えを隠しながら聞いていた。私はそれに「え、えへへ」なんてぶった声を出すしかできなかった。
「あ、その笑い方かわいい」
今度会ったときもしてね、なんて言ってキスをされる。
……気づかれてる気がする。タクはそれ以上何も言わなかったけど。怒ってるときの彼と同じ空気だ。どうしよう。それに私はいつまでまりこのフリをすればいいんだろう。まりこは今日限りなのに今度って。
今更いろんなことに思い当たって、でも今は場の流れに身を任せるしかなかった。
カクヨムにて連載していた掌編集「お似合いだね」より。
マガジンにもまとめています。