知らないのならそのまま(掌編小説)
喉の痛みで目を覚ました。暑さに耐えられなくなって冷房をいれて眠ったからだろうか。身体もちょっとだるい。
立ち上がろうとしたところで、腰に回された腕に気づく。離してほしくてまだ隣でねている男の身体を揺らした。数度繰り返したところで男のまぶたがひらく。
「ん、はよ」
「おはよう、あのさ」
「6時? まだ寝てていいじゃん……」
私の腰を話さないまま頭を枕にうずめようとするのを引き留める。
「風邪ひいたっぽいから、体温計貸してほしいの」
腕を軽く叩きながら私がそういうと、眠そうだった気配が嘘のようがばりと上半身を起こした。私のおでこに手をあてて、「ちょっとあるか」と呟いた。
「体温計とってくるわ、寝てて」
「うん」
取ってきてくれた体温計ではかってみると思った通りうっすら熱があった。
「はい、ホットミルクね」
その間に、彼はマグカップをともなって戻ってきた。私を起き上がらせて、それを支えるように腰かけた。
「ありがと」
「優しいだろ?」
「そうだね」
冗談めいた言葉にわらって、マグカップに口をつける。牛乳のやさしい味と、甘いはちみつにショウガの味がする。
「ショウガあったから入れたんだ、うまい?」
「うん。でも、ショウガあったんだ。苦手じゃなかった?」
「あー、そうだけど。なんでか買ってたわ、なんだっけ。忘れたわ」
「そっか」
おいしいホットミルクに免じて、彼の目が揺らいだのを見逃すことにする。誤魔化したってすぐにわかる。苦手なものをわざわざ買うような男じゃないし、おいしいかどうかわからないショウガ入りのホットミルクだって作らない。風邪をひいた相手、という状況でなんらかの経験則が働いたのだろう。誤魔化さなくてはならない記憶が。
「今日はもうゆっくりしなよ」
「うん」
まあ、どうでもいいけど。やさしいから。
ふふ。
カクヨムにて連載していた掌編集「お似合いだね」より掲載。
マガジンにもまとめています。