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濱口秀司の伝説的コンセプト”Break the bias”によるイノベーション発想法

 顧客を深く観察し、真のニーズを見つけることで、イノベーションを生み出す。そんな当たり前のイノベーション論ではない。濱口氏は、稀に見るシーズサイドからのアプローチを教えてくれます。

 これが実務でとても使えます。消費者ニーズを分析する必要もヒアリングする必要もありません。今ある自社のリソースからイノベーションのアイデアを発想することが可能です。市場開発、製品開発、技術開発と、方向性を考える議論ならどれにでも使えます。

「クリエイターの思考バイアスを構造化し、バイアスの逆に強制発想することで、クリエイティブなアイデアを生み出す。」

 "Break the bias"ー「バイアス壊し」と濱口氏が語るこの手法は、既存の商慣習や業界の常識に捉われがちな実務者から新しいアイデアを引き出し、今ある事業をベースにイノベーションを考えるのに非常に適した手法です。

 本稿では"Break the bias"の概念、そして私がこれまで会社で実践して感じた"Break the bias"の意義や使いどころをまとめています。これからイノベーションに挑戦しようと考えている事業開発担当者の方や社内起業家の方に、少しでも参考になれば嬉しいです。

"Break the bias"とは?

 イノベーションに欠かせない、新しいアイデア、新しいコンセプトを生み出すための発想法です。

 濱口氏の論文集では、以下の3ステップが規定されています。

1.バイアスを構造化(可視化)する
2.バイアスのパターンを壊す
3.強制発想する

1.バイアスを構造化する

 新しいアイデアとは「見たこと、聞いたことがない」アイデアのことです。「見たこと、聞いたことがない」のは、「これはこうだ」と知っていないことです。つまり、「これはこうだ」という「バイアス」がないところに、新しいアイデアが生まれる可能性が高いということです。

  では、どうやって「バイアス」がない部分を探すのか?それには、まず「バイアス」自体を認識する必要があります。人は皆それぞれ、意識的にか無意識的にかに限らず、先入観というバイアスをもっています。まずはこの「バイアス」自体を可視化して、認識する必要があります。バイアスの構造化とは、バイアスを可視化することです。

 バイアスを構造化する手法は、二軸マトリックスによるバイアス可視化の手法が提唱されています。 

事例 新国立競技場の問題改善案

2.バイアスのパターンを壊す

 二軸マトリックスにアイデアをプロットしていくと、アイデアがない領域が見えて来ます。これはバイアスが可視化されてきたことを意味します。そうすると次は、アイデア出しの方向性をこのアイデアがない領域に向けます。アイデアが出ていない領域でアイデアを考えることが、バイアスのパターンを壊すことにつながります。

 ただし、一発でイノベーティブなアイデアが出てくるかというとそう簡単ではありません。方向性の設定に筋のよい場合とそうでない場合があるため、軸の設定とアイデア出しを何度も繰り返す必要があります。軸の取り方が無限にあるため、より本質的なバイアスを探すために何度も軸を引き直し、どのバイアスのパターンを壊すのが良いかベストを探し続ける作業が必要です。

 濱口氏は「本質的なバイアスを破壊する方がイノベーションにつながる」と提唱されていますが、何が「本質的なバイアスなのか」には正解がありません。もっと面白いアイデアがあるかもしれない、と信じて時間が許す限り考え切ることが唯一の正解です。

3.強制発想する

 バイアスのパターンを壊すということは、アイデアが出なかった領域を特定するということでした。このアイデアが出なかった領域でアイデアを考えることが、「強制発想」です。

"Break the bias"のコツ

 濱口氏はバイアスブレイクのコツについて、いくつかのポイントをアドバイスされています。

 まず「面白いと思ったら、なぜ面白いと思ったのか、そのロジックを可視化する」ことです。面白いと思ったアイデアを、なぜそのアイデアが面白いと思ったのか、というロジックとセットにします。アイデアとロジックをセットにすると、考え方(バイアス)が見えてきます。そうするとその「バイアス」を元に軸を引き直し、より本質的な「バイアス壊し」、つまりよりクリエイティブなアイデア出しが可能になります。

 次に「目的(Object)、範囲(Scope)、見方(Perspective)の3つの視点を変える」ことです。「目的」は、解決すべき真の目的は何かを問い直すことです。「何のために?」を改めて見直すことが新しいアイデアのヒントに繋がります。「範囲」とは思考範囲のことです。実際に実行可能なのか、制約条件との兼ね合いになりますが、対象の範囲を広げて考えることで新しいアイデアが生まれるかもしれません。「見方」は、違う角度からモノゴトを捉えて考えることです。

 最後に「極端で非現実的だと思えるアイデアを発想する」ことです。突飛なアイデアによって思考の幅が広がるので、まずは広げることが大切です。

"Break the bias"を助ける2つの発想法

 これまで会社の仕事の中で、このバイアスブレイクの手法を繰り返し試してきましたが、最も難しいのは軸の設定だと感じています。各々のアイデアから適切なバイアスを抜き出し、クリエイティブな発想に繋がるバイアスモデル(二軸マトリックス)を限られた時間内に生み出すことは容易ではありません。そのため、バイアスの発見のために2種類の発想法をよく使うようになりました。

A.線形思考の逆に強制発想|ストック型バイアス(A→B)

 アイデアを出していくと多くの場合、「こうなると、こうなる」という隠れた線形関係のバイアスが見えてきます。線形関係が見えてくれば、あとはその逆に強制発想すれば、バイアスを壊すことができます。

 例えば、メーカーで新規事業のアイデア出しをすると、必ずと言ってよいほど「よいモノを作ると、売れる」というバイアスがかかっています。当たり前といえば当たり前なのですが、「売れる(上)×売れない(下)」「モノを作らない(左)×よいモノを作る(右)」で二軸マトリックスを作ると、右上の「よいモノを作る×売れる」にアイデアが集中します。ここで「よいモノを作って、売れなければならない」という線形関係のバイアスの存在に気づけると、次の強制発想の道筋が見えて来ます。つまり、売れないことはダメで売れることが前提条件だとすると、左上の「モノを作らない×売れる」の領域が空白であることに気づけます。「モノを売らない」発想を考えると、例えば、サービスを売る、ノウハウを売る、時間を売る、社員を売る、顧客を売る、等々、怪しげで突飛なアイデアも含め、一気にアイデアの幅が広げることができます。

 アイデアの中から線形関係のバイアスを見つかることができれば、その後の議論の発展をリードしやすくなります。逆にこれが見つからないと、議論の途中で手詰まり感で苦しいことになりますので、最初から意識しておくと良いです。

B.トレンドの逆に強制発想|フロー型バイアス(A/B→C)

 アイデアを出していくと稀に、時間軸を伴うトレンドのバイアスを見つけることがあります。トレンドの未来認識が発想のバイアスになっていることがわかれば、そのトレンドの逆に強制発想することでバイアスを壊すことができます。 

 例えば、近年話題になったNIKEのランニングシューズを例にとってみます。マラソン業界では「薄くて軽いシューズの方が早く走れる」がいわば常識で、各社の開発トレンドとなっていました。しかし、NIKEはその逆に強制発想し「厚くて早く走れるシューズ」を追い求めることで、これまでの常識を打ち破る圧倒的なシューズを生み出すことに成功しました。

 人は、つい「当たり前」と思ってしまっているトレンドのバイアスを持っています。そして、長くその業界の第一線で活躍している専門家ほど知識と経験が蓄積され「当たり前」が多くなっています。この「当たり前」からくるトレンドを可視化することで、その逆に強制発想できるようになります。

ところで濱口秀司って誰。

 濱口秀司(ハマグチ ヒデシ)氏は、パナソニック出身の実務家で、現在は米国を拠点にする有名コンサルタントです。実務からフレームワークを生み出しているため、その理論のどれもがシンプルで本質的であることが特徴です。

 私は、これまで多くのビジネス理論を学ぶ中で、コンサルタントや学者の理論は綺麗だけど使えないという印象を持っていました。一方、濱口氏の理論はどれもビジネスの実務をベースにした印象があり、実際のビジネスに応用可能性が高いと感じています。これは、濱口氏がパナソニックという超大手企業の中で実際にイノベーションを起こす上で、数々の苦労を乗り越えて来たその経験が背景にあると考えています。

 イノベーティブなアイデアを発想するだけでなく、それを確実に実行させることを前提にそれぞれの理論があるため、学べば学ぶほど自らの仕事に活かせるはずです。

京都大学卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。全社戦略投資案件の意思決定分析担当となる。1998 年から米国のデザインイノベーションファームZibaに参画。世界初のUSBメモリはじめ数々の画期的なコンセプトづ くりをリード。パナソニック電工新事業企画部長、パナソニック電工米国研究所上席副社長、米国ソフ トウェアベンチャーのCOOを歴任。2009年に戦略ディレクターとしてZibaにリジョイン。2013年、Zibaのエグゼクティブフェローを務めながら、自身の実験会社「monogoto」をポートランドに立ち上げ、ビジネスデザイン分野にフォーカスした活動 を行っている。ドイツRedDotデザイン賞審査員。イノベーション・シンキング(変革的思考法)の世界的第一人者。

"Break the bias"の使いどころと課題

 "Break the bias"の考え方は、新しいアイデアやコンセプトを生み出す際に非常に役立つ手法です。個人でアイデアを考える時にも、集団でブレインストーミングする時にも、どちらにも応用できます。これほど強力なツールは今まで見たことがなかったので、少なからず衝撃を受けています。

 この手法がもっとも役立つのは、新しいコセンプトを考える初期段階です。既存ビジネスの改善や制約条件が多い中では、真の成果を発揮することはできないと思います。なぜならば、"Break the bias"によって生み出されるアイデアは、クリエイティブが故に、その実行には大きな障害を超えていかなければならないからです。

 一方で、これを使ったからといって簡単に新しいアイデアやコンセプトが思いつくわけではありません。この考え方を使いこなし、安定したアウトプットを出せるようになるには、才能やセンス、そして間違いなく相当の努力が必要だと感じています。

 どの分野でも同じだと思いますが、強力なツールだからこそ、それを使いこなして自分のモノにするためには、数をこなしていく必要があります。

まとめ

 "Break the bias"を使いこなすことで、イノベーションのベースとなる新しいアイデアやコンセプトを作り出すことができるようになります。これまでの理論と違い、需要者(ニーズ)からインサイトを得るのではなく、供給者(シーズ)からアイデアを生み出すことができるのが特徴です。そのため、実際の仕事にすぐにでも応用できる汎用性の高い概念です。

 濱口氏は、"Break the bias"で生み出した新しいコンセプトの実行の方法論をはじめ、大企業で新規事業を立ち上げて、イノベーションを起こしていく方法論を体系化することを目指しているように思います。

 今のところ、濱口氏の執筆された書籍は、"SHIFT:イノベーションの作法"という論文集と、"「デザイン思考」を超えるデザイン思考"というDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文の2冊のみです。"「デザイン思考」を超えるデザイン思考"は論文集に収録されているので、論文集を読めば、濱口氏の方法論をほぼほぼ学ぶことができます。

 しかし、実は、濱口秀司氏の思考法の多くが、Web上でのインタビュー記事などで公開されています。

 以下のnoteは、濱口秀司氏の思考法が学べる無料ページの厳選リンク集を、グーグルで検索して同じ記事を探す時間をSaveし、その時間を学びに当てたい方向けに作りました。私自身、相当の時間を検索と内容の精査に費やしたので、学習しやすいように、記事別、コンセプト別、事例別、プロジェクト別にまとめています。私が「SHIFT:イノベーションの作法」を読んだ時には、ほとんど知っている内容だと感じたので、このnoteで論文集の8-9割は網羅しているはずです。随時最新情報に更新中です。 

 濱口氏の思考法は、誰の仕事にも非常に役立つものが多いので、これからもnoteに濱口理論のまとめ記事を更新していきたいと思っています。どうぞご支援よろしくお願いします。


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TANAKA ICHIRO / 大企業の事業開発
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