「報道に清冽な泉を願う」という話
メディア関係者の方へ
人の死で儲けるのは構いませんが、礼儀を辨えなさい。
クライアントの利益を損ねています。
クライアントがより儲かる方法を選択しなさい。
報道に、清冽な泉を願う。
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ようこそ。門松一里です。静かに書いています。
いつもは、
「あまり一生懸命になるな」という話
https://note.com/ichirikadomatsu/n/n081dd28c9a6c
とか、
【「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話】リスト(16+36+号外1)
https://note.com/ichirikadomatsu/n/n416e39d84b94
という話を書いていますが、本当はノワール作家です。
という話(ik)を連載しています。
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メディア関係者の方は
厚生労働省のホームページに記載されている
を閲覧してください。
厚生労働大臣指定法人 いのち支える自殺対策推進センター による
を閲覧してください。
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#思想実験 私は人権派弁護士という存在をカケラも信じていません。もし、そうした空想上の生物がいたなら、2020年現在 WHO の『自殺報道ガイドライン』を踏まえた報道がなされていることでしょう。#blackjoke
cf.
自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識(2017年版)
https://www.mhlw.go.jp/content/000526937.pdf
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「いやいやそうは言っても仕事ですから」
ですよね。それは理解できます。
けれど、それは本当の意味で、クライアントの利益になっているのでしょうか。
クライアントの利益を損ねているとするなら、背任行為です。
今そうでなくても、あと十年も経てば「第三の視点」の概念がゆきとどき、背任行為という考え方になるでしょう。
理解できなかった人も「悪意の想像力」を知ることになります。
自分でもちょっとマズイなと思っているようなことは、必ず現実になります。そして、誰かがスケープゴート(生贄)になります。
※身代わりや生贄(いけにえ)のこと。もとは、聖書の「贖罪の山羊」のこと。現在は単なる見せしめである。
ではどうすればいいでしょうか。
会社の命令?
上司の命令?
自分のため?
家族のため?
イタリアのようにジャーナリストの国家資格がなくとも日本の記者はとても優秀です。優秀だからこそ、合理的に背任行為を選んでしまうのです。
それらを回避する方法は簡単です。
「第三の視点」による倒叙記述を使えばいいのです。
どうすれば、実現できるかは、書いています。
cf.
『「第三の視点」による倒叙記述: 結論から伝える技術』
https://www.amazon.co.jp/dp/B074S5K6T8/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_JJ.BFb375A9BQ
賢い記者であれば、悪意の想像力はありますよね?#悪意の想像力がない人は愚者である #blackjoke
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現状と、意識のズレが明白になっていく過程で、概念が表面化します。種が芽生える訳です。
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ご高覧、感謝です。 サポートによる調査資料(エビデンス)を使った「思考の遊び」――エンタテインメント(娯楽)作品です。 ※虚構も少なからず入っています。