小説『デジタルドライブ 黄泉がえり機構』(2)
小説『デジタルドライブ 黄泉がえり機構』(2)
〝Digital Drive; Strange Case of Resurrection Machine〟
2.
風の音で目を覚ますと、シーリングファンが回っていた。羽根を数えた。目が回る。
「起きたようだ」
「よく分かるわね」
「意識の起伏が色で見える。――お嬢さん、お名前は?」
「……(動けない)」
男女の声がするほうに顔を向けようとしたが、首が固定されていた。
視線の端に、人影が見える。
(ここはどこ?)
意識を失っていたわたしが知るはずがなかった。けれど……。
「あなたはわたしが誰か知っているのでしょう?」
手も足も動かせない。革のベルトかしら?
(違う。ナイロンだ)
つまりわたしの握力で裂くことはできない。
「間違いがあってはいけない。お嬢さん、お名前は?」
男性の声はおだやかで紳士的だが、威圧的でもあった。
わたしは乱暴されたか、全身に神経を巡らせたけれど、特に異常はなかった。拘束具も痕が残るほど締めつけている訳ではないようだった。
「実際に思い出せないとか?」
「理論的にはありえる。ただ、その場合ヒトであるかは保証できない」
「酷(ひど)い」
何が酷いのだろう。少女を縛っておいて。
「先に……先に名乗るべきでは? 他人(ひと)に名前を聞くときは」
空威張(からいばり)もイイとこだ。
「これは礼儀正しいお嬢さんだ」
虚勢が効いたらしい。
「――とはいえ俺たちには名乗る名前がなくてね。A氏B氏でもいいし、アルファ・ベータでも好きに呼んでくれ」
「あたしはレイチェル。こっちはベンジャミン」
「おい!」
「どうせいいでしょう。もうすぐ無くなるのだし」
(どうせ偽名に決まっている……)
「ナクナル? 死ぬということ?」
「いや、存在しなくなるという意味だ。そもそも君はもう死んでいる」
「わたしが?」
笑ってみせた。
「君の名前は横溝法子(よこみぞのりこ)。物理学者横溝作太郎博士の一人娘。当時高校三年生。交通事故で即死したのは三年前になる」
(わたしが死んだ?)
高校の桜並木の花びらが落ちていく光景が頭のなかに広がった。
わたしの姿は見えない。
隣にかわいい女の子。
(唯(ゆい)……)
唯の瞳のなかにわたしがいた。
「記憶を取り戻したらしい。――アレはどこにある?」
「アレ?」
「デジタルドライブ。通称――黄泉(よみ)がえり機構(マシーン)」
レイチェルが答えた。赤い紅(べに)が似合いそうな声だった。
「蘇(よみがえ)り? だってわたし生きてる」
「一時的にね。デジタルドライブを動かさなければ、また消えてしまう」
「消える?」
「存在ごとね。ただし、次は単に死ぬのではなく、生きていたことすら消えてしまう。元からいなかったことになる。アレは危険なの。だから渡してちょうだい」
「わたしには死んだ記憶がない。それにあなたたちのいう話も嘘っぽい。信じられない」
「ほら、信じないと言っただろう?」
「だからって本人が亡くなった日の新聞を見せても、捏造だと言われるに決まっているでしょ?」
「翌日だ」
「えっ? 何が?」
「翌朝の新聞に掲載された。夕刊には間に合わなかった」
「あなた細かいわよ?」
「必要な能力だ。さて、本人が持っていないとなると、博士のところか……」
「父が生きているの?」
「えっ?」
「はあ? いや……いやいやいや。横溝博士が君を生き返らせたんだが」
「父こそ三年前に亡くなっているわ」
「嘘?」
「いや、真実だ。いやあ違う、本人が真実だと考えている」
「何がどう違うの?」
「本人さんは自分が生きていると信じているし、父親が亡くなったと信じている」
「理解できない。デジタルドライブが逆転させたとでも?」
「あるいは陽電子が時間を逆行したとか」
わたしが答えた。
「実際には、みかけ上そう見えるだけだ。時間は遡(さかのぼ)らない。仮に陽電子が逆行したとしても、パラドックスにはならない。そのパラドックスの記録がない今の世界には一つの答えしかない。イコール俺たちは実感できない――」
「――じゃあわたしなら?」
「可能という話になる。そうよね、ベン」
「……納得できない」
「納得して生きている人なんていないわ。法子(のりこ)、あなたもあたしたちに協力するのよ」
「あなたたちが、わたしに協力して」