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十八の夏【 #言葉を宿したモノたち 】答え

十八の夏【 #言葉を宿したモノたち 】答え

擬人化パレードするよ【 #言葉を宿したモノたち
https://note.com/naka3ws/m/m4d4c4c3a5dd9

盛況ですね。40本ほどの記事があげられています。ありがたいことです。

こうした企画は楽しいですよね。読むだけではなく、参加できますから。

さて、あまりに難しい(らしい)ので「十八の夏」の答え合わせをしますね。
https://note.com/ichirikadomatsu/n/nfdd7440a366b

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ようこそ。門松一里です。静かに書いています。

いつもは、
「あまり一生懸命になるな」という話
https://note.com/ichirikadomatsu/n/n081dd28c9a6c
とか、
「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話
https://note.com/ichirikadomatsu/n/n416e39d84b94
を書いていますが、本当はノワール作家です。

という話(ik)

という話(ik)を連載しています。

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私は、倒叙記述で作品を書いていますから、先に答えを書いています。というか、長藻秋詠が答えています。

倒叙(とうじょ)とは、推理小説で最初に犯人が罪を犯す場面を描いて、後から登場する探偵(警察関係者を含む)に謎解きをさせる方法です。この方法ですと、犯人役が大物俳優でも(もう分かっていますから)問題ない訳です。なぜなら、犯人が誰か分からない時点で、大物俳優がでてきたらバレてしまうからです。#石野真子

ぜんぜん関係ないですが、石野真子に暴力をふるった長渕剛が同じことをしてブチ切れた志穂美悦子に気絶させられたと聞いたとき笑いました。流石ビジンダー!(女殴るなよ小人。)

倒叙記述は、小説ではフョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』が有名です。他にも、ピーター・フォークの『刑事コロンボ』や、田村正和の『古畑任三郎』があります。

田中泰延の『読みたいことを、書けばいい。』は倒叙記述で書かれています。#joke
https://www.amazon.co.jp/dp/B07RXM2DHZ/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_CK4OFbRFC71Z0

題名だけでネタバレしていますが、中身はきちんと起承転結で書かれています。参考文献も適切に書かれていますので、ぜひ二冊三冊と買って読んでください。

なお、P221に「書くことは世界を狭くすることだ」として「コンチキ号」という筏の船の話があります。知らなければ「いまこの話には関係ない」のですが、筏の話は雄大でなおかつ誤った説なので「トンチキ」なジョークです。このジョークは「調べていないとトンデモないことになりますよ」と暗に警告しています。こうした記述が「第三の視点」による倒叙記述です。

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』にはこう書かれています。

Tomorrow, and tomorrow, and tomorrow
Creeps in this petty pace from day to day
To the last syllable of recorded time;
And all our yesterdays have lighted fools
The way to dusty death. Out, out, brief candle!
Life's but a walking shadow, a poor player
That struts and frets his hour upon the stage
And then is heard no more. It is a tale
Told by an idiot, full of sound and fury,
Signifying nothing.
明日、また明日、また明日と、時は
小きざみな足どりで一日一日を歩み、
ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、
昨日という日はすべて愚かな人間が塵と化す
死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、
つかの間の燈火(ともしび)! 人生は歩きまわる影法師、
あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても
出場が終われば消えてしまう。白痴のしゃべる
物語だ、わめき立てる響きと怒りはすさまじいが、
意味はなに一つありはしない。
——小田島雄志『マクベス』(白水社、1983年)P161-162

"Life's but a walking shadow"(人生は歩きまわる影法師)ですから、答えは「人生」……という訳でもありません。

また、"私"は「噂をすれば影がさすと諺にあるが、私は影でも蝋燭でも曹操でもない」と言っています。影は諺です。蝋燭は、"brief candle"(つかの間の燈火)です。曹操は、中国の諺の「说曹操、曹操就到」(曹操の話をしたら曹操が現れる)からです。

つづけて、坂口安吾の「ただ、うろついているだけだ」があります。

こちらは、坂口安吾の『私は誰?』にあります。
(調べれば検索の一頁目か、少なくとも次の頁にはでてきます。)

論文には参考文献が書かれているのですが、小説には書いていません。なぜなら小説は虚構(嘘、フィクション)だからです。

たとえば、新選組一番隊組長の沖田総司はハンサムな訳です。史実はどうであってもです。私は歴史小説を書いたことはありませんが、描くとしたらイケメンにします。(だってそのほうが楽しいですし。)

坂口安吾は「私は私を知らない」と述べています。そこに虚構はありません。あったとしてもそれも作品となります。

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村田京子は十八歳です。つまり、選挙権があります。世界的には、選挙権がある人は成人とみなされます。(正しくはない。

とはいえ、未成年(二十歳未満)であっても十八歳になれば、ほとんどのことを親抜きで一人ですることができます。自立ですね。

なお、私は変な家族がいたら、別れなさいと言っています。
cf.
「家族と別れる」という話
https://note.com/ichirikadomatsu/n/n793e8e649bde

髪を切るということは、元服に通じます。お祝いでもあるので、そうしたことは大人がするべきだというのが、長藻秋詠の意見です。

運転免許証には裏書きがあります。住所か名前かあるいはその両方が変わったのでしょう。マイナンバーカードを用意しているということは、引越が考えられます。パスポートは用意していないので国内でしょう。

高等学校を卒業すると、児童養護施設を退所しなければなりません。

引越するとしても、未成年に貸す業者はいません。秋詠あるいは親しい友人に契約してもらったのでしょう。または、いちおう長藻秋詠の住所にして、引越先を探しているのかしら。

ここに、現実問題があります。高等学校を卒業すると児童養護施設を退所することになります。けれど、二十歳までの2年間、生活ができない人が多いのが現実です。頼るべき親もおらず、住所がなければアルバイトさえ困難になり、生活保護さえ受けられません。実印登録ができないので賃貸契約に必要な印鑑証明書も用意できません。その後は社会の闇です。

平成30年(2018年)6月13日、成人の年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が成立しました。令和4年(2022年)4月1日に施行されますから、京子の場合あと2年でタイムリーな話です。
(タイトルでネタバレしています。)

答えの一つとして、
目頭あつこ さん(@dekirudekirude1)が「18歳以上で性転換手術が認められる」ことから「きのう」をあげられていますが、それも正解の一部です。答えはたくさんありますから。
https://twitter.com/dekirudekirude1/status/1323123108593586179

四宮麻衣 さん(@mai_shinomiyas)から「寿命」「人生」「遺書」という答えをいただきました。大人になったら、考えなくてはならない問題で正解の一つです。
https://twitter.com/mai_shinomiyas/status/1323244761679978502

仲 高宏 さん(@naka3ws)の答えは「過去」でした。こちらも正解です。
https://twitter.com/naka3ws/status/1323105593490460672

noteのコメントから、
たなかともこ@みかんせい人 さん(@tomoko_kana)は「臓器移植」や「カード」とのこと。「献体」や「借金」も答えに含まれています。
https://note.com/ichirikadomatsu/n/nfdd7440a366b

難しい問題ですが、私は悪人ですが意地悪ではありません。きちんとタイトルに答えを書いていますし、登場人物にも語らせています。(もっと簡単に書けたらいっぱい売れるのですが……。)

さて、正解は何でしょうか。

私の作品のテーマは"Amazing Grace"です。たとえば、手塚治虫のテーマは「罪と罰」です。
https://www.youtube.com/watch?v=HsCp5LG_zNE

人が人間らしく生きるためには、どうしたらいいでしょうか。

そうしたことを常に問う「社会(とそのなかにいる私たち)」が答えです。
つまり、どのような答えであろうとその人にとっては正解です。

子供が大人になるということは、本当の意味で人間になるということです。そうしたときに大人が手助けしなくてはなりません。天涯孤独の身の上であっても社会が豊かになれば、どれだけ弱くても生きていくことができます。

ですから、社会(とそのなかにいる私たち)が楽しめるような今回の企画はとても有意義です。

結論からいうと、《仲 高宏 さんを代表とする皆さんへの賛辞》が本当の答えです。

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〈追補〉
私が「明日、死ぬのに送り出さなくても」と言っているのは『論語』の「朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり」です。

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