「原作と脚本」という話-3
「原作と脚本」という話-3
それぞれの意見はありますが、少し冷静になってはどうでしょうか。
たとえ解決できない問題であったとしても考えることが大切です。
平和を祈りつつ、少し考えてみましょう。#千里同風
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ようこそ。門松一里です。静かに書いています。
という話は、調査資料(エビデンス)を使った「思考の遊び」――エンタテインメント(娯楽)作品です。※虚構も少なからず入っています。
※本当はノワール作家です。
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個人的なことをいうと、私の創作の最初が「コミックの原作」でした。
コミックの場合、原作者には違いないのですが、どちらかというと脚本家に近いです。
(脚本もシナリオで制作しますし。)
シナリオでは、あるていどまで状況を「文字」で表現します。
「笑った顔」「哀しそうな姿」は使えません。
何かしらの動作――「肩を震わせる(笑い)」「涙が頬を伝わる(哀しみ)」はあります。
人物だけでなく、昼か夜なのか、その場所はどこなのかを書きます。
映画ですと、シナリオから絵コンテに移動します。
私は基本、絵コンテになるように書いています。
そして、絵にならない状況は描(か)きません。
浦島太郎ではありませんが「絵にも書けない美しさ」は表現できないのです。
コミックの原作も同じで、すぐにラフ絵になるような絵コンテ前の状態に書くのが必須でした。
※大人の事情で連載されませんでした。絵師さんも決まっていたのに……。#ウルウル
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〈小説からマルチメディア〉
〈小説から漫画に〉
小説の場合、この絵コンテ前のシナリオ状態にするのが大変です。
私は頭の中で「絵」を動かしているのを「文字」にしているので、絵にしやすいのですが他の方はそうではないようです。
当然、この「絵」のまま映像にできればいいのですが、漫画ですと絵師に渡ります。
〝最初の教皇ペテロ〟原作者から、「伝道師パウロ」絵師に「絵」が継承されます。
イエスもペテロも、当時はユダヤ教徒です。
それをパウロが伝道の過程で、ペテロを「最初の教皇」にしてしまいました。ですから、実質キリスト教はパウロ伝道教といったほうが正確かもしれません。#blackjoke
小説家と、漫画家はまったく別な世界に生きています。それぞれ違う世界観です。水と油ですが、それを融合させるのが編集者です。
シナリオや絵コンテ状態になっていないと、原作とはまったく違った「変な絵」になる可能性があります。
ですから、純粋な「文字」だけの小説から「漫画」ですといろいろ問題になる可能性があります。
〈小説からTVドラマに〉
TVドラマになるともっと大変です。
小説家と漫画家という個人対個人だったものが、個人対複数人となります。
また、あるていどスケジュールや脚本を決めてから、TVドラマになるので、原作者が口出しすることは邪魔でしかありません。
それは解りますが、原作に対するリスペクトがあってしかるべきでしょう。
改悪になるのがイヤなら、シナリオも原作者である小説家が書いたほうが楽です。
それでも改悪されるのが、ふつうです。#blackjoke
契約書どおりにしてくれればいいのですが、この業界それを言うと敬遠されます。
〈小説から映画に〉
もっともっと大変ですが、絵コンテがあるのでだいたい予想できます。
さて疑問があるでしょう。
「どうしてそうまでマルチメディア化したいのか?」
漫画やTVドラマや映画になった時点で、小説が増刷になるからです。
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〈漫画からマルチメディア〉
さて問題の〈漫画からマルチメディア〉です。
これは前述に不安要素がプラスになります。
小説の場合、挿し絵があるくらいですが、どういった映像になるのか全員分からない状態です。
しかし、漫画の場合「完成された絵」があるので、アニメ化になると失望はより高くなります。
私は実写化にまったく期待していません。というか、ほぼ観ません。
不安がないようにするには『ブラックマジック M-66』や『AKIRA』のように漫画家が監督するのがベストだと考えます。
その「絵」ができているのであれば、漫画家自身が監督したものがベストでしょう。
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〈求めていたものと違う場合〉
一方で、その「絵」が観客が求めていたものと違う場合もあります。
#思考実験 コミックの原作者が求めるような映像には制作できないのでは?
いや、物理ではなく、売上として、です。
たとえば、『GUNSLINGER GIRL』という作品があるのですが、アニメ第1期が大ヒットしたのですが「コレは違う」と原作者が脚本を書いた第2期は大コケしてしまいました。#OPは最高
確かに第1期は素晴らしいですが、観客ではなく私個人の作家視点からすると第2期のほうが上質です。
https://www.youtube.com/watch?v=KMxPJyBHEiU
「どちらが楽しめるか」であれば第1期ですが、「考えなければならない」のは第2期のほうで、原作者からするとこちらがテーマです。
原作者脚本の第3期があるなら、そちらのテーマを楽しみたいです。
※このテーマが重要で、手塚治虫ですと「罪と罰」、永井豪ですと「神曲」となります。
商業的には「苦悩する少女と運命を受け入れた大人」のほうが正解らしいです。
けれど、「運命を受け入れた少女と苦悩する大人」のほうがテーマとしてふさわしいのでは?
創作作品まで弱者が苦悩することはないでしょうに。
ご高覧、感謝です。 サポートによる調査資料(エビデンス)を使った「思考の遊び」――エンタテインメント(娯楽)作品です。 ※虚構も少なからず入っています。