彼女が残した僕への手紙 第8話
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彼女のお葬式の翌日。
僕は連絡をとって、田所と会うことになった。
散々泣いてから考えてみても、やっぱりこの手紙の意味は分からなかったし、もしかしたら入れる手紙を間違えたのかという線も考えてみた。
とはいえ、封筒にはしっかりと“浅見隆弘様”と書かれていたし、自分の死後に渡す手紙を間違えたりはしないだろうというのが僕の見解だけれど。
何はともあれ、1人で考えていても埒があかないので、思い切って田所に相談してみることにした。
ワッキーにも声をかけたけど、どうやら仕事があって、今日は来れないらしい。
とりえあず、僕は藤咲さんの手紙をもって、田所が指定したカフェへ向かった。
「あ、浅見。こっち」
指定されたカフェは、オシャレな音楽がかかっていて、オシャレなテーブルやイスが並んでいるオシャレなカフェだった。
そして、そこで優雅にコーヒーを飲んでいるのも、オシャレな田所。
昔からそうだけど、こいつはホントこういう洒落た空間が似合う奴だな。
「ごめん、急に連絡して」
「いいよ、別に。俺も今日は仕事休みだし」
テーブルにつくと、すぐに店員がお水とおしぼりを持ってきて、メニューを見せてくれた。
僕はコーヒーを注文してメニューを返すと、田所と向き合う。
「で、聞きたいことって何?」
「ああ、藤咲さんからの手紙のことなんだけど……」
僕はそういって、かばんの中にある白い封筒を取り出した。
折れないようにファイルにはさんでいた封筒は、しわもなく、綺麗なままだ。
「何?カレカノ時代の思い出話でも書いたの?」
笑いながら封筒を手に取った田所は、“浅見隆弘様”という文字をじっと、柔らかな目で見つめた。
「いや……とりあえず、中見てみてよ」
「いいの?」
「うん」
田所は僕を一瞥した後、封筒を裏返して、ゆっくりと封を開けた。
「舞ちゃん、ごめんね。見させてもらいます」なんて死んだ彼女を気遣うところは、モテ男の田所らしいなと思う。
パサと音を立てて、開かれた便箋。
それを見た田所の目が、一点で止まった。
「……何これ」
第一声は僕と同じ感想だ。
やっぱり、その反応が普通だよな。
「それが俺も分かんなくて。田所の手紙はこんなんじゃなかったの?」
「いやいや、俺は普通のメッセージだったよ」
やっぱりそうか。
みんな似たような手紙をもらったのかとも思ったけど、田所はそうではなかったようだ。
園部さんも昨日、手紙の内容少し話してたけど、普通のメッセージっぽかったもんなあ。
だとしたら、やっぱり僕の手紙だけがこんな数字だけの手紙なのか?
「これ、何かの暗号だったりするのかな?」
「ああ、それも考えてみたけど……全然分かんなくて」
「う〜ん、ワッキーも普通のメッセージっぽかったしなぁ。手紙読んで大泣きしてたから」
田所は便箋に封筒を入れ直して、僕の方へ返してくれた。
「俺のはさ、普通というか、病気のこととか今までの思い出話とか、そんな感じの手紙だったけど」
「僕もそういうことが書いてんのかなって思ってたんだけどなぁ」
他の人に書いた手紙がみんな同じようなものなら、何で藤咲さんは僕にだけこんな暗号みたいな手紙を書いたんだ?
それはこの手紙が、僕にだけは別の意味をもつ“何か”なんだろうか。
「でも、何かそういうとこ舞ちゃんっぽくない?いたずら好きつーかさ、こう、面白いこと考えるの好きなタイプだったじゃん」
「ああ、それはあるかも」
「浅見、覚えてる?高2の文化祭のとき、模擬店で焼きそば売ったけど、“普通に焼きそば売っても売れない”って舞ちゃんが、ロシアンルーレット焼きそば提案したの」
「あ~、あったあった。あれ、友達同士でネタで買う奴が多かったから、売れ行きよかったよな」
お祭りごとが好きだった彼女は、いつもクラスの先頭に立って、行事を盛り上げていた。
まあ少し強引なところもあったけど、それでもクラスの中でリーダーシップを取れるのは限られた数人。
僕はそんな人たちについていく方が自分の性格に合ってたし、そもそもみんなの前に立ちたいと思うタイプでもなかったから、そういう人がいてくれるのは随分と楽だったと思う。
ちなみに、このリーダーシップを取っていたメンバーの中に、田所も含まれる。
イケメンだし、面白いし、社交性があるし、ただそれだけで目立つ存在で、田所がいうとみんな“うんうん”となぜか納得してしまう雰囲気があったっけ。
「文化祭の準備の時さ、試作品つくるのにみんなで買い出し行ったけど、健太と舞ちゃんが並んで喋ってるの、ずっと後ろで見てたよな、浅見」
「え、何それ。そんなことあった?」
全然覚えてない。
「あったって!俺、隣にいたけど、浅見あんま俺の話聞いてなかったもん。あの時もしかしてまだ舞ちゃんのこと好きなのかな~って思ったの俺、覚えてるよ」
「いやいや、そんなことないし」
確かに1年の最初の頃は彼女のことが好きだったけど、2年にもなればお互い友達としての関係が戻って、以前のように喋る機会も増えていた。
別れてしばらくは気まずい思いをしたものの、夏休み明けには藤咲さんが他の友達と同じように接してきたから、自然と話せるようになっていった。
「そうなの?俺、浅見はずっと舞ちゃんのこと引きづってると思ってたけど。ぶっちゃけさ、何で2人は別れたの?1ヶ月とかだったでしょ、確か」
「いや、まあ……何だろうな。何かお互い妙に緊張してぎくしゃくしちゃって、前みたいに喋りづらくなっちゃって」
「何だそれ」
「だって初めての彼女だったしさ。僕、そういうの苦手っていうか、まあ、とにかく子どもだったんだよ。これだったら、付き合う前のがよかったなってなって」
「ふ~ん、あの時はあんま理由言いたがらなかったけど、そういうことだったのか」
改めて思い出してみても、情けない男だよな僕って。
好きだったんだけど、それ以上に緊張が勝っちゃって、2人で帰るときも沈黙に耐えられなかった。
「それにしてもさ、何か記憶って曖昧だよな。もう10年も前のことだから、高校の頃の記憶もところどころしか覚えてないし」
「確かに」
飲み会でもよく思い出話はするけど、“そんなことあったっけ?”って話が多っかたりする。
もしくは誰かがすごい詳細覚えていて、その話を聞いて“そういえば……”って思い出すことも多いかな。
「もしかしたらさ、その手紙のヒントが過去にあるのかもよ?何かの数字だったとかさ」
「何かの数字……?」
「そう。とりあえず、ワッキーとかクラスの奴らに話聞きに行ってみれば?何か思い出すことがあるかもしれないし」
確かに田所の言う通り、何かがきっかけで思い出すことがあるかもしれない。
もし、この手紙に何かの意味があるのなら、僕はそれを知りたいと思った。
「そうだな、そうしてみるよ。ありがと、田所」
「全然いいって」と笑う田所と、今日会うことが出来てよかった。
やっぱり僕1人でぐだぐだ考えるよりも、とにかくあの数字の手がかりになる情報を集めなくちゃ。
彼女が残した僕への手紙。
その手紙の意味を探して、彼女が僕に伝えたかったことを見つけだしてやる。