彼女が残した僕への手紙 第7話
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あれからみんなと別れた後、家に帰ってすぐにスーツを脱ぎ捨てた。
堅苦しいというのもあるけど、何だかこれを1秒でも長く着たまま過ごしていたくなかった。
部屋着に着替えてベッドの縁に座りこむと、僕はテーブルの上に置いた白い封筒を手に取った。
『浅見隆弘様』
癖がなく、整った字が並んでいる。
彼女が書いた字を見たのは、高校以来だろうか。
授業中に先生に当てられて黒板に書く字も、そう言えば綺麗だったなと今更ながら思い出す。
ふーっと深く息を吐いてから、僕は封筒の右端をビリビリと手で破いて開けた。
中には薄い白い便箋が入っていて、それを取り出す。
緊張して胸がドキドキ鳴っている。僕はもう一度深呼吸をして、「よし」と何故か意気込んでから、2つ折にされた手紙をゆっくりと開いた。
「………」
“321”
「何、これ……」
どんな思いが綴られているんだろう。
期待と、ほんの少しの怖さを込めて開いた手紙には、たった3文字。
「321」としか書かれていなかった。
「浅見くんへ」とか「藤咲舞より」すらない。
真っ白な便箋の中央には、訳の分からない数字が3つ並んでいるだけだった。
いやいや、これどういう意味だ?
何かの暗号?
「321」だから「みにい」とでも読むんだろうか……いや、それにしたって意味不明だよな。
他の奴らがもらった手紙も同じなんだろうか。
読み終わった後、何ともいえないモヤモヤが胸をうずまく。
彼女が死を覚悟して書いた手紙だから、きっと色々と書いてあるだろうと思った。
高校のときはもちろん、卒業後もちょくちょく会っていて、仲が良かった方……だと自分では認識している。
しかも、たった1ヶ月とはいえ、彼氏彼女の関係だったこともあるのに。
その彼女からの手紙が、たったこれだけってどういうことだ。
「はぁ~……」
大きく息を吐いて」、ベッドに倒れこむ。
緊張の糸がフッと切れて、疲れが急に体にズシンとのしかかってきた。
『はい、ひっかかったー!』
後ろの席だった彼女がトントンと背中をつついて、振り向いた僕の頬に人差し指を突きつけ、意地悪そうな笑みを浮かべていたときのことを思い出す。
「何だよ、この手紙……」
この手紙は、そんな彼女らしさを表しているようにも思えた。
どうして家族以外誰にも告げず、死んでしまったんだ。
もし、僕に、僕らに告げてくれていたら、もっと彼女にしてあげられたことはたくさんあったはずなのに。
いや、それはただ残された側のエゴなのか。
分かんないけど、それでも、やっぱ……。
「何でだよ……っ」
もっと話したいこといっぱいあったのに。
もっと聞きたいことはあったのに。
何で?
どうして?
そればかりが頭を駆け巡り、僕はとうとう泣いてしまった。
「くそっ」とか「ふざけんな」とか、そんな言葉を吐き捨てながら、何で彼女なんだと、誰に向ければいいのか分からない怒りをぶつけながら。
手紙の意味は、分からない。
ホント、意味が分からない。
彼女からの言葉があれば、少しは僕の気持ちも落ち着いたかもしれないのに。
彼女の死を受け入れるきっかけの一つになったかもしれないのに。
こんな手紙じゃ、ただモヤモヤが残るだけで、どうしようもない。
藤咲さん、君は僕に何を伝えたかったんだ。
彼女が死んでしまった今ではもう、その答えを知る術はないというのに。