彼女が残した僕への手紙 第2話
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次の日。
ちょっとドキドキしながら登校してきた僕は、足早に教室へ向かった。
今までは何気なく教室に入っていっていたのに、今日は入る前に少し躊躇う。
何だか違う場所に来たみたいで、変な感じ。
いつもつるんでいる男友達に挨拶をしながら、僕の目は藤咲さんの姿を探していた。
彼女はまた来てないようだ。
「なぁ、浅見。昨日藤咲さんにメールしたの?」
僕の席にやってきた田所は、ニヤニヤしながらそう聞いてきた。
何を隠そう、僕に藤咲さんのアドレスを聞くように指名したのはこいつなのだ。
田所は高校に入って初めて出来た新しい友達で、新学期初日に筆箱を忘れた僕にシャーペンを貸してくれた優しい奴。
身長が180㎝もあって、モデル体型の田所は顔もイケメンだし、話も面白い。
まあ、いうなれば……絶対女子にモテるタイプ。
「したよ」
僕がそう言うと、田所は「マジか?どうだった?」と向かいの席に座ってカバンから教科書を取り出している僕を見上げる。
こういう話題は、僕らの中で結構盛り上がっていて、この前田所が別の女子にアドレスを聞いた時と同じ会話が繰り広げられたいた。
田所がアドレスを聞いたのは、麻生景子というおっとりした癒し系の女の子。
フワフワした雰囲気のめちゃくちゃ可愛い子で、アドレスをゲットして帰ってきた田所のことを皆、勇者のような目で見ていた。
メール交換をし始めて、田所は麻生さんのことを「景ちゃん」なんて呼び始めて、学校でも挨拶をしたり、ちょくちょく話すようになっている。
他校に彼女がいる田所は女の子の扱いも上手いから、そうなるまではごく自然な感じ。
そんな高度なスキルがない僕からすれば、田所のことはちょっと……いや、かなり羨ましい。
それに比べて僕は、自分から積極的に女子に話しかけるようなタイプじゃない。
というか、女子に限らず、初対面の人と話すのは苦手な人見知り人間。
高校に入って仲良くなった友達は皆、向こうから話しかけてきてくれた奴らばっかりだった。
「結構長時間メールしてたよ。中学のこととか、授業のこととか」
僕がそう言うと、「それで、それで?」とニヤニヤしながら話を急かしてくる。
僕は昨日のことを思い返しながら田所にメールの内容を話した。
椅子に座って向かい合ってそんな話に花を咲かせていると、「おはよー」とワッキーこと宮脇がやってくる。
ワッキーは田所の友達だったから、僕も自然と仲良くなった。
陸上部部所属のスポーツマンで、いつもニコニコしてる大らかな性格の奴。
梅干とかほうじ茶が好きだと、おじいちゃんみたいな事を言うちょっと変わったところもあるけど、電車でお年寄りを見つけると、即座に席を譲ったり、道に迷っている人を目的地まで送ってやる……と、ワッキーはとりあえずいい奴なのだ。
「何なに?何の話?」
ニヤニヤしている田所を見たワッキーも、興味津々の様子で輪の中に入ってきた。
「藤咲さんの話。昨日メール結構盛り上がったって!」
僕の代わりに田所が答える。
その後2人に質問攻めに遭った僕は、それからしばらく彼女について根掘り葉掘り聞かれることとなった。
「席つけよー」
チャイムが鳴って、気だるそうな担任の声で話しが終わる。
みんなそれぞれの席に戻っていき、朝のSHRが始まった。
僕はふと視線を逸らして藤咲さんの席を見る。
僕らが話しに夢中になっている間に、いつの間にか学校に来ていたようだ。
窓際の前から2列目に座る彼女の横顔が、ココからはよく見える。
担任の佐々木先生が出欠確認を取っている間中、彼女はずっとつまらなさそうに窓の外に目を向けていた。
少し開いた窓から吹く風が、藤咲さんの髪を揺らす。
その景色がやけに綺麗で、1枚の写真を見ているような気分になった。
ふと藤咲さんがこちらを見た。
しっかりと目が合ったから、僕を見ているんだろう。
彼女は少しビックリした表情を見せた後、その目を細めて優しく僕に笑いかけてくれた。
胸が、ドキッ、として一瞬息が止まるかと思った。
藤咲さんは、その後何事もなかったかのようにくるりと僕に背を向けて、担任の方に視線を向ける。
その後ろ姿は、僕はいつも見ている景色と変わらなかった。
だから、さっきの微笑みはまぼろしで、僕の頭の中の妄想なのかもしれない……という思いが頭に過ぎったけれど、腕を小さく抓るとやっぱり痛い。
「これは現実だ」と、確認して、いつもと違うそわそわした気持ちでその日1日を過ごした。
あの時の笑顔を、僕は今でも忘れられない。
大きな口を開けて明るく笑う印象が強かった彼女の、優しげな微笑み。
それがとても印象的だった。
だって出会ってから10年経ったけど、あんな風に笑う彼女を見たのは心地よい春の風が吹きぬける、あの日きりだったから。