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彼女が残した僕への手紙 第1話

記憶の中にいる彼女は、いつだって明るい笑顔で溢れていた。

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僕には高校時代に付き合っていた女の子がいる。

名前は、藤咲舞。
同じクラスで、入学してからすぐに出来た彼女だ。
ただ、「付き合っていた」と言っても、たった一ヵ月。
キスをすることもなければ、手だって繋いだことも一回もない……まあ、そんな友達とは変わらない、ただ名ばかりの付き合いだった。

入学当初僕らのクラスの男子は、高校という新しい環境の中で浮き足立っていた。
小学生から中学生になる時とは違って、出身中学もバラバラ。
同じクラスに同じ中学出身の奴は二人しかおらず、後はほぼ初めましての面子ばかりだ。
何となく出来た男友達のグループの中で話す話題はいろいろあったけど、中でも一番盛り上がっていたのはクラスの女子について話す時だった。

僕のクラスは普通科と違って特進コースで、三年間クラス替えはない。
だから、女子とも仲良くなっておきたいよなという話から各々がまずは近くの席の女子と仲良くなろうという結論に達し、僕が最初に連絡先を聞いた子が藤咲さんだった。

彼女は、同じ出身校の子がクラスに一人もいないようだったけど、すぐに周りの女子と打ち解け、休み時間にはいつも彼女の周りに人がいた。
肩くらいの長さの髪は癖のないサラサラのストレートで、とびきり美人という訳ではなかったけれど、愛嬌のある笑顔が特徴的な可愛らしい雰囲気の女の子だった。

連絡先を聞くために、初めて話しかけた時には気さくな笑顔を浮かべて「いいよ。紙にアドレス書いたらいい?」と、カバンの中からピンク色のメモを取り出してアドレスを教えてくれた。
正直、緊張していた僕にはそんな彼女の反応がありがたかった。

受け取ったメモを手に、「じゃあ、また連絡する」と彼女の前を立ち去り、僕を見守っていた男子連中の輪へ戻っていく時には、心の中はホッとした気持ちでいっぱいだった。
周りの冷やかしを受けながら、チラッと彼女がいた方に目を遣ると、同じように周りの女子にせっつかれている藤咲さんの姿があった。

その日の夜。
学校から帰ってきた僕は、彼女に最初に送る文面をどうしようかと悩んでいた。

中学の時は携帯を持っていなかった子の方が多い。
僕もその例外ではなく、高校入学祝いに買ってもらった携帯のアドレス帳には、まだ女子の名前は数少なかった。

ほとんど喋ったこともない女子とのメールなんて、何を打てばいいのか分からない。
悩みに悩んだ末に送ったメールは、「浅見です。アドレス教えてくれてありがとう。これからよろしく!」といった何の面白味もないメールになってしまった。

メールを送ってから何だか落ち着かなかった僕は、そわそわしてじっとしている事が出来なかった。
言っておくが、この段階で僕は彼女が好きだった訳ではない。
だけど、ほぼ喋ったことのない女子にメールを送ることは初めてで、その反応がどうなるか怖かった。

十五分程経ってから、僕の携帯の着信音が鳴る。
慌てて携帯を手に取り、受信ボックスを見れば、差出人は登録したばかりの「藤咲さん」。

「メールありがとう!今日はいきなりでビックリしたけど、これから仲良くしてね!そういえば、浅見くんって木崎中だったよね?」

返ってきたメールの終わりは何と疑問文だった!

何だかそれが嬉しくて、僕はその後すぐに「そう!松谷とか清水と同じ出身。藤咲さんはどこ中?」とメールを打ち、ベッドに座って彼女からの返事を待った。

それから三時間くらいメールのやり取りは続いた。
出身中学の話や、仲のいい友達の話、授業の話とかいろいろ。
どれも取るに足らない何気ない話だったけど、お互いの事をほとんど知らない僕らにとってはそんな話題で十分すぎるくらい盛り上がった。

日付の変わる頃になり、藤咲さんから「明日も朝早いし、寝るね。また学校で!おやすみなさい」というメールが届き、ようやく僕らのやり取りは終わりを告げた。

その日の晩。
僕はさっきのメールを読み返しながら眠りに就いた。
気持ち悪いと思われるかもしれないが、まあ、あの頃は女子との接触回数が少なかった僕だ。
“女子とメールで盛り上がる”という経験は、僕にとって初めてのことだったから、きっとただそれだけの事実が、僕を舞い上がらせていた。

だってこの時は、僕が彼女に対して特別な感情を持っていた訳ではない。
ただ、たまたま近くの席に座っていたのが彼女だっただけで。
アドレスを聞いたのは、ただそれだけのこと。

ただ、それだけだった。

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