彼女が残した僕への手紙 第5話
※1話から読みたい人はこちら
「浅見くん?聞いてる?」
電話越しに聞こえるそんな声に、止まっていた思考がハッとする。
ぼんやりと話を聞きながら、僕の頭の中には10年前の藤咲さんの姿が浮かび上がっていた。
電話の相手は、同じ高校のクラスメイトだった本田さんだ。
それほど仲がよかった訳でもなかった彼女からの電話にも驚いたけど、それよりもその内容の方が衝撃的すぎて何を言ってるのか信じられなかった。
「あのさ、ホントなの?……藤咲さんが死んだって」
「……うん。私も信じられなかったけど……。舞のお母さんから連絡あって、病気だったらしいよ」
その言葉が今の僕にはあまりにも遠い言葉で、やっぱりすぐに理解出来なかった。
明るくて元気だった彼女が?
まさか、そんな訳ない。
告げられた事実を飲み込めず、僕はただ呆然と携帯を握りしめていた。
どれくらいそうしてたかは分からない。
遠慮がちに「浅見くん?」とまた聞こえてきた声が、再び現実に僕を戻す。
「ごめん、それで通夜とか告別式はいつやるの?」
「明日の18時からお通夜だって。場所は高枝のベルモニー会館。来れそう?」
「うん」
僕がそう返すと、詳細はLINEで送るからということで本田さんの電話は切れた。
電話が切れてからしばらくの間、僕は放心状態で動けなかった。
親戚のおじさんの葬式に出たことはある。
確か小学校低学年の頃だったかな。
ほとんど面識もなかったから、その時は会場にある卓球台で遊んだ記憶しかなくて、泣いた記憶もない。
多分、あの頃の僕はおじさんの「死」に対して、そこまで深く考えていなかったのもあると思う。
でも、自分と同じ歳の、まだ25歳の彼女が死んだという事実は、当たり前だけどすんなり受け入れられる出来事ではなかった。
藤咲さんに最後に会ったのは、半年前。
恒例の、高校時代のクラスメイト達との飲み会に彼女も来ていた。
他には田所とワッキー、景ちゃんと園部さん。
高校卒業後、成人式で同窓会を開いて以来この飲み会は定例行事のように年に数回開かれていた。
メンバーはその時々で変わるけど、ワッキーと藤咲さんはいつも出席している常連メンバーだった。
半年前に会った彼女を思い出す。
病気で死んだって事は、あの時にはもう病状は分かっていたのか。
いや、それともその時は知らなかったんだろうか。
だって、いくら思い出してみたって、記憶の中にいる彼女は明るくて、元気で、変わらない姿で笑っている。
男連中の下世話でくだらない話にも、白い歯を見せて大笑いしていた。
病気なんかとは全く無縁で、重い病気を患っている素振りなんて一度も見せたりしていなかったのに。
黒くなった携帯の画面を見つめる。
それを持つ手は少しだけ震えていた。
心臓の音がいつもより大きく聞こえてうるさい。
涙は出なかった。
悲しくない訳じゃないけど、実感が湧かない。
どこかで嘘なんじゃないか、夢なんじゃないかって気持ちが心にあって、まだ信じられなかった。
『よし、今から海行こうか!』
飲み会が終わった後、急に「花火がしたい」と言い出した藤咲さんに付き合って、みんなで海へ行った日のことを思い出す。
酔っ払っていたのもあって、テンションが高めな僕らは、店に残っていた花火を買い占めて、海までの道を並んで歩いた。
じめじめとした暑いあの夏の日の夜。
僕たちは、「次は何しようか」なんて話に花を咲かせていた。
『旅行とかよくない?温泉行こうよ、温泉』
『バーベキューもしたいなー』
『冬はスノボやりたい!スキーでもいいけど』
ただ漠然と、楽しい“今”が続くものだと思っていて、それが突然ぷつりと途切れてしまうなんて、思いもしてなかったあの夜。
『花火、来年もまたやろうね!』
帰り際にそう言って、手を振り帰っていた彼女の笑顔を、もう僕は見ることができないんだ。
信じられない。
いや、信じたくない。
あまりに急すぎて、彼女のイメージからあまりにも“死”が遠すぎて、突きつけられた現実を僕はどう受け入れたらいいのか分からなかった。