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想定外を想定する 〜「看護のためのポジティブ・マネジメント 第2版増補版」を読んで考えたこと

看護のためのポジティブ・マネジメント 第2版増補版」が8月16日に出版される。

手島恵先生・編著の「看護のためのポジティブ・マネジメント」は、組織やスタッフの「優れた特性、強み、豊かさ」を活かし、成果を生み出す組織づくりのためのポジティブ・マネジメントについて書かれた本。

第1版が出版されたのが2014年。2018年に第2版が出て、今回の「増補版」は、これにCOVID-19禍における取り組みを新たに追加したもの。

私はここで、ポジティブ・マネジメントの理論的な背景や実践のための方法論についての章を担当している。

理論的な背景や方法論がコロナ禍の前後で変わるわけじゃないけど、今回の増補版の出版にあたっては、第2版を読み直し、10数箇所にそれぞれ数行の加筆を行った。

その内容は、基本的に「ここに書いてるようなこと、これまでのコロナ対応でありましたよね?」というもの。

出版社から送られてきた書籍に描かれたCOVID-19禍における取り組み事例をみると、そうした加筆箇所にバシッと呼応することが書かれていることに驚くとともに、(可能ならば)「ほらねっ」と副音声を入れたい気になった。

想定外に対応するために必要なことは?

加筆したのは、たとえばポジティブ/ネガティブな感情が組織の行動にどんな影響を与えるか、ということについて書いたところ。
メンバーがポジティブな感情を抱いていれば、たとえシンドい状況になっても「事実をしっかりと把握したうえで行動し、常に自分自身を振り返りながら、心から望む行動をしたい」と考える「建設的思考」がめばえる。

しかしネガティブな感情にとらわれてしまうと、「他の人に勝とうと(負けまいと)する感情が思考が支配的」になり、「大義名分に訴えかけたり、説得を試みることで、想定外の事態を避け」、「状況をできるだけ自分の思い通りにコントロールする」方向で行動する「防衛的思考」が働いてしまう。

とくに想定外のタイヘンな事態が起きると、「防衛的思考」がどんどん大きくなり、「『わけのわからないことや、手の下しようがない状況』は不快であり、困惑するものなので、当面の状況に『とりあえず意味づけをし、なんとか “分かろう” と』」する。

その結果、「<問題>を性急に措定せず、生半可な意味づけや知識でもって、未解決の問題にせっかちに帳尻を合わせず、宙ぶらりんな状態を持ちこたえる」力(= ネガティブ・ケイパビリティ)が組織から失われてしまう。

メンバーの感情が組織に与える影響は?

そのあたりで行ったのが以下の加筆。

こうした状況は、コロナ対応においてさまざまなかたちで生まれてきたのではないでしょうか。ネガティブ・ケイパビリティが低下し、防衛的思考が高まることで、職場のメンバー間の関係が悪くなったという話をよく耳にします。

また、その数ページ後にはこんなことも書いた。

コロナ禍の最初期の混乱した状況においては、ネガティブな感情が組織に与えるこうした影響を垣間見る場面があったはずです。

で、今回追加された取り組み事例を読んでいたら、金沢大学附属病院のICUで、まさしくそうした状況が起きたと書かれたのでビックリした。

COVID-19禍で不測の事態が起きていることも相まって、治療やケアの方針の違い(例:丁寧にケアをしたい、スピード感を求めて素早く対応した)が職種間で生まれ、自分を抑えきれず感情を露わにしたり軋轢が生じたり礼儀正しさに欠けた言動や態度を目にして萎縮してしまい発言ができなくなったりし、お互いを尊重し合える関係性を築けているとはいえませんでした。そして、これは看護師の離職の原因にもなっていました。

まさしく「ネガティブな感情が組織に与えるこうした影響を垣間見る場面」!

こんな風に期せずして呼応する部分が生まれていることに驚くとともに、「ほらね、こういうことあったんじゃないですか?」と、読み手のみなさんにここ数年を振りかえってもらえる内容になっているところがすばらしい。

そこに増補版を出版する意味があると思う。

問題を「解決する」ことと、問題を「設定する」こと

こちらで加筆した箇所と取り組み事例との間に、期せずして呼応した部分がみられるのはそこだけじゃない。

組織を管理する立場に置かれると、「複雑で不安定、そして不確定な状況」、つまり「専門知識をあてはめてみても事態を収拾できる」とはかぎらない「混乱」を前に、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」(ネガティブ・ケイパビリティ)が試されることになる。

ここで大切なのは、「専門的な知識で “問題解決”(problem solving)を行うことではなく、そもそも何が問題なのかを意味づけること、すなわち “問題設定”(problem setting)をどのように行うかということ

ここに以下の加筆を行った。

ここでコロナ対応のことを思い返してください。そこでは、管理者として “混乱を管理する” 必要に迫られる瞬間が数多く生まれていたのではないでしょうか。最初期の段階では、専門的知識をあてはめて解決すべき “問題” そのものが不明確であり、そもそも “何が起きているのか?”、そして “何が重要なのか?” を明らかにするための意味づけ(“問題設定”)を行わなければ先に進めないことが多かったはずです。

これに呼応しているのが、国立国際医療研究センター病院の事例。

COVID-19患者への治療法が明確になっていなかった時期は、感染防止が最優先され、看護師たちからは「重症患者へ手を尽くせず後悔している」「家族に会わせてあげられなくてつらい」「終末期に患者に会えない家族の気持ちに寄り添うことが困難である」などが語られました。

また、面会できない家族から、患者の病状についての問い合わせが増えていました。看護師は、家族の心配する気持ちに寄り添いながらも、感染症対策が最優先であることに対して経験したことのないストレスを抱えていました。

このように、療養環境はこれまでと異なる緊迫感のある様相を呈し、看護師は面会制限による葛藤を抱えていました。

この文章、主語が看護師になっているけど、そうしたメンバーをマネジメントするべき立場にある管理者にとっても、“問題” そのものが不明確な状況のもとで、“混乱を管理する” 必要に迫られる瞬間が数多く生まれていたことを示している。

こうした状況のもとで行われた1on1ミーティングや、「看護師がCOVID-19禍の中で提供できる看護についてどう考えているかを共有し、『患者・家族中心の看護を提供すること』」を目的とした看護を語る会の開催といった取り組みは、「専門的な知識で “問題解決”(problem solving)を行うことではなく、そもそも何が問題なのかを意味づけること、すなわち “問題設定”(problem setting)をどのように行うか」 が重要な役割を果たすことをよくあらわしているように思える。

想定外を想定するために必要なことは?

こうして、この本の第2版増補版には、期せずして響き合う言葉が盛り込まれることになった。もちろんコロナ禍みたいなことが起きるなんて想像もしていなかったけど、結果的に「想定した」状況が生まれていることが面白い。

「想定外を想定する」というと、いってることが矛盾しているように思われがちだけど、想定外の事態が起きたときに、それがどのような状況を生み出しうるかについての因果関係については、事前に想定することができるということなのでは。

「看護のためのポジティブ・マネジメント 第2版増補版」の意図していなかった呼応関係に示されているのは、「経営資源としてのポジティブ感情」と組織行動との関係に目を向け、しっかりと手を打っていくことは、「正解のない時代」に「想定外を想定する」うえで大きな役割を果たすことを示唆しているように思う。

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