未就学児や小学生の生徒さんのレッスンについて 3
未就学児や小学生の生徒さんに限ったことではないのですが、私達のレッスンではギターを使った音楽とその背景にある「文化」も伝えたいと考えています。
芸術分野に限らず、学問でもスポーツでも、人にものを伝えたり教えたりするときに知識や技術だけでなく、その根底にある文化・カルチャーを伝えることは必要不可欠なことだと思っています。知識や技術はその文化を伝えるために存在していると言ってもいいでしょう。
例えば、ピアノは日本では一番経験者の多い習い事です。3歳くらいから習い始める子も珍しくはなく、中学校の合唱祭で伴奏をするような子達は実に達者です。
しかし、そのピアノを習っている人たちの多くは高校、大学、社会人と年齢を重ねる中でピアノを弾くことをやめてしまいます。習うことではなく、楽器を弾くこと自体をやめてしまうのです。
「あんなに上手に弾けるのに、なぜ?」という疑問が高校生の頃から私の中にはありました。ピアノや他の鍵盤楽器に共通する難しい部分と教育の問題が原因だと考えているのですが、今回は教育について述べます。
ピアノ教育の問題点は演奏する音楽の文化的・歴史的背景、一言で表すのであればカルチャーを伝えずに楽器だけ普及させたことにあると思います(これについてはピアノを所有することが社会的なステイタスになったという日本独自の事情もありますが)。ピアノを使った音楽のイメージがクラシック音楽に偏重している割にはクラシック音楽は日本社会に根付いているとは言い難く、しかし、多くのピアノ教室ではクラシック音楽を主に教えています。誰憚らずに言ってしまえば、教師自身がクラシック音楽を好んで聴いているのかも疑問です。ピアノを使った音楽はジャズ、ロック、ブルースと様々ですが、それらを教えている講師を見つけることは日本ではなかなか難しいです。
指導法も楽譜を読んで曲を弾くことが優先される傾向にあると思います。楽曲の構造や曲想の理解、作曲当時の歴史的背景までレッスンで触れている講師は稀だと思います。故に生徒さんは楽譜が読めて指が動いて、楽譜があれば曲はなぞれるようになっても、それ以上のレベルに行くことに魅力を感じられなくなってレッスンだけでなく楽器もやめてしまうのだと思います。
英語教育にも同じことが言えます。
外国語を学習するときにその国の文化を知らずにいては、その言語特有の言い回しや語順を理解できません。
故に大卒であれば中高大と最低でも8年間英語を学んでいるのにその多くはコミュニケーションツールとして英語を使えません。今では小学校から英語の授業があるので学校だけでも10年くらいは英語を学んでいますね。
私の父は自営業で貿易業を営んでいたのですが、一時期英語を教えていました。そのときにもカルチャーを伝えることに腐心していたことを覚えています。