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本当に迷惑だった出禁客リスト

 オープン当初、飲食業界素人という負い目もあり、「多くのお客さんの意見を聞くべきだ」と思っていた。食べたいものがあると言われれば試作を繰り返しおすすめ商品として出し、アイリッシュウイスキーが飲みたいと言われれば試飲の上メニューに加えた。聞ける範囲内の要望は全て聞き入れていたと思う。

最初の出禁客

 最初に出禁客が出たのはオープンから半年ほど経過した頃だった。

 「もう来ないでほしい」という態度は既に示していた。だが、出禁になるようなタイプはどんな態度をとってもなぜか普通に来店してくる。仕方なく直接こちらの意見を伝えるしかなかった。筆者はそもそも他者に思っていることを伝える行為が苦手だ。プライベートならば何も伝えずにブロックして終わらせている話である。

 しかし飲食店経営となると、拒否している旨を伝えない限り向こうから一方的に関わることができる。これは非常に恐ろしい状態だ。ましてや筆者は女性である。相手が男性であれば殴られたり、それこそ殺される可能性だってある。

 最初は「もう店に来ないでください」と連絡を入れるだけで手が震えた。恐怖のあまり別のお客さんに事情を話して一緒にいてもらった。

 あれから3か月。

 今ではひとつも表情を動かさずに、また、誰にも話さないままに、迷惑客に「もう2度とこないでくださいね~!」と対面で言えるようになった。3か月の間に筆者が女性から屈強な男性に生まれ変わったわけでもないのに、なぜか全く平気になった。良くも悪くも、人は慣れるのである。

凪咲屋店内写真

出禁客の定義

 ここで、出禁客の定義について話しておきたい。

 前提として、お客さんはお金を支払って来てくれている。オーナーである筆者はお金を対価に、酒、食事、空間を提供する。力関係は対等だと考えている。

 対等な関係性である以上、相手を否定するコミュニケーションを許してはいけない。お金を払っているからといってオーナーを否定していいわけではないし、またオーナーがお客さんを否定していいわけもない。

 難しく書いてしまったが、要は「相手が嫌がることをする人は出禁です」という話である。もはや飲食店は関係ない。当然かつ、健全な人間関係を求めているだけだ。

要求がエスカレートしていく客

 前述の通り、オープン当初筆者はお客さんの言うことを延々と聞き続けていた。それがお店をよくすると思っていたし、どんなビジネスであれユーザーのニーズに答えることは当然だと考えていた。

 ところが、話を聞き続けているうちに、要求がエスカレートしていく男性客がいた。元々口が悪く、「ばかじゃねえの」だの「〇〇しろ!」だのと失礼な物言いの人であった。エスカレートした要求は、家族ぐるみの関係性を築きたい、筆者の娘を遊びに連れて行きたいなどの、何ひとつこちらにメリットのなさそうなものばかりである。まだここまでは、「いいですね〜」で適当に流せた。

 本格的にもうこの人は無理だなと思ったときには、子育てについて文句を言われていた。

 筆者は2児の母である。ほとんどの親がそうだと思うが、筆者は子どもたちがとても可愛い。顔も可愛ければ動きも性格もすべてが可愛い。最も推している人間が我が子と言える。

 ある日ふいに、当店のオープンキッチンから、自転車に乗った娘が手を振っている様子が見えた。突如現れた推しからのファンサである。思わず「可愛い~!」と口に出した。その際、対面に座っていた要求エスカレートおじさんが、「自分の子どもを人前で褒めるな!」と言い出した。

 は?

 「いや別によくないですか。事実なんですし」と、話す筆者の言葉にかぶせて、「俺だって子どもを可愛いと思ってるよ、でも人前では褒めないように我慢するんだよ!」と言い出す要求エスカレートおじさん。

 なんでこの人キレてるの? どこから目線? 自他境界が曖昧すぎでは? 等々、あらゆる疑問が沸いてくる。半年間、様々な要求を聞き続けていた筆者だったが、ここで何かの糸がプツリと切れてしまった。

 その後は一切笑顔を見せずに真顔で対応してると、「オーナーに嫌われちゃったかな。俺が女遊びが激しいから嫌になっちゃったんだよな」と、お門違いの言葉をかけられた。帰ってくれ。

否定のコミュニケーション文化

 相手を否定する行為を正当なコミュニケーションだと捉えてる世代があると思う。本来なら一発アウトの退場行為だが、それが当然といった態度をとる人たちがいる。完全に偏見だが、60代以降の男性に多い印象だ。前述の男性客以外にも、いきなり「ここはオーナーがわかってないな。酒を飲んだことがないんだろうな」と面と向かって言ってきた客がいた。

 その時点で筆者とその客との関係性は終わったのだが、そのまま普通に話を進めてきたので驚いた。 

 その後も散々否定と文句を繰り返し、「これ以上言ったら嫌われちゃうかな?」と、テヘペロと言わんばかりの笑顔を見せてきた。こちらはファーストインプレッションで既に嫌いだったので、わざと嫌われようとしていたわけではなかったことに、更に驚いた。

 否定の意図が本当にわからなかったので、その客と共通の知人に聞いてみたところ、どうやら承認欲求の強い人らしく、「あなたは色々知っていてすごいですね!」を待っていたようだった。さすがに流れに無理があるだろう。

距離ガバ客

 当店は8席の小さな箱である。週末は席がなくて立ち飲みが出ることも多々ある。

 その日、筆者は誰とも喋らずに黙々とドリンクとフードを作り続けていた。もちろんトラブルが起きないようにお客さん同士の会話に耳を傾けつつではあるが、居酒屋での大人同士の出会いである。基本的にはノータッチでいいと考えている。

 ところが営業後、あまり話したことのない客から店のSNS宛に「僕は今日空気でした」とのメッセージがきた。DMを晒したいところだが、さすがに社会的にどうかと思うので意訳すると、「誰にも構ってもらえなかった」と言いたいようだった。

 筆者を母親か何かと間違えたのだろうか。思わずDMは無視してしまったが、代わりに下記の文面を店内に掲示させていただいた。

 もしもオーナーが男性だったなら、店舗宛にこのようなメッセージは送らなかったはずだ。女性であればケアしてくれると無意識に思っている人は非常に多い。当店はガールズバーではない。確実なコミュニケーションを求めるのならば、もっと高い料金を支払い、しかるべき店に行くべきである。

告白してくる既婚者

 見出しから言語同断であるが、割と仲良くしていたつもりの客から耳元で「マジで好き」と言われ、頬にキスをされたことがある。繰り返すが、見出しの通り既婚者からである。

 筆者も気分よく酒で酔っていたが、一瞬でシラフに戻った。帰宅後、被害届を出そうか迷うほど荒れ狂った。酔っていたらいいと思ったか? 飲食店のオーナーならいいと思ったか?

 何を思ったのか知らないが、筆者も既婚者である。今更恋愛には1mmも興味ないどころか、不倫する人は男女問わずに地獄行きだと思っている。不倫はパートナーに対する魂の殺人だ。やりたいならば勝手にやればいいが、さすがにそのような思考の相手にいきなりキスは無理がすぎるだろう。

シンプルに犯罪者

 月曜日の雨の日。人通りが少なく、隣のラーメン屋さんは定休日だった。

「ワインを飲みたい」と入ってきた客がいた。他に客はおらず、そろそろ店じまいをしようかと思っていた時間だった。

「当店は24時で閉店ですがよろしいですか」と確認したところ、「問題ない」というのでワインを開けた。

10分ほどマンツーマンで接客したころ、唐突に「10万円払うからレイプさせて」と言われた。「通報しますよ~」と言いつつ包丁を自分のすぐ前に移動させ、録音を開始。「レジがクローズの時間なのでお先に会計いいですか? 今の時間クレジットカードのみのお支払いとなっております」と言い、ひとまずクレジットカードで会計を済ませた。もちろん大嘘である。どんな時間でも現金払い大歓迎だ。

 話が逸れた。

 ボトルワインを開けたため、客はなかなか帰る様子がなかった。相変わらず「どうやったらレイプさせてくれるのか」話は続く。焦燥感から、「ご挨拶させていただけますか?」と言い、ショップカードを渡すと、普通に会社名入りの名刺を差し出してきた。

 名刺を受け取った後、「今までの会話はすべて録音・録画しています。あなたの個人情報はクレジットカードと名刺で把握しています。今すぐ帰ってください。帰らなければ通報します」と通告した。

 こいつに関しては客ですらない。ただの犯罪者なので今すぐ逮捕されてほしい。

店内写真。武藤敬司に見守られながら仕事をしている。

おわりに。

 前回、「次回は出禁客および非常識スタッフについてまとめる」と書いたが、出禁客4名のみで想定の文字数を超えてしまった。まだまだ書きたいことはあるが、読者の胸やけが心配になってきたため、ここらへんにしておく。

 突如として人間の気持ち悪い側面を配信してしまい、大変申し訳なく思う。出禁客の代わりに謝罪する。

本当に迷惑だった出禁客その2

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及川一乃
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