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いのちの色のミラクル・志村ふくみ生誕100年記念展を見る/一日一微発見478

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志村さんのことを知ったのは、求龍堂から出たばかりの著書『一色一生』を読んだ頃だから、80年代の頭だと思う。それ以来ずっと志村さんの織や文を愛して、ことあるごとに接してきた。展覧会はもちろんのこと、インタビューもおねがいしたし、工房の見学にもうかがったことがある。

久しぶりに本棚から自分の本『五感の友』という資生堂の「花椿」誌で連載していた対談集を読み返してみる。1999年に志村さんとした対談が収録されているからだ。

忘れられない対談だった。
志村さんが東京にいらっしゃるタイミングで、恵比寿のホテルで収録した。2人とも波長があって3時間も夢中になってお喋りしてしまったのだ。
25年たつのに、今、読み返しても深く面白い。僕は志村さんの何にひかれ続けてきたのだろう?

「生誕100年記念 志村ふくみ色と言葉のつむぎおり」を見に滋賀県立美館へ行った。
「鈴虫」をはじめ、今までも見たことがある80余りの着物とコトバそして裂、ノートがならんでいた。それを妻の渚といっしょに一つづつ見ていく。
渚も織の修業をしていたこともあり、志村さんの仕事が好きなのである。

展覧会のサブタイトルには「人間国宝」とつけられているように、志村さんは、いわゆる「伝統工芸」の方なのだけれど、彼女は「職人」というカテゴリーではくくれない。どの時代の誰にも似ていない「単独者」なのだと思う。志村さんの色彩についての考えの中には、ゲーテやシュタイナーの声が強くひびいているし、同時にモノづくりの人としては、柳宗悦や黒田辰秋ら日本の民藝をつくった人たちの魂もひきついでいる。

彼女の織による着物には、「柄」という考えでつくられた意匠はなく、そこに表象されたものはたとえ、びわ湖のモチーフを借りていたとしても抽象だ。たて色とよこ色、その糸が織りなす抽象であり、絵画の「ぬり」とはちがう「深さ」が織のテクスチャーから生成されるのである。

ある人は志村ふくみに着物を見、またある人は草木染め、またあるいは人生のコトバの使い手を見て共感するのだろう。

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