中平卓馬が今つきつけてくること/一日一微発見434
割引あり
中平卓馬の20年ぶりの大回顧展『火一氾濫』は、中平の写真とテキストが発表された当時の雑誌を徹底して集め展示するというキュレーションにより、実に見ごたえがあり、かつ、時代の文脈で写真を考えるすぐれた「写真展」である。
中平にとっての写真は、単なる「写真作品」ではない。彼の写真は、近代化の中で自からを含む風景のコンフォルミズムや制度化に対する不快、反抗、闘いの作業の産物であった。
今回の展示で強く思ったのは、やはり、中平の「写真」は、中平の個人に帰して考えてはダメだということである。
森山大道との友情や『プロヴォーグ』の神話に偏って過大に語ってはいけない、ということだ。
しかも、それも既存のイデオロギーのコトバではなく、語りを発明しなくてはならない新たな課題があるのは確かだ。
ゴダールのジガ・ヴェルトフ集団時代の映画が、ゴダールの個人史だけで語れないように、中平のアレブレボケや青空の写真を「闘争」という視点から、あらためて語り直さねばならないということである。
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