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目は旅をする・後藤繁雄による写真集セレクション

ヴィジュアルの旅は、大きな快楽を、与えてくれるし、時には長編小説以上に、人生についてのヒントを与えてくれます。 このマガジン「目は旅をする」は、長く写真家たちと仕事をして、写真…
後藤繁雄おすすめの写真集についての記事を月に2~3本ずつ投稿します。アーカイブも閲覧できるようにな…
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ディアナ・ローソン『DEANA LAWSON by Deana Lawson』/目は旅をする047(人間の秘密)

ディアナ・ローソン『DEANA LAWSON by Deana Lawson』(MACK刊) はっきりと言おう。僕らはかつてない大きな時代の変化の時にいるのだと。今まで習得してきた知識はもう役に立たなくなるだろう。 偶然か必然か、2020年代の初頭に世界中がコロナ禍に襲われ、トランプとバイデンの世界を失望させる泥試合の大統領選があり、中国やロシアは領土拡張や覇権の野暮をむき出しにし、SNSのプラットフォーマーたちはメタバースやMRのイニシアティブを競いあう。世界な富はます

アレクサンドル・ロドチェンコ『 Alexander Rodchenko』/目は旅をする024(写真の未来形)

アレクサンドル・ロドチェンコ「Alexander Rodchenko」PHOTO POCHE/CENTRE NATIONAL DE LA PHOTO GRAPHIE刊 僕の写真遍歴は、おおよそ写真専門家たちとは随分異なっているだろう。 まあ、写真を通史的に学ぶならジョン・シャーカウスキーが編集した名作選『Looking at Photographs』(1973)やMoMAの写真部門の初代キュレーターだったボーモント・ニューホールの本『 The history of phot

ダグ・エイケン『Doug Aitken』/目は旅をする023(アナザーワールド)

ダグ・エイケン『Doug Aitken』 PHAIDON Press刊 僕はダグ・エイケンのことを、「エディット」における最重要人物の一人だと思っている。 僕は編集者として編集のアップデートについて考えてきたほうだと思うが、ダグ・エイケンから「学ぶ」ことはあまりに大きい、と思っていることを初めに告白しておきたい。彼は、僕が知るどの編集者、アーティストより、未来に触っている。 彼の活動を振り返ると、1990年代に始まり、現在に至るまで実に精力的だ。活動範囲は、シングル&マル

上田義彦・後藤繁雄 『R/M ロバート・メイプルソープに捧げる』/目は旅をする022(人間の秘密)

上田義彦・後藤繁雄 「R/M ロバート・メイプルソープに捧げる」G/P+abp アートビートパブリッシャーズ刊 とても不思議なコインシデンスだった。 僕はパティ・スミスのInstagramをフォローしているので、彼女のコロナについてのステイトメントをチェックしていたところだった。 ちょうどコロナの第一波が、世界を機能麻痺に陥らせている最中だった。何処にもいけず、僕は自分のかつての資料を整理する日々を過ごしていた。 そうしたら、30年近く前に書いて、未完成のまま放置してい

ピーター・ガラシ編『PLEASURES AND TERRORS OF DOMESTIC COMFORT』/目は旅をする021(風景と人間)

ピーター・ガラシ編『PLEASURES AND TERRORS OF DOMESTIC COMFORT』 Museum of Modern Art このテキストを書いているのは、2020年の11月11日で、ジョー・バイデンが大統領選で「勝利」宣言したにもかかわらず、トランプが選挙自体を不正なものとして認めず、次々と裁判に打って出ている最中である。 アメリカの地図は赤と青にはっきりと区分され、いかにこの国と人が分断されているかを示している。史上最高の投票数となったからといっ

多和田有希『THEGIRLWHOWASPLUGGEDIN』/目は旅をする020(私と他者)

多和田有希『THEGIRLWHOWASPLUGGEDIN』 NEOTOKYOZINE/ G/P+abp 多和田有希は、写真を表現メディアとして選択しているが、彼女が歩んでいる道は、従来の写真史から見れば、遥かに逸脱しているように思われるかもしれない。 まず、彼女が大学で学んだのは微生物学だった。 その時彼女は目覚める。 見えないものをヴィジュアライズするのが写真であるということを。しかし彼女が科学・生物学から写真、現代美術へシフトしたように単純化することも間違っているだろ

John Baldessari 『John Baldessari』/目は旅をする019(地図のない旅/行先のない旅)

John Baldessari 『John Baldessari』 MODERMA MUSET/Koening Books この本は、2020年にストックホルムの近代美術館で開催されたジョン・バルデッサリの回顧展に合わせて発行されたもので、カタログというよりも、コンセプトブック/作品集という面持ちをしている。 だから、純粋な「写真集」というものではないが、あえてこれを取り上げたい。 それは何故かというと、昨今興隆している「コンテンポラリーアートとしての写真」は、1960年

横田大輔+小林健太『THE SCRAP』/目は旅をする018(東京で)

横田大輔+小林健太『THE SCRAP』 artbeat publishers刊 2010年代から2020年への流れの中で、横田大輔(1983年生まれ)と小林健太(1992年生まれ)は、日本だけでなく、グローバルな視点で見ても、極めて重要なアーティストと言えるだろう。 この『THE SCRAP』は、その2人ががっちりと組んで行った特別でレアなコラボレーション作品なのである。このそれぞれの体験は、その後の2人の「分岐点」ともなったことでも注目に値する。 横田は、アムステル

スティーブン・ショア『AMERICAN SURFACES』/目は旅をする017(風景と人間)

スティーブン・ショア『AMERICAN SURFACES』PHAIDN刊  朝からスティーブン・ショアのことについて書こうとして、改めて初期写真集『AMERICAN SURFACES』を見直していたら、なんと今日(10月8日)が彼の誕生日であることに気づいた。 なんと不思議なコインシデンス。 振り返ると、スティーブン・ショアの写真は僕にとり、「ただならぬもの」だったと思う。 彼のことを初めて知ったのは、1980年代のことで、アンソロジーの傑作『The New Color

JR 『INSIDE OUT』/目は旅をする016(風景と人間)

目は旅をする016(風景と人間) JR 『INSIDE OUT』Rizzoli 刊 写真に出来ることはなんだろう?と、最近またよく考える。 もちろんアートフォームの斬新性も重要だけれど、アートの可能性や力は、そればかりではない。 JRにインタビューしたいと思ったのは、2011年の東日本大震災のカタストロフの後、彼が日本に来て福島や東京でプロジェクトをやっていた時だ。 ワタリウム美術館で、2013年にインタビューをすることが出来た。 その時、彼はこう言った。 「食べ物とか

Christer Stromholm 『In Memory of Himself』/目は旅をする015(もうひとつの人生)

Christer Stromholm 『In Memory of Himself』 Steidel Publishing 刊 その出会いは、今でも、とても運命的に思える。 偶然とは時に、重要な恩寵となる。 2006年の11月中旬のことだ。パリへ行った。 それは、その年に10年目をむかえる、写真のアートフェア「ParisPHOTO月間」を見るためだった。 2003年ごろから、僕は世界中のアートフェアをまわりだした。 アートバーゼルやアーモリーショー、グローバル経済の加

リチャード・アヴェドン&ジェームズ・ボールドウィン 『nothing personal』/目は旅をする012(人間の秘密)

リチャード・アヴェドン&ジェームズ・ボールドウィン 『nothing personal』A DELL BOOKS刊 これは1964年に出た写真家リチャード・アヴェドンと作家ジェームズ・ボールドウィンのコラボレーション作品だ。 2人はブロンクスのデウィット・クリントン高校の同級生の仲だった。この時2人は41歳。歴史の歯車が再会させた。 僕は80年代の終わりにニューヨークの行きつけの古本屋でこの『nothing personal』を見つけて買った。小型で、発色の良くない紙に

マリオ・ジャコメッリ 『Cose Mai Viste』/目は旅をする011(天国と地獄)

マリオ・ジャコメッリ『Cose Mai Viste』Photology FU刊 旅の途上で本と出会うのは何よりも楽しい。 偶然立ち寄ったボローニャの Artelibroの会場で、一冊の本が僕の心を捉える。それは、2000年に亡くなったイタリアの写真家、マリオ・ジャコッメリの小ぶりな、しかし400 ページ近くもある写真集だった。 画家のエンツォ・クッキが編集・構成していた。 ジャコメリのトレードマークとも言うべき神学生たちが表紙。日だまりで彼

上田義彦『at Home』/目は旅をする010(幸福)

上田義彦『at Home』 リトルモア刊 この写真集は出産から始まる。 妻、家族、微笑み、愛犬・愛猫との暮らし、そして死別。 何度かの引越しが物語を転調させる。季節はいくつも過ぎ、娘たちは、植物の芽が緑色の葉にかわるように、瞬く間に育つ。 写真家・上田義彦は、多くの仕事で体におぼえさせ続けてきた技術や写真感覚のすべてを、ファミリーフォトへ 捧げた。 いや妻や家族たち写真の共演者がいなければ、このような写真は生まれることはない。妻・桐島かれんと子どもを軸