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かつて『労働者のラ・マルセイエーズ』なる曲があった

これまでの人生(といってもまだ10年しか経ってない)の中で
車、電車、新幹線、飛行機、昆虫、鳥、宇宙・・・など
さまざまな分野に対して
「井戸を掘るかのごとく、狭く深く、かつ同時多発的に掘る」
(by後輩による息子評)
を繰り返してきた息子ですが、
今度は「国歌」にハマり始めました。

子「ママ、『ラ・マルセイエーズ』知ってる?」
私「あー、最近ハマってる、フランス国家のことでしょ」
子「そうそう!聞きたいからパソコンで再生して」

と言われ再生したところ
あることに気が付いた

私「これさー、チャイコフスキーが作った
  『1812年』って曲の一部によく似てるんだよね。
  チャイコフスキー、ロシアの人なのに。なんでかなー」(※)

とつぶやいたら

子「ああ、それね!たぶん『ラ・マルセイエーズ』じゃなくて
  『労働者のラ・マルセイエーズ』なんじゃない?」
私「労働者の・・・ ラ・マルセイエーズ??」

子「1917年に、ロシア臨時政府が、フランスの
  『ラ・マルセイエーズ』の曲をそのままにして
  歌詞だけ変えて国歌にしたの。
  フランスを味方につけてドイツを攻撃しようとして。
  でも結果的にフランスに激怒されたらしいよ!」
 
・・・えっと
『労働者のラ・マルセイエーズ』という歌が
ロシア臨時政府によって採用された国歌だということはよくわかった。

でもフランスとの関係については
wikipediaにも載ってない。
息子の情報は正しいのか?
私には判断するすべすらない。
誰か教えてエライ人。

(※)ちなみに(フランスの)『ラ・マルセイエーズ』は
ナポレオン戦争における侵略者フランスの象徴として引用されることもあり
「1880年にチャイコフスキーが
ナポレオンのロシア遠征をロシア側から描いた『1812年』では
侵略者フランスの象徴として『ラ・マルセイエーズ』が
強烈に引用されている」のだそうです
(by wikipedia)

つまり、『1812年』で使われていたのは
『労働者のラ・マルセイエーズ』ではなく
本家の『ラ・マルセイエーズ』の方だった(時代も違うし)。
ということがわかって大変勉強になりました。
ありがとうwikipediaのエライ人。

それにしても、国歌って
結構攻撃的な歌詞多いよね。
特に『ラ・マルセイエーズ』なんか
もともとは18世紀フランス革命時の軍歌だから
サビの歌詞が
「汚れた血が、我らの田畑を潤すまで!」
ですってよ。すごいな。
(そして息子は今も「G20加盟国国歌集」を
笑顔で聴いているので、私も国歌マニアになりつつある)

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