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新しい本が二冊、 同時とは

 いまも新しい本が出版されると、 胸の高鳴りを覚える。 今回は年齢から考えても、ラストチャンスと自らに言い聞かせて書き上げた二冊の本。 別々の出版社に別々の日に提稿していたのに、何としたことか、ほぼ同時に発刊されようとは。
 発刊されると大抵の場合、 少し多めに自宅に届けて貰うことにしているが、今回ばかりは、狭い我が部屋が二種類の新刊本が荷造りのままどんと積まれ、ワープロの場所まで奪われる始末。
 もとよりわが部屋なのだから、どんな形で積まれても、移動する隙間さえあればいいの だが、問題は緊急の来客。 つい昨日のことだが、 ある編集者がやってきて、資料を探そうと椅子を立って、一回りして机の正前の本棚前に立った途端、そばに山積みにしていた資料が崩れ落ちてしまった。
 ああ、どうしよう。 折角届けてくれた新刊本に目を通す時間もない。 半べそをかきなが ら資料を一つ一つ拾い上げていったら、

「あれっ!」

 先日、 あれだけ探して見つからなかった本がぽろんと出てきた。 探しても探しても見つ からずに、断念した資料だ。
 大喜びで拾い上げ、 書棚にぽんと置き、 新刊本の頁をめくる。ゲラ段階で直しの赤字を入れた箇所を見る。 間違いなく直っている。 安堵して、取材時に一 番苦労した作品から読み出した。

 この取材にはほとほと参った思い出が残る。 墓の周りをうろうろしていたら、怪しげな老人と間違えられて通報され、 墓所の管理人が飛んできた。 事情を話して騒ぎは収まったが、逆に取材と知って何人かが物珍しそうにつきまとい立ち去ろうとしなかった。
 そう言えば東京都内のある寺院の墓地を訪れ、 目的の人物の墓の写真を撮ろうとして、 年配の男性と鉢合わせになった。 この方は北海道の大学教授で、 墓の人物の研究をしてい るという。お互いに北海道から同じ人物の墓を取材したことに驚き合ったものだ。
「吉展ちゃん事件」は昭和三八年に東京で起こった誘拐殺人事件だが、その霊を慰めるよしのぶ地蔵を撮影したら、 「ほかにもう一体ある」 と教えられ、移動して撮影した。 若い新聞記者時代、 取材には手を抜くな、現場を見ないでものを書くな、と厳しく言われた。そんなことを思い出しながら、 新刊本の頁をゆっくり、ゆっくりめくる・・・。

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