世界で1番面白い、わたしの話
「面白い人」って紹介、世界一高いハードルだと思いませんか?
だってそんなん言われたら「え、じゃあ何か面白いこと言うのかな、わくわく」って顔されちゃうじゃない。
期待値爆上がり。飛び越えるべき壁は遥か上空4000メートル。富士山もびっくり。
実際にまたいで見せられるのはせいぜい自分の身長の半分くらいの高さなのにね。だから本当はこの記事のタイトルをつけるのにもだいぶ勇気がいった。
残念と言うべきか幸いと言うべきか、わたしは誰かに「面白い人」って紹介をされたことがない。
わかってる。ぱっと見から真面目そうだし、どちらかと言えば誰かの話聞いて相槌打ってそうなタイプだもんね。
自覚はあるし、また小心者だから冗談でも突然「この子、面白いんだよ!」なんて言われたら顔中の穴という穴から汗が出そう。考えただけでも火を吹ける。
そんな中、この日本中、いや世界中でたったひとりだけ、心の底からわたしのことを「面白い」という人間がいる。
それがわたしの恋人だ。
✳︎
このわたしを、生まれてから一度も髪を染めたこともなければ盗んだバイクで走り出したこともないわたしを。仮病使うにもどきどきしちゃってうまいこと嘘がつけないわたしを。写真で「ポーズとって!」と言われてもピースくらいしかできないわたしを。
とっ捕まえてきて「面白い」、だと?
最初は「何言ってんだか」と適当に流してた。だって本当に「面白い」わけないし、それは恋人としての欲目でしょ、わかってんだから。
と、思ってたんだけど、どうやらそれだけではないらしい。
「俺、会社じゃあんまり笑わないよ。こんなにふにゃふにゃしてるの、いっちゃんといるときだけ」
え、そうなの。君はそのふにゃふにゃした顔がデフォルトなんだと思ってたよ。
そこで少しの間だけ、恋人のことを観察してみることにした。
*
家の中にいる彼は、いっつも笑ってる。
わたしが漫画読んでゴロゴロしてても、顔をあげると彼もスマホから顔をあげてにっこり。
一緒に料理してるとき「あれとって」「これして」というわたしににっこり。
突然思いついて「しゃきーん!」ってポーズするわたしに、またにっこり。
すごい。何やっても笑ってくれる。彼といると絶対にスベらない女になれる。今なら「面白い人」紹介も怖くない。いえい。
いやいや、そうじゃなくて。
彼はいつもわたしのことを見ていた。もちろんテレビ見てグダってるときもあるし、仕事に疲れて人を駄目にするクッションでまんまとダメになってるときもある。
でもわたしがちょっと動いたり変なことをしようとすると、大体見てる。彼の目からでる線がわたしの身体にくっついてるみたいに、するりするすると引き寄せられてくるのだ。
ふむ、これはすごい。
今度は外へ出てみる。
ふたりにしかわからない流行りの言葉でげらげら。目の前のカップルのイチャつき度合いを見てにこにこ。わたしがこっそり耳元で「ズボンのお尻、穴開いてるよ」って言ったら慌てて確認して、安心ついでに「もう!」と言いつつもにっこり。
やっぱりずっと笑ってる。
でも引き続き見ていると、確かに違いがあるらしい。
ふにゃふにゃしてた顔が外へ出るとちょっとだけ引き締まり、伸び切ったダル着がシャツとユニクロのボトムになってる。なんだかよそ行きの表情。
仕事の電話してるときや店員さんと話すとき、確かに声のトーンも顔も違ってた。
えっ、じゃあもしかして本当にわたしが世界一面白い、のか?
と血迷ったことを思いかけて、気がついた。
彼が笑ったときの、自分の姿に。
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