まぶたの裏の写真をめくれば #リライト金曜トワイライト
初恋は匂いが連れてくる、という言葉を疑っている。
形にすることも知らずに散っていく幼い恋は思い出の一番奥の方で息をしていて、はじめての恋にまつわる香りを嗅ぐことで風のように蘇る、らしい。
つまりは匂いがもっとも人の記憶と結びつきやすいということなんだろうけど、僕の初恋は小さな枠の中で息をしていた。その一枚一枚を撫でるごとに愛おしさは増してゆき、忘れるどころか鮮やかさを強めて窓辺から差し込む太陽を反射する。
おまけに彼女の思い出は30年という長いときの中で何度も更新され、まるでイニシエーションのように度々思い出の最前列に並ぶのだから消えるはずもない。
もう初恋と呼ぶことすら懐かしさに目を細める歳になっても、僕はまた訪れるだろう再会の日を待っている。
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渋谷のBunkamuraの本屋の写真集コーナーで君の名前を見つけたのは偶然だった。
当たり前のように手にとってレジに通すと、なぜかほっとした。心のどこかで僕は君との再会を待ち望んでいたのかもしれない。ある一定周期で鼻先を掠める君というヒトは気まぐれで、また君かい、と思うこともあれば、まだ来ないのかい、と不安させられることもある。
帰り道、薄っぺらな袋に入れられた写真集と一緒に手近なカフェに入った。古民家風の雰囲気のいい店で、君だったらどこでシャッターを切るだろうかと僕はあたりを見回していた。
思い出の中の君はいつも首に太めのストラップを下げていた。重くないのかと聞くと、これは軽いほうよと相棒をひと撫でして小気味のいい音とともに景色を小さなフレームに収めていく。
対して携帯ですら写真を撮る習慣のない僕は楽しそうにシャッターを切る君の指先を見つめているか、君に見えている景色を自分のまぶたの裏にも焼き付けようと必死になっていた。
最初のデートは中学生の終わりの頃。帰り道に近所をぶらつきながら「今日12月14日は赤穂浪士の討ち入りの日なんだよ」と、僕は街を飾るイルミネーションの雰囲気とは真逆の薀蓄を披露したんだっけ。あれは照れ隠しだったんだ。
高校生のころは忘れもしない、クリスマスイブの一日だ。夕暮れ時の明かりを瞳に写す君をそっと盗み見ながら、三年前よりもずっと小さく感じる歩幅に合わせてゆっくりと歩いていたよ。そのとき僕ははじめて時の流れというものを感じたんだ。
大学生の頃の再会は広尾の図書館だった。偶然の出来事だったから僕はいやにどきどきしていて、沈黙がふたりの間を埋めてくれる空間に感謝していた。君がそんな僕の気持ちを知る由もなくて、ささやき声で「窓の外のラベンダーが綺麗だよ」と言ってシャッターを切りたそうにしていたね。
社会人になって初めての再会は君も僕もぼろぼろのころだったね。慣れない仕事に思い描いた夢ももろく崩れ、働くために生きているような毎日だった。
ただ希望なんて一個も落ちていないと思っていたコンクリートの隙間で君が「また会えたね」と言ったから、僕はそれだけで救われた気持ちがしたんだ。
免許の更新で会ったときは海外風のすっきりとしたショートヘアをしていたけど、一目見てすぐに君だと分かったよ。
パリでフリーのカメラマンをしていると話すその佇まいは凛として、恋心以上の気持ちを抱かずにはいられなかった。君が前へ進んでいると思うから、僕も歩みを止めずに進んでいける。だから「また会おう」と言ったのは約束じゃなくて、君と同じ景色を見続けようという誓いだったんだ。
そして金木製が香る秋晴れの今日に君と再会し、そして新しい一枚を眺めている。彼女が撮った盲人の写真は訴えかけるようで、語りかけるようで、君らしいなと心がほころんだ。
僕は写真を撮らない。だから世界にファインダーを合わせる君の、少し遠い傍らで、景色を眺める。まばたきをシャッターにして、色褪せない思い出を更新していく。
僕らは何度も出会って、そのたびにどうなることもなく別れる。この歳になって名前のつかない朧な関係を持つことがどれだけ難しいか、人生という荒波を超えてくればわかる。
写真集のページをめくるごとに、頭の中の思い出も1ページずつめくられていく。それはおそらく目の前の小さな景色の裏側に彼女を感じるせいであり、初恋という言葉だけでは説明しきれない愛おしいものが詰まっているからだろう。
僕は頭の中の景色にシャッターを切る。君に見えている景色を君のいないところで眺めている今日に、照準を合わせて。
次の再会はいつになるだろうかと考えながら、君が好きだと言っていた紅茶を一口含んで瞳を閉じる。そこには恋がいる。
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こちらの記事をリライトさせて頂きました*
企画が始まった金曜日、素敵なリライト記事が次々とアップされるのを横目で見ながらはて、どうしようかと考えていました。
考えていたら金曜が土曜になり、日曜になり月曜になり、ついに火曜日になってしまいました。大遅刻ですが楽しく書けたので出してしまいました、お付き合いいただきありがとうございます。
*今回のリライトのポイント
見ての通りの大遅刻noteの火曜トワイライトなので、その間にたくさんの方のリライト記事読ませていただいておりました。
池松さんの素敵な記事とリライト作家さんの個性が混ざりあったため息が出るような記事、深い考察からなるまったく新しい視点にあっと驚かされる記事。
読むだけで満足してしまいそうなくらい肉厚なものばかりだったので、はて自分にはなにができるだろう?と思ったときに、別の表現を使いたいなぁとぼんやり考えました。だってすでにこんなにたくさん素敵な記事があるんだもの。
そこで写真を持ってきてみることにしました。まだまだ練習中なので拙いものばかりなのですが、少しでも雰囲気を引き立てられていたら幸せです。
*なんでこの作品をリライトしたのか?
作品に登場する「彼女」がカメラマンをしているとあったので、写真を使うならこちらの記事かなぁと思って選びました。
あとは個人的に「別になにも起こらなかった」という淡くて朧げな、でも確かな関係が心にぐさぐさきてしまって、ちょっと二次創作を書くような胸の高鳴りに任せて書いたところもあります。
登場人物のふたりにこうあってほしい、ああなってくれたら、という部分がちょっぴり(かなりかな…)顔を出しているかもしれません。解釈違いだったらごめんなさい。
*どんな所にフォーカスしてリライトしたのか
他の方も書かれていたのですが、池松さんの恋愛記事はどれも行間の読ませ力がエグくて(すごく褒めてます)、そのぶんリライトするときに書き手が自由に補完できる部分が多いんですよね。
その部分をこうだったらいいな~に任せて写真を選びつつ、文章も書きました。なにか少しでも文章の周辺に色を付けられていたら嬉しいです。
ただひとつ気をつけようと思ったのは、池松さんの書きすぎない世界観を大事にするということでした。
普段の自分の書き方は極力詳細に描写すること(できてるかな)、文章から想像してもらうことでした。でも今回はそれがそぐわないような気がして写真というイメージを頼りに、言葉も選んでいった感じです。
池松さんが企画の募集記事で書かれていた「他人の書いたのはよ~く見える」から「自分のも見えるようになる」が痛いほどしみました。これを機に自分の書いてきたものも見直していこうと思います。
企画してくださった池松さんに、そして素敵な記事を書いてくださった方に、勝手に感謝しています。楽しかった。またやりたい。
それでは重ねてお付き合いありがとうございました*
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