幸か不幸か【ショートホラー】
言われてみれば、確かにずっと左の肩が重かったの。
でもあたし、デスクワークだし、インドア派だし、オタクだし。スマホとPCを見てる時間が大半だから、そのせいだと思ってたの。
それがついこの間、同僚の紹介で知り合った変な女の人がね、言うの。「左肩、ついてますよ」って。
ゴミでもついてたかと思って右手で軽く払ってみたら、その人、急に泣き出して「辛かったね、つらかったねぇ」って両腕ごとあたしのことを抱きしめたの。
何事かと思って離れようとしたけど力が強くて振り解けないし、紹介してくれた同僚は「あぁ、またか」って苦笑いするだけだし、しばらく黙って女の人のつむじばっかり見てた。
子供みたいに喉をヒクヒクさせながら泣き止んだと思ったら、今度はこう言ったの。「今までずっと辛かったでしょう。大丈夫、明日からは幸せになれるよ」って。もしかしてやばい人?って同僚に目配せしたら、ようやく説明してくれた。
「その子、霊感がすごく強いのよ。普通の人には見えないもの視えるみたいで、オーラとか守護霊とか、その、憑き物とか」
「もしかして、あたしになんか憑いてたってこと?」
「たぶんね」
「でも悪い子じゃないから、変なことにはならないよ」と言い終えたあとに、また「たぶんね」と同僚は付け加えた。
そうは言われてもあたしにはなんの実感もなくて、その日はいつも通り帰ってシャワー浴びて寝た。
でも、本当に本当の霊能力者ってやつだったみたいなの。次の日からなんだか肩が軽くて、仕事も捗るし、倍率やばくて諦めてたライブのチケットは当たるし。
良いことばっかり、っていうよりも、今までが不幸すぎたのかもね。両親に先立たれて、親戚とも疎遠で、頼りだったお姉ちゃんは行方不明。
それにね、朝目が覚めると、なぜかいつも泣いてるの。ほら、憑き物が落ちるときって涙が出るって言うじゃない。たぶんあたしもそれなんだと思う。
あの女の人、初めて会ったときはろくに話せなかったから、今度同僚に頼んで仕切り直すことになってるの。さすがにこれだけ良くしてもらってお礼の一言もなしじゃ、ね。
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楽しそう話す彼女をじっと見ていた。
確かに以前よりも表情が豊かになって、人生を楽しんでいるのが伝わってくる。
これでよかったんだ、きっと。
これから用事があるから、と言って一足先に去っていった彼女の左肩は清々しく、陽の光の下で輝いていた。
そこにあったものは、もういない。
行方不明だと言っていた姉の霊は、綺麗さっぱり消えている。これで彼女は唯一の肉親を失ったのか、と思ったが、霊体である時点ですでに喪われていたのだと気付く。
彼女が今、幸せならそれが一番だ。でも、
眠りのうちに流された涙が"悲しみ"の涙であって欲しいと思うのは、たぶん視えてしまう私のエゴだろう。