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空の青さはわたしが決める




灼熱に汗を拭いながらキャラメルフラペチーノを飲む。それがわたしの青春だった。

片田舎で唯一スタバが入った駅前のビルの軒下で、わたしはたびたび友人と過ごしていた。涼しい店内で噂のドリンクを受け取って外へ出ると、安心感と共に居心地の悪さがこみ上げてくる。目の前を通る同じ学校の制服の、いかにも「一軍」らしい人の視線を気にしながら、わたしはなんとか喉を潤した。

暑さに液体化した生クリームは甘いのか苦いのかもよくわからない味がして、カップの底に沈んだキャラメルソースはストローで啜るとやたらと濃い青春のほろ苦さを教えてくれる。

聞きなれない横文字をさらりと口にする同級生たちに憧れて「わたしも行ったことあるよ」と胸を張って言うために訪れたそこは、暑さと、甘さと、わたしの知らないキラキラした世界があった。

今でも鮮明に覚えている長い夏休みの一幕で、わたしは冷や汗にも似た水滴にまみれていた。



***



青春のキラキラには、二種類ある。内側からキラキラできる人と、外側にキラキラをまぶしただけの人。




「チアの衣装かわいい~!!」


クラスの真ん中で黄色い声がこだまする。振り向くと見慣れない格好を身にまとった女子がポニーテールを揺らしてくるりと回って見せた。セロファンで作ったポンポンが似合う爽やかないで立ちだ。

夏の延長戦がはじまる9月はじめ。わたしの通っていた学校は近々開催される体育祭の話題で持ちきりになる。

どこの学校も似たようなものだと思うが、生徒たちが最も楽しみにしているメインイベントは『応援合戦』。

各クラスから選ばれた数名が毎年決まって男子は学ラン、女子はチアリーダーの格好でエールを送り合う。ついにその衣装での練習が解禁となり、学年・クラス問わず至る所で歓声が上がっていた。

同級生たちの楽しそうな様子を見ない振りしながら放送室へ向かう。なぜか少し惨めな気持ちだった。

クラスから選ばれる応援団員はすべて立候補制だ。誰がやってもいい。そのはずなのにどこの馬の骨とも知らないやつが作った暗黙の了解から、選ばれるのはいわゆる「一軍」の生徒と決まっていた。氷山の一角に君臨する者だけに許された、特別な席。

自意識をこじらせた思春期真っ只中のわたしは目立つことがすきじゃなかった。応援団に立候補しようなんてただの1ミリも思ったことのない「四軍」だった。だけど全身からキラキラを放つ人たちを目にすると、どうしても心が沈んだ。

だってわたしはあの中には入れないから。キラキラしたものを食べて、自分もキラキラしたふりをするだけの偽物だって知っていたから。

肩を落とすわたしの横を、楽しそうな学ランの集団がすり抜けていった。学年問わず仲が良さそうな男子の集団が肩を組んで廊下を闊歩していく。その中のひとりと目があって、瞬間的にそらした。別に「一軍」は気にもとめないのだろうけど、自分の考えていたことが透けていそうで怖かった。口の中にキャラメルのほろ苦い味が広がる。


放送室にはいつもの顔ぶれが揃っていた。放送委員の体育祭での仕事は競技ごとにかける音楽を決め、誰も聞いていない実況をすること。今日はその打ち合わせのための集まりだった。

委員会を共にする友人たちは、みんな趣味の合う子ばかりで楽しかった。今でこそ誰もが知るアニソンの頂点となった残テだって、あの頃はすきだと言えばあえなく非国民扱いで、クラスメイトの前では話せなかった。そんなころが確かにあって、唯一の自分をさらけ出せる場所だった。

この仲間がすきだ。だけど頭の片隅には「キラキラできない自分」への劣等感がこびりついて離れない。負ってもいないはずの傷がジクジクと傷むけれど、これは一体誰の傷なんだろう。

偏頭痛のような痛みを抱えながら、あーでもないこーでもないと選曲していく。わたしは、キラキラにはなれない。


だが話し合いの途中でメンバーのひとりが後ろ手に持っていたものをすっと取り出した瞬間、陰鬱が吹き飛んだ気がした。みんなで顔を見合わせて交わしたいたずらっぽい笑みを、わたしは多分一生忘れない。

集まった全員の満場一致を得た『悪だくみ』は、みんなの心の中ではじけていた。



***



体育祭当日、運動が苦手なわたしは全員参加競技にしかエントリーしていなかったから、出番が終わればすぐに放送席へ戻る。

その途中でリレーの練習に盛り上がるクラスメイトや、イベントごとならではの恋愛事情にキラキラする先輩・後輩たちは、CMにだって起用できそうな青い瞬間をいくつも繰り広げていた。

しかしわたしの頭の中には、あの作戦会議の日に決まった放送委員たちの『悪だくみ』のことでいっぱいだった。


雲ひとつない絶好のお祭り日和。お昼休憩を挟んだあと、生徒たちがにわかに活気だつ。午後一番の競技は『応援合戦』。誰もが固唾を飲んで見守る一大イベントに、わたしたちも準備に入る。

今か今かと待ちわびた瞬間。自分の席で見学しなさいという先生の声も耳に入らない生徒も多い。もちろん、わたしも。

静まり返った灼熱のグラウンドに、満を持した「一軍」の生徒たち。四隅に設置された校内放送用の拡声器から流れ出した『あの音楽』とともに登場する―――――――。


まだオタクのイメージがチェックシャツにバンダナだったころ。アニメの話をしただけで揶揄されていた時代に、聞く人が聞けば一発でピンとくる『あの音楽』が鳴り響く。

ほとんど誰も気にもとめていない中、わたしたちはメインイベントがはじまるよりも前に、熱すぎる夏の昼下がりに痺れていた。

全校生徒と教師たちが見守るグラウンド中に満ち満ちる密かな爽快感、それに合わせて学ランとチアが一斉に駆け出す。あぁ、なんて後ろ暗い喜びなんだろう。

応援合戦や演舞の合間、学ランをどろどろにした「一軍」からちらちらと視線を送られた気がしたけど、彼がエヴァを知っているはずもない。たとえ知っていたとしても、今なら「仲良くなれるかも」とすら思う。

ほかにも知る限りの『ギリギリの選曲』を校内放送に乗せ、陽の落ち始める閉会式まで突っ走った。


(さすがにこれをかけた時は逃げ出したくなった)



誰も知らないし、誰も気づかないけれど。


胸の奥が弾けて、この瞬間だけはなんだってできそうだと思った。しかし教員テントのとなりで喜び称え合うことも出来ず、ただ口の端をにんまりと上げて目配せし合う。

普段は大声で言えない自分たちのすきなものが、今だけは校舎中に響き渡っている。まるで自分の代わりに拡声器がすきだすきだと叫んでいるみたいだった。



青春は「青い春」って書くんだぜ。
なのに夏が一番青春っぽい季節だなんて、変だよね。
春なのか夏なのかはっきりしてくれよって思うよな。
ほんとに。そもそも青春っぽいってなんだよ。
恋愛とか、スポーツとか?
俺ら一個もあてはまらねーじゃん。
いいじゃん、別に。そんな青春なんてくそくらえだ。
こんなんが青春だって、いいよな。



テレビ画面に映えるような「一軍」の青春を、馬鹿にしたいわけじゃない。

あれから10年以上の時がたって、わたしはスポーツ漫画が好きだし、愛だ恋だと叫ぶ少女漫画だって好き。新しいフレーバーが出ればスタバも行くし、MATCHだって飲む。シーブリーズを使うほど汗をかくことはなくなったけれど。

それはそれで美しいものだって、今ではよくわかってる。

でも誰もが画面の真ん中で笑えるわけじゃないし、主人公になれるわけでもない。そこから見切れてしまう人がほどんどで、自分もそのひとりだった。

でもだからってわたしたちがいなくなるわけじゃない。スポーツでキラキラ汗を流すのが青春、ドキドキ爽やかな恋の話をするのが青春、だなんて、放送史に残る部分だけで充分だ。

青春が後ろ暗くて、素直に喜べなくたっていいじゃないか。それが見切れた者たちの特権だと思う。

それに『応援合戦』の真ん中で輝く彼らだって、きっと裏側では「こんな素人のダンスで誰がやる気出るねん。」とか思ったり、友人に勧誘されて断り切れなかったりしたのかもしれない。

それでも最後には青春を全うしているような、そんな泥臭いものがあるはず。いや、あったって良いんだ。

もちろんわたしの青春だって、同じだ。

空の青さはわたしが決める。



***



体育祭後、実は放送委員の悪だくみ選曲にピンときていた他クラスの生徒と仲良くなれたのは、きっと青臭い春とやらの巧妙だ。それが応援団で学ランを着ていた「一軍(のちに同志だったとわかる)」だったのは、さすがに驚いたけれど。


それだって、確かにわたしたちが疎んだ青春の形だった。





#ぼくらは夏をすれ違う


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七屋 糸
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